09. 意外に良い収入に
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「あ、ピティの肉を1個だけ残してください。他は全て買い取りで」
「承知いたしました。明細を出しますので少々お待ちください」
地上に戻ってきたあと、白鬚東アパートの防災備蓄棟1階にある受付窓口へ、ダンジョンの中で回収した2人分のアイテムを持ち込む。
すると、窓口に立つ自衛隊員の女性が、手早くマークシートのようなものを記入して。それを機械に通すと、すぐに1枚の用紙が印刷されて出てきた。
「買取点数と金額をご確認の上、間違いがなければ明細用紙下部の欄に、パーティメンバー全員の署名をお願い致します」
そう告げて、自衛隊員の女性が用紙を手渡してくる。
フミと一緒にそれを眺めて、内容を確認することにした。
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・ピティの肉 (600円)×3点=1800円
・ピティの毛皮(300円)×5点=1500円
・ピティの魔石(200円)×3点= 600円
・アルアム草 (400円)×4点=1600円
・枯赤樹 (500円)×2点=1000円
/合計17点:6500円
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明細にある『アルアム草』と『枯赤樹』は、どちらもダンジョン内に設置されている採取オーブから回収したアイテムだ。
採取オーブは誰でも1日に1度だけアイテムを取り出せる設置物で、上手く利用できれば、貴重な収入源になる。
今回は3箇所巡ったので3回アイテムを取り出す機会があり、またスミカとフミとでそれぞれ別に利用できるので、合計6個のアイテムが手に入った。
持ち込んだ個数と相違ないことを確認して、用紙下部の署名欄に2人でそれぞれサインをする。
それから自衛隊員の女性に、用紙を手渡して返した。
「それでは買取価格は6500円ですね。3250円ずつにお分けしますか?」
「お願いします」
スミカが頷いて答えると、1分も待たないうちに3250円ずつを乗せたキャッシュトレー2つが、スミカたちの側へ差し出された。
有難く財布に回収させて貰い、自衛隊員の女性に手を振って別れ、白鬚東アパートを後にする。
「思ってた以上に、充分な収入になりましたね」
「そうだね。白鬚東アパートの第1階層だとせいぜい時給500円ぐらいしか稼げないって、ネットではよく言われてるらしいんだけど……」
2時間ほどダンジョンに潜って、1人あたり3250円の収入だ。時給に換算すると1625円だから、ぶっちゃけ下手なバイトより美味しいぐらいだ。
しかも国が掃討者を増やすためにやっている政策のお陰で、ダンジョンの入口でアイテムを買い取ってもらえば、売却益には税金が掛からないことになっている。
あの憎き所得税を忘れられるというのは、精神的にもかなり嬉しい。
「もしかしたら私達、運が良いのかもしれませんね」
「ああ――[幸運]がってこと?」
「はい」
スミカが問い返した言葉に、フミが即座に頷く。
人は誰でも[筋力][強靭][敏捷][知恵][魅力][幸運]といった、数値化された6種類の能力値を持っている。
この能力値の数値は『祝福のレベルアップ』を経験してステータスカードを手に入れれば、いつでも確認することができるようになるものだ。
これらの能力値のうち[幸運]は、討伐した魔物がアイテムを落とす確率に大きく影響することが既に判っている。
つまり[幸運]が高い人ほど、現金収入も高くなる傾向があるわけだ。
今回の私達の収入は、時給換算で1625円。
採取オーブから得たアイテムを考慮せず、純粋に魔物から得たドロップアイテムだけで考えても、時給975円になる。
ネットでよく見かける情報では、時給収入が500円程度だっていう話だから。スミカたちはその倍近く稼げているわけだ。
自分たちの[幸運]が高いのではと、フミが考えるのは自然なことだろう。
「そうだったら嬉しいね。ステータスが見れるようになるのが楽しみだ」
「本格的に掃討者をやるなら、あったほうが嬉しい能力値ですもんね」
「間違いないねえ」
お金はなるべく稼げるほうが嬉しい。
特に、スミカの場合はお金に困っているので尚更だ。
「そういえば、ピティの肉は1つ持ち帰られるんですね」
「うん。今日はフミが泊まりに来るから、夕飯も一緒に摂ることになるでしょ? 折角だし自分が倒した魔物のお肉、食べてみたくない?」
