38.ウィンドウバトル(2)
なんか、始まった!
よくよく見ると、母さんの頭の上に謎の赤いバーが表示されている。一体、これは……?
だが、この光景には覚えがあった。ゲームでよく見る、コマンド入力式の戦闘シーンだ。
つまりこれは、コマンドを選択して母さんとの口論に勝て、ということだろう。となると、あの赤いバーは母さんのHP的なものに違いない。あれを削り切れば、この口論――いや、バトルの勝利というわけだ。
ほほう……。ウィンドウは、こんな日常の一幕までゲーム化してくるのか。普通に言い争うよりも、妙にゲーム感が増していて、正直ちょっと面白い。
だが、感心している場合じゃない。トートバッグを奪われないためにも、このバトル……絶対に勝たなければ。
すると、母さんが手を合わせてお願いしてくる。
「私が大事に使ってあげるから、このバッグを頂戴」
普通のおねだりか。だが、そんなおねだりで私が頷くと思うなよ!
選択コマンドは『正論で押し返すだ!』
「それはダメ」
「え?」
「だって、このバッグ私が使うために作ったんだもん」
おぉっ!? コマンドを選択すると、言葉が勝手に出てくる! これは、コマンド選択による自動戦闘! 自分で考えなくて済むから、楽でいい!
「生地を選んだのも、形を決めたのも、全部私が使いやすいようにだよ」
真剣な表情で訴えると、母さんの顔が歪む。よしよし、効いている!
「肩に掛けたときの長さも、走っても邪魔にならないサイズも、全部私用。母さんの荷物を入れる想定なんて、一ミリもしてない」
「そ、そんな言い方……」
「それにね」
私は一歩前に出て、指を一本立てた。
「これ、人に使ってもらうために作ったんじゃない。一生懸命作った自分が、ちゃんと使うために作ったの」
母さんが、言葉を失う。赤いバーが、目に見えて減っていく。
「もし最初から母さんにあげるつもりだったら、もっと派手にするし、持ち手も長くするし、内ポケットも多くしたよ。でも、そうしてない」
出来るだけ分かりやすい説明だ。これなら、きっと納得してくれる。
「だからこれは、私のバッグ。私が使う」
きっぱりと言い切ると、赤いバーがどんどん減っていって三分の一ほどになった。ほう……これでまだ倒れてくれないのか。
母さんは愛想笑いを浮かべると、まだ抵抗してくる。
「でも、こんな凄いバッグなんだから持ち歩きたいのよ。それに娘が作ったものだって自慢もしたいわ」
なるほど、次はそんな台詞か……。だったら、その言葉に合うコマンドは――『感情に訴える』だ!
「……母さん」
私は一度、悲し気に目を伏せて口を開いた。なんと、表情までも自動とは……これは楽!
「自慢したいって言ってくれるのは、嬉しいよ。ほんとに」
母さんの視線が、少しだけ揺れる。赤いバーが、わずかに動いた。
「でもね……」
私は小さく息を吸った。
「このバッグ、作ってる間ずっと考えてたの。完成したら、これを持って出かけようとか、ここに何を入れようとか」
確かにそれは考えていたな。楽しいことを考えるとやる気が出るから、作業は捗ってよかった。
「それをね、急に頂戴って言われると……なんだか、取られちゃうみたいで、悲しい」
母さんが、何も言えなくなる。赤いバーが、じわじわと減っていく。
「母さんが大事にしてくれるって分かってる。でも、それでも……これは、私のために作ったものだから」
声が、ほんの少しだけ震えた。
「自分のために一生懸命作った物を、誰かに使われちゃうのって……ちょっと、嫌なんだ」
沈黙。母さんはしばらく私を見つめてから、ゆっくりと息を吐いた。
「……ごめんなさい。大人げなかったわ。これは、リオが使うものね」
おっ? これは、勝利? でも、赤いバーは少し残っている。ということは、まだ母さんの心がノックアウトされていないということだ。
じゃあ、ここで必要なコマンドは――『必殺・奥義』! 一体、どんな言葉が飛び出すんだ!?
「……母さん」
私は顔を上げて、にこっと笑った。
「母さんが大好きだから、教えてあげる」
「え?」
「このバッグの作り方」
母さんが目を丸くする。その瞬間、赤いバーがぴくっと震えた。
「生地の選び方も、縫い方も、失敗しやすい所も。全部、ちゃんと教えるよ」
私は胸を張る。
「そしたら母さん、自分の好きな色で、好きな形で、好きな大きさのバッグを作れるでしょ?」
「……!」
母さんが驚いた目でこちらを見る。
「それに、そうやって作ったバッグの方が、ずっと嬉しいと思う。娘が作ったバッグじゃなくて、娘と一緒に作ったバッグになるんだから」
「あっ……。そうよね、娘が作ってくれたバッグよりも、娘と一緒に作ったバッグの方がとてもいいわ!」
母さんが笑顔になると頭上の赤いバーが、一気にゼロになる。
次の瞬間――。
『バトル完全勝利!』
どこからともなく、パパパパーン! というやたら勇ましい勝利のファンファーレが鳴り響いた。
さらに母さんの背後には、花が舞い、キラキラが飛び、なぜかクラッカーまで鳴るお祝いムード全開の演出が出現していた。
「……そうね。それ、すごく素敵だわ」
そんな演出など見えない母さんは微笑んで、そして私の頭をそっと撫でる。
「じゃあ今度、一緒に作りましょう。先生、よろしくね?」
すると、通知音が続けて鳴る。
『ミレイ・グランデ 好感度3アップ』
『ミレイ・グランデと口論、成功! ボーナスにポイント500』
うえぇぇぇっ!? ポ、ポイント500ってまじで言っているの!? もしかして、これって重要なイベントだったりする!? ただ、コマンドを選択しただけで、500も貰えるなんて!
このイベント、神イベントだった! ……凄い、このイベントを頻発させればポイント長者になれるかも!
神様め……こんな良いイベントを作ってくれるなんて! 後で、感想メール送らなくちゃ!
この後、感想メールを送ると神様の好感度が3上がり、愛情度が2上がった。
……このゲーム、意外とヌルくて、楽しいかもしれない。




