07. 白鬚東アパートダンジョンへ
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フミと談笑しながらコロラドで時間を潰して、掃討者ギルドの施設に戻ってきたのは、そろそろ時計が『16時30分』を示そうかという頃。
一応、まだ合格発表の予定時刻前なんだけれど。ギルド受付窓口のすぐ傍にある電光掲示板では、既に今日の仮免許試験の合格者番号の表示が行われていた。
慌ててスミカはバッグから受験票を取り出し、自身の番号があるのを確認する。
(うん、問題なく合格できてる)
合格者番号のすぐ横には、試験で取れた点数も表示されていたんだけれど。どうやらスミカは満点合格だったようだ。
まあ、それほど難しいところもない試験だったから。ケアレスミスさえ無ければ満点は取れるだろうと思っていたけれどね。
「フミはどうだった?」
「合格でした。満点です」
「いいね、お仲間だ。わりと簡単な試験だったね」
「そうですね。正解が複数ある問題があったりして、ちょっと混乱はしましたが」
言われてみれば、そんな問題もあったなと思う。
「でも、あの内容で9人も落ちてるんですね。信じられません」
「そうだねぇ……」
嘆息しながらフミが零した言葉には、スミカも苦笑するしか無い。
電光掲示板に表示されている合格者番号は、全部で6つ。
受講者が全部で15人だったので、落第した人数はすぐに判ってしまう。
講義を真面目に――いや、それなり程度に聞いているだけでも、簡単に答えられるようなレベルの問題ばかりだったのだ。
それだけに、フミが呆れる気持ちがスミカにもよく理解できた。
「とりあえず、これでダンジョンに挑めるね」
「そうですね! 早速行きましょう!」
「待って待って、まず窓口で仮免許証を受け取らないと」
「――あっ、そうでした」
すぐにギルド施設を出ようとしたフミを、慌てて制止する。
資格証を持たずに白鬚東アパートダンジョンに行っても、受付をパスできなくて止められるのがオチだ。
「お二人とも満点合格おめでとうございます! 受験票を提示して頂けますか?」
ギルド受付窓口のお姉さんのところに行くと、すぐにそう声を掛けられた。
毎日沢山の人が利用しにくる施設だろうに、今日始めて利用する受験者の顔までしっかりと覚えているあたりに、窓口のお姉さんのプロ意識を感じる。
受験票を提示して、引き換えに仮免許の資格証を受け取る。
資格証はスマホよりも少し大きめで、官製ハガキぐらいのサイズだった。
「今後はお二人とも、当ギルドのすぐ正面にあります白鬚東アパートダンジョンを利用できるようになります。ダンジョンは年中無休で、24時間いつでもご都合が良い時にご利用頂けます。
利用する際はダンジョンの入口受付にいる自衛隊員の方に、今お渡しした仮免許証を提示してください。あ、白鬚東アパートは言うまでもなく沢山の人が居住している集合住宅になりますので、深夜や早朝に利用される場合には建物の周辺で騒がないようにしてくださいね」
「このあとすぐ利用してもいいんですよね?」
「はい、大丈夫です」
フミの質問に、窓口のお姉さんが笑顔で頷く。
どうやらフミの心は既に、ダンジョンに行くことに傾いているみたいだ。
――というわけで。早速フミと一緒に掃討者ギルドの建物を出て、すぐ正面にある白鬚東アパートへと移動する。
高さ40mのアパートが18棟も横並びに連なっている建物群は、こうして真下から眺めると、それだけに怯みそうになるほど威容が凄い。
掃討者ギルド窓口のお姉さんの話によると、ダンジョンの入口は『防災備蓄棟』にあるらしい。なので、まずはその建物を探すことにした。
「あっ、防災備蓄棟はこのひとつ左みたいですね」
フミがすぐに案内板を見つけてくれたお陰で、迷わず向かうことができた。
防災備蓄棟の1階部分には、万が一ダンジョンから魔物が溢れ出てしまった際に速やかに対処できるよう、自衛隊の出張所が設けられていた。
沢山のアパートが連なっている白鬚東アパートには、それだけ沢山の人が住んでいる。
もし魔物が地上に出てくることがあれば間違いなく大惨事になるので、自衛隊もこの場所の防衛には特に気を使っているんだろう。
「祝部スミカさんと冷泉フミさんですね。ダンジョンの利用は今回が初めてのようですが、何か質問などはありますでしょうか?」
受付窓口で仮免許証を提示すると、対応してくれた迷彩服の女性自衛隊員がそう訊ねてきた。
ダンジョンに関する基本的な情報は、今日の講義で学んだつもりだけれど。とはいえ他にも多少は知りたいことがあったので、そう訊いてくれるのは有難い。
「2つほど質問させて頂きたいのですが。まず、こちらのダンジョンに駐輪場はありますか?」
「申し訳ありません、駐輪場自体は存在しますが、利用できるのは白鬚東アパートに居住しておられる方のみとなっております。お手数ですが掃討者の方は、向かいにあります掃討者ギルドの駐輪場をご利用下さい」
「なるほど……。ではもう1つの質問なのですが、ダンジョンの地図とかは頂けるんでしょうか?」
「はい、こちらで配布しています。ダンジョンでは受付窓口にて無料配布していることが多いので、必要であればその都度申し出てくださいね。ただ、ひとつ気を付けて頂きたいのが――」
「あ、承知しています。少し配置が変わったりするんですよね?」
「はい。稀にですが、帰り道が消えているということも起こり得ますので、充分に余裕を持った上で探索してくださいね」
ダンジョン内部の構造は、数日から十数日に1度ぐらいのペースで、ほんの少しだけ変化することが知られている。
壁の一部が動くのだ。このため今まで通行できていた箇所が閉ざされてしまったり、あるいは逆に通れなかった場所が開けることもある。
