54.シグナさんも上げよう
「ふっふっふっ……これで、私を気にしてる人は二人、だね」
ベッドに寝転びながら、視界に浮かぶウィンドウの愛情度欄を確認する。ルメルの愛情度は28。セリスさんの愛情度は20。
二人とも、しっかり20を超えている。この数値は、気になる人として認識されている証だ。
「順調、順調」
ルメルとの距離感は、以前より明らかに近くなっている。視線が合う時間が長くなったし、会話のテンポも柔らかい。
……ただし。
「恋愛感情ってほどでは、まだなさそう」
好意はある。でも、踏み込むほどの熱は感じない。まだ意識している段階、といったところだろう。
一方で。
「セリスさんは……今日、やっと20になったばかりか」
ここからどう態度が変わるのか、正直かなり気になる。ただ――。
「大人が子供に恋愛感情って、どういう挙動になるんだろ」
ふと、そんな疑問が浮かぶ。普通に考えたら、アウトでは? 完全に犯罪の香りしかしない。
「……いや、でも同性同士だから?」
そのせいか、妙に危険度が低く感じてしまう。保護欲とか、尊敬とか、そういう方向に変換されるのかもしれない。
「……って、私の感覚の方がおかしい?」
ベッドの上でごろりと寝返りを打つ。
まあいい。数値は正直だし、イベントは必ず起こる。
「この先、どう転ぶのか……ちょっと楽しみかも」
そんなことを考えながら、項目の下に注目した。
「あれ? シグナさんも愛情度18じゃん。あと1で恋愛イベントが起こる」
いつの間にそんなに上がっていた? もしかして、私がいないところで愛情度が上がっていたとか? まさか、そんなことが?
「でも、これはチャンスだ。シグナさんもランクアップイベントをすれば、気になる人に昇格になる」
愛情度が上がる攻略対象は数えるほどしかいない。やっぱり、愛情度が上がるんだったら、上げていった方がいい。攻略している感じがして、楽しいから。
「ふっふっふっ。待っていて、シグナさん。シグナさんも攻略してみせるから!」
闘志を燃やし、愛情度を上げる決意を固めた。
◇
翌日、私はマップでシグナさんの居場所を確認してから、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは相変わらず人でごった返していて、とても賑やかな。そんな賑やかな冒険者ギルドでも、シグナさんがいる一角はとても静かだ。
今日も威圧をガンガンにまき散らして、シグナさんがそこに座っていた。
「シグナさん!」
「……リオか」
物怖じせずに話しかけると、周りがざわついた。だけど、そんなことに構っている暇はない。シグナさんに真っすぐ向かうと、シグナさんは無表情で迎え入れてくれた。
「今日は冒険者ギルドにいてくれたんだ。もしかして、待っててくれた?」
「……いや、たまたまだ」
「本当にー?」
「……本当」
にやにやしながら尋ねると、シグナさんは表情を崩さずにそう言った。だけど、そんなはずはない。きっと、私が来ることを待っていたに違いない。
こういう時は心のウィンドウに聞くに限る!
『ここにいれば、リオに会えると思っていたなんて……言えない』
ほらほらほら、来た来た来た! やっぱり、そう思ってたじゃん。ふふっ、シグナさんがそう思ってくれていることがとても嬉しい。
だったら、そんなシグナさんの期待に応えるためにも、沢山交流しないとね。その前に、素直じゃないシグナさんをちょっとからかっちゃおうかな。
「そうなんだ、残念。ここに来たら、シグナさんと会話が出来るから来ているんだけどな。同じ気持ちだったら嬉しいなって思ったのに……」
「……それは」
「会いたくて待っていてくれたって言われたら、飛び上がって喜んだのにな……」
「むぅ……」
ふふっ、困っている。悩ましそうに眉を寄せている姿もいいね。私のことで悩んでくれている姿が堪らなくいい。
「もしかして、迷惑だった?」
「いや、そんなことはない」
「……良かった。じゃあ、シグナさんも私と話したいって思っていてくれているんだね!」
「ま、まぁ……そう」
明るい言葉を向けると、シグナさんは照れたように視線を逸らした。今日は本当に色んな表情を見せてくれていい! 話していて楽しい感じだ。
おっと、こうしちゃいられない。今日は愛情度を上げて、恋愛イベントを起こすんだった。
さて、どうやって愛情度を上げればいいかな? 私は少しだけ考えてから、ぽん、と手を打った。
「ねえ、シグナさん」
「……何?」
警戒はしているけれど、拒む気配はない。私は一歩だけ距離を詰めて、声を落とした。
「もっと仲良くなりたいからさ。一緒に、練習しない?」
「練習……?」
首を傾げるシグナさんに、私はにっと笑ってみせる。
「笑顔の練習」
「……は?」
一瞬、完全に思考が止まった顔をした。
「いや、ほら。シグナさんって、普段すごく怖がられてるでしょ」
「……自覚はある」
「でもね、私が知ってるシグナさんは、そんな人じゃない」
そう言って、じっと目を見つめる。
「優しいし、不器用なだけで。だから、笑顔が出来るようになったら、もっと誤解されなくなると思うんだ」
「……必要ない」
即答。でも、声は弱い。
「じゃあさ」
私は少しだけ背伸びして、顔を近づけた。
「私のため、でもダメ?」
「……っ」
シグナさんの肩が、ぴくっと跳ねた。
「私が見たいだけ。シグナさんの笑顔」
「……それ卑怯」
低くそう呟きながら、視線を逸らす。
「ふふ。褒め言葉として受け取っておくね」
「……はぁ」
小さな溜息。でも、逃げない。
「じゃあ、まずは私がお手本ね」
私は意識して、柔らかく微笑んだ。作りすぎない、安心させる笑顔。
「こんな感じ」
「……」
じっと見つめられる。真剣すぎて、逆に照れる。
「えっと、そんなに見なくても――」
「……その顔」
シグナさんが、ぽつりと言った。
「見ていると……落ち着く」
「!」
不意打ちの言葉に、今度は私の方が固まる。
「じゃ、じゃあ成功だね?」
「……多分」
少し間を置いてから、シグナさんはぎこちなく口元に力を入れた。
「……こうか?」
自然に笑顔を作ったつもりでも、その表情は固まっていて、どこかぎこちない。
「ぷっ……」
「な、何だ」
良く見ると眉間に力が入りすぎて、完全に威圧顔だった。
「ご、ごめん。でもそれ、笑顔じゃなくて戦闘前だよ」
「……難しいな」
そう言いながら、珍しく困った顔をする。
「じゃあさ」
私はそっと、シグナさんの頬に手を伸ばした。ほんの一瞬、触れるだけ。
「力、抜いて。ほら……こうやって」
指で、口角を少しだけ持ち上げる。
「……っ!」
びくりとシグナさんも身体が震えたけど、振り払われなかった。ふふっ、顔に触っちゃった。
ふっと、力が抜けた瞬間。ほんの僅かだけど確かに、柔らかい表情がそこにあった。
「今の表情凄く良かったよ! そんな感じだと、きっと周りの人が放っておかないよ」
「……そう?」
私がその笑顔を絶賛すると、シグナさんは嬉しそうに口元を上げた。
その時――。
ピロン
『シグナ・ヴォルグ 愛情度1アップ』
やった、来た! 愛情度アップだ!
ピロロロロンッ!
『シグナ・ヴォルグ 愛情度ランクアップのイベント開始』
シグナさんとの恋愛イベント、キターッ!