「……! 食べてみたいです!」
ゴムボール状の膜に包まれているピティの肉は、1個でも2kgぐらいある。
2人では食べ切れないほどの量だ。600円で買い取ってもらうより、夕飯の材料に利用してしまうほうが節約にもなる。
「ピティのお肉で、どんな料理にするんですか?」
「うーん、問題はそこだよねえ」
事前にネットで調べた情報によると、ピティの肉は大体『旨味のない親鶏のもも肉』のような食材らしい。
ちなみに親鶏というのは、鶏卵を採るために育てられている鶏のこと。
一般的に肉屋やスーパーで購入できる鶏肉、つまりブロイラーの場合は、鶏の生育期間は大体40~50日ほど。食肉を目的に育てられ、若いうちから出荷されるブロイラーの肉は、私達がよく知る柔らかくて食べやすい鶏肉だ。
対する親鶏は採卵を目的として長期飼育され、老いて卵を産まなくなって初めて食肉に加工される。2年ほど飼育されることもあるので、当然ながらその肉は非常に固くて食べづらく、スーパーの精肉コーナーで売られることはほぼ無い。
ただし親鶏の肉は硬い代わりに、普通の鶏肉にはない深い味わいがある。なので普通の鶏肉より好んで食べる好事家も、それほど珍しくはない。
一方でピティの肉は『旨味のない親鶏のもも肉』。
つまり親鶏の肉のように硬くて食べにくく、しかも親鶏と違って美味しいわけでもないという、いいとこ取りならぬ悪いとこ取りの肉だ。
買取価格が安いのも宜なるかな。とはいえ2kgで300円というのは、流石に安すぎる気がするけれど。
「硬い肉といえば、定番は煮込み料理だけど……」
例えばカレーやシチューみたいな料理なら、硬い肉でも多少はマシになる。
というか煮込み料理だと、肉が多少硬いままでもわりと美味しく食べられてしまうから。失敗がないという意味では一番無難な選択肢だろうか。
「煮込み料理というと、お鍋とかですか?」
「ああ、お鍋もいいよねぇ」
お鍋なら味が濃い目のものにすると良いかもしれない。
そうすれば、ブライン液を利用しやすくなるからだ。
ブライン液とは砂糖と塩を両方溶かした水溶液のこと。水量に対して5%程度の砂糖と塩を溶かして作ることが多い。
肉や魚をブライン液に2~3時間以上漬け込むと、それだけでかなり肉を柔らかくすることができる。親鶏の肉を柔らかくする際にもよく使われる手法なので、たぶんピティの肉にも有効だろう。
ただしブライン液には難点もあって、それは塩の味が薄く付いてしまうことと、肉自体の味がほんの少しだけ変質してしまうこと。
基本的にはそんなに気にしなくても大丈夫なんだけれど、調理法によってはこれが目立つようになる場合がある。
個人的には『オーブンを使用した調理』には、向かない印象があるかな。なんか仕上がりの風味が、期待したのとは違う感じになっちゃうんだよね……。
味が濃い目の鍋なら、ブライン液で付く程度の塩気は全く気にならなくなる。
それに、ピティの肉はそもそも大して美味しくないという話だから。スープの味で上書きしてしまうぐらいで、ちょうど良さそうだ。
「じゃあ鶏すきとかどうかな?」
「鶏すき? それってどんな料理ですか?」
「簡単に言えば、鶏肉のすき焼き」
「――すき焼き‼」
ぱあっと、花開いたような笑顔で喜んでみせるフミ。
その満面の笑顔だけで、もうメニューは決定したようなものだった。
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□鶏すき(鳥すき)
最近は福岡県が自県の郷土料理だと強くアピールしている料理。
実際には、すき焼きで牛や豚の代わりに(安価な)鶏肉を入れようなんてことは誰でも考えるので、鶏すき自体は全国各地で昔から作られている。
福岡を発祥とするのは、あくまでもゴボウなどを入れる独自特徴を持つもの。
作ってみれば判るのだけれど、基本的には牛か豚で作ったほうが、すき焼きのお肉としては美味しいかなという印象。鶏肉は牛や豚に比べて割下を吸いにくく、卵とも絡みにくいからだ。
とはいえ、投入した肉からいかにも『鶏!』って味わいのお出汁が出て、それはすき焼きの割下の濃い味わいにも掻き消されずに共存する。これのお陰で、むしろ肉以外の具材がいつもより美味しく感じられるのが素敵。
あ、鶏肉はぜひ皮付きのまま入れて頂きたい。割下と共に煮込まれた鶏皮の味わいには、牛や豚のすき焼きからは摂取できない美味しさがある。マジで。




