39.イベントポイントを求めて
急に始まった母さんとの口論バトル。ゲーム要素をぎっちり詰め込んだその攻防は、想像以上に楽しいイベントだった。
だけど、それ以上に嬉しかったのは、イベントポイントが手に入ったことだ。
正直、あの瞬間までは半信半疑だった。「イベント」なんて、どうせ運営(?)の気まぐれで発生するものだと思っていたからだ。
でも、今回ではっきりした。条件を満たせば、ちゃんとイベントは起こる。
そう考えた途端、頭の中で歯車が勢いよく回り始めた。
もしかして、誰かと本気で意見をぶつけ合う。日常の中で、普段とは違う選択をする。あるいは、あえてトラブルに首を突っ込む。
そういう「物語性のある行動」を取れば、イベントが発生するんじゃないだろうか。
だとしたら、世界は一気に面白くなる。
今までは、ポイント集めといえばガチャ一択。日常クエストでも集められるが、現状はほぼおまけみたいなものだ。
運に左右されて、引きが悪ければただ虚無。「今日もダメかぁ……」と肩を落とすだけだった。
でも、もし。自分の行動次第でイベントを起こせるなら?
それはもう、完全に別ゲーだ。
努力や工夫が、そのままポイントに変換される。選択肢を選ぶ意味が生まれる。「何をするか」を考える時間そのものが、楽しくなる。
口論バトルでこれだけポイントが入るなら、説得イベント、協力イベント、もしかしたら友情ルート解放とか……?
想像が想像を呼んで、自然と口元が緩んでしまう。
……いや、待てよ。母さん相手でこれなら、他の人でも起こる? 家族、先生、ご近所さん、クラスメイト――
イベント、まだまだ眠ってるんじゃない?
ガチャ頼みのポイント収集から解放される未来。自分の意思で、選んで、動いて、稼ぐポイント。考えれば考えるほど、胸がウキウキしてくる。
よし。次は、どんなイベントを起こしに行こうか。
◇
「おはよー!」
いつも通り、通学路を小走りで進んでいると、学校の生徒とすれ違う。普段なら挨拶だけしてそのまま駆け抜ける。けれど、今日は違う。
私はぴたりと隣に並び、歩調を合わせた。すると、その生徒が怪訝そうな顔でこちらを見る。
「えっと……いつも挨拶だけしてくる子だよね? 今日はどうしたの?」
「バトルしようぜ!」
「へ?」
「目と目があった。だから、バトルだ!」
挨拶だけじゃもったいない! 人の数だけイベントがあるんだ! なら、ここは絡むしかない!
「バ、バトル? い、いや……そんなことしないよ?」
「じゃあ、いつかバトルしようね!」
「えっ……まぁ、うん……?」
うーん。やっぱり初対面じゃ、そう簡単にバトルイベントは発生しないか。
仕方ない。今回は軽くフラグだけ立てた、ということにしておこう。
私は再び駆け出し、少し前を歩いていた別の生徒に声をかける。
「おはよー!」
「あっ、おはよー。今日も元気だね」
「今、目があったね! バトルしようぜ!」
「バ、バトル? さすがにそれは……」
「分かった! 気が向いたら一緒にバトルして! じゃ!」
「……思ったよりも変な子だった」
背後から聞こえた小さな呟きは、聞こえなかったことにした。
大丈夫。イベントは、きっと数を撃てば当たるはず。
私はそう信じて、さらに次のターゲットを探しながら通学路を駆けていく。
◇
「みんな、おはよー!」
教室の扉を開けて、クラスメイトに挨拶をする。
「リオ、おはよー」
「おはよー」
「おはようございます」
「よっしゃ! バトルしようぜ!」
私の宣言に、教室の空気が一拍、止まった。次の瞬間――。
「……は?」
「おはようの次がそれ?」
「はいはい、今日も元気だねー」
予想通りというか、予想以上というか。クラスメイトたちは特に驚く様子もなく、それぞれ席に向かい始める。
えっ。流された?
「ちょっと待って! ほら、机に着く前にさ! 軽くバトルとか!」
「何のバトル?」
「口論とか! 知恵比べとか! 意地の張り合いとか!」
「朝からやることじゃなくない?」
「眠たいから無理ー」
「そんな元気ねぇよ」
もっともなツッコミが飛んできた。
「そこをなんとか! イベント的なやつだから!」
「イベント?」
「そう、イベント! 発生するとポイントが――」
言いかけて、はっと口をつぐむ。いけない。これは内部情報だ。
しかし、クラスメイトたちは別の方向で納得していた。
「あー……」
「なるほど」
「今日もそれか」
どれだ。
「ほら、あれだよ。リオがたまに始める、よく分からないノリ」
「朝テンション高すぎるやつ」
「たまにじゃない。定期的」
なんという扱い!?
「違う! 今回はちゃんと理由があるんだって!」
「はいはい」
「分かった分かった」
「ほら、席着こ?」
誰一人として、真正面から相手にしてくれない。
「じゃあさ! 二択問題出すから! こっちか、こっちかで揉めよう!」
「なんで揉める前提なの」
「勝った方が正しいってことで!」
「平和的に決着ついてるじゃん」
そ、そんな! 全然バトルにならない! どうしてだ!? 私がこんなにも絡んでいるのに!
「じゃ、じゃあ……誰か私に反論して!」
「反論する理由がない」
「存在そのものにツッコめばいい?」
「それはそれでかわいそうだからやめとこ」
クスクスと笑い声が上がる。完全に変なこと言い出したリオを見る時間になっていた。
……おかしい。母さんの時は、あんなに白熱したのに。
「もしかして、家族補正?」
「何の話?」
「独り言始まった」
「はい、朝のリオ観察タイム終了ー」
すると鐘が鳴り、担任が教室に入ってくる。
「はい、おはようございます。席についてください」
その一言で、教室は一気に日常モードに戻った。私は自分の席に座りながら、小さく唸る。
くっ……クラスメイト相手だと、イベント難易度高くない?
周囲を見渡すと、みんなはいつも通り、何事もなかったかのように準備をしている。
なるほど。これはきっと、日常に溶け込みすぎている相手はイベントが起きにくいってやつだ。
そう、これは仮説だ。まだ検証が足りないだけ。
私は前を向き、静かに拳を握る。
大丈夫。まだ今日は始まったばかりだ。
次こそ、絶対にイベントを起こしてみせる。