ただし変化するのは、全体の中では本当に一部だけ。なので変化している場所を見かけた際に、その都度手元のダンジョンの地図を修正しながら利用するのが良いんだとか。
「ありがとうございます。他に何か知っておくべきことはありますか?」
「ダンジョンに入る前に、掃討者ギルドの――正確には『日本掃討者事業協会』ですが、そちらのWebサイトをチェックする癖をつけておくことをお勧めします。
サイト内にもダンジョンの地図を掲載しているページがありまして、そちらではダンジョン構造の変化や本日の採取オーブの位置などを、有志が更新してくれている場合がありますので」
「おっ、それは有難いですね」
試験問題の中にもあったが、ダンジョン内には『採取オーブ』と呼ばれる台座に乗った大きな水晶玉が配置されていることがあり、このオーブを利用すると1日に1度だけ何らかのアイテムを手に入れることができる。
ダンジョン内で手に入るアイテムは基本的に何でも買い取って貰えるので、このオーブも貴重な収入源のひとつ。少しでもお金を稼いでおきたいスミカとしては、重要な情報だと言えた。
「ただしWebサイトに掲載されている情報は間違っていることもありますので、あくまでも参考程度として考えて頂き、盲信はしないでください」
「ああ――それは仕方がないですよね」
「はい。更新者が純粋に間違えた情報を掲載することもあれば、悪意をもって嘘の情報を広める人も居るでしょうから」
有志が更新できるサイトなんだから、割り切って利用することは大事だ。
早速スマホで掃討者ギルドのサイトをチェックして、白鬚東アパートダンジョンの地図情報を確認。
今日の採取オーブの位置がバッチリ掲載されていたので、貰ったばかりの地図に早速書き写しておいた。
更新履歴を確認してみたところ、最終更新者は『ギルドスタッフ17』という、掃討者ギルド公認のアカウントのようだ。
仮免許でも利用できる初心者向けダンジョンの1層は、治安維持のために警察や掃討者ギルドの職員が巡回してくれている。なのでおそらくは巡回中にギルド職員の人がオーブを発見し、情報を更新してくれているんだろう。
この情報は信頼性が高そうだ。
「それでは、どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
自衛隊員の女性に見送られながら、スミカ達は階段を利用して地下へと降りる。
まず到着するのは、全部で18棟ある白鬚東アパートを地下で繋ぐ連絡通路。
この通路自体は、もともと白鬚東アパートの地下にあったものらしい。
その通路の途中に――や不自然に存在する、更に地下に続く階段。
こちらは後から突如として現れた『ダンジョンの階段』。
現代構造物の白鬚東アパートの地下連絡通路から、石造りのダンジョンの構造が自然に接続している様子は、見ていると少し不思議な気分になる。
「行ってみよっか」
「そ、そうですね……」
フミの声色には、少なからず緊張の色が混じっていた。
危険だと言われているダンジョンに初めて入るのだから、無理もないことだ。
そこそこ長めの階段を降りると、開けた場所に出た。
ダブルスのテニスコートよりも、少し大きめぐらいの広さがある部屋だ。
天井が高いことも相俟って、地下なのに開放感がある空間になっている。
いま室内に居る人の数は、大体10人ぐらいだろうか。
スミカ達と同じように丸腰の人も居れば、中には鞘に収まっている剣を腰に提げたり、槍を背負っている人もいる。
武器を携行しているのは多分、本免許まで取得済で、既に掃討者を生業にしている人達なんだろう。
「ここが『石碑の間』なんでしょうか?」
「多分そうだと思う」
試しに部屋の中央辺りまで行ってみると、実際そこに石碑がひとつあった。
石碑とは言っても、表面に何の文字も刻まれていない、大きくて薄いだけの石のように、スミカの目からは見える。
けれども、この石碑の表面には、実は様々な情報が記されていて。〈鑑定〉系の異能を持つ人になら読み取ることができるらしい。
石碑の周囲には、携帯キャリア各社のアンテナが立っている。
これはついさっき受けた試験でも出題された内容だね。
「奥には自販機と、あと簡易のトイレも用意されているみたいですね。
――わわっ。この自販機、ドリンクが全部無料ですよ! 初めて見ました!」
「おおー、太っ腹だねえ」
掃討者は国家の治安維持に重要な職業なので、その就業には国から様々な支援が提供されている。おそらく自販機で無料のドリンクが振る舞われているのも、その一環なんだろう。
有難いことではあるので、スミカはストレートティーを、フミは緑茶を1本ずつ貰っておいた。どちらもペットボトル入りで500mlのものだ。
テーブルと椅子が何組も用意されているので、ここで飲料を手にくつろぐことも可能なようだ。
ダンジョンの内部でも『石碑の間』は、魔物が徘徊しない安全な場所。なので誰でもここで休憩できるように、場を整えてあるんだろう。
――もちろん安全とは言っても、もし魔物が溢れることがあれば、真っ先に危険になる場所でもあるけれどね。
「休憩が必要なら、遠慮なく言ってね?」
「いえ、私は大丈夫です。スミカ姉様は?」
「私も大丈夫。トイレも今のうちに済ませておかなくて平気?」
「平気です。――行ってみましょうか」
「うん、頑張ろうね」
「はい!」
購入した飲み物だけ手早くバッグに収納し、フミと一緒に部屋の奥にある階段から、更に地下へと降りる。
講義中に教わった話によると、ダンジョン内でも階段には原則、魔物が出現しないらしい。なので、ここも多分まだ安全かな。
とはいえ――階段を降り終えて通路や部屋に出てしまえば、常に魔物と遭遇する可能性がある。
その時に備えて、今のうちからスミカは少しずつ緊張を高めていった。




