68. お稲荷様……じゃないじゃん!
家屋内の清掃を終えた後は、靴を履いてから庭のほうへ。
スミカの自宅の庭には、その広さに見合う大きな畑がある。
現在は特に何も栽培していない畑の中には――そして畑の外にも、気づけば結構な量の雑草が生えている。スミカはそれを片っ端から抜いていった。
草むしりは月に2回ぐらいやっておかないと、庭の景観が酷いことになる。
スミカがこの自宅を相続した直後などは、まさにその『酷い』状態になりかけていて。対処に随分苦労したことを、今でもまだ覚えている。
亡くなる数ヶ月前から祖母が入院しており、自宅が完全な管理放棄状態になっていたのだから、仕方がないことではあるんだけれどね。
流石にあの時は、対処のために少しだけ除草剤を使ったりもした。
近頃は自然成分由来で、土にダメージを与えないことを売りにしている除草剤も多い。畑に影響が出てほしくはないので、ちゃんとそういう製品を選んでいる。
実際に、除草剤を用いた以降も雑草が平気で生えているようなので、もう今では薬の影響も殆ど残っていないんだろう。
「――よっ、と」
片手で引っ張ると、雑草は根っこごと簡単に土の中から抜ける。
身体が幼女並みのサイズに縮んでいても、膂力の強さは大学生の時のまま変わらない。
また、レベルアップで身体能力が少なからず向上していることもあって。本来ならそれなりに重労働の草むしりを、スミカは快適にこなすことができていた。
引き抜いた草は、そのまま魔法の鞄の中へ収納していく。
ついでに庭に落ちている落ち葉なども、目についたものは全て鞄に収納した。
スミカの自宅敷地内に生えている樹木の数なんてたかが知れているんだけれど。その割に結構な量の落ち葉があるのは……おそらく近くにある家や街路樹などから飛んできたものだろうか。
落葉樹とは異なり、常緑樹の葉は夏に落ちるものも多いからね。
(溜めといて、あとで腐葉土でも作ろうかなあ)
安価なブルーシートでも買ってくれば、腐葉土はわりと簡単に作れる。
雑草も軽く乾燥させたあと、緑肥として畑に漉き込んでしまえば無駄がない。
まあ、最大の問題は……腐葉土や緑肥を使って、畑で一体何を育てるかってことなんだけれど。
もしかしたらリゼたちやフミには、何か育てたいものがあるかもしれないから。その時のための資源として、落ち葉や雑草を保管しておくのも良いかな。
どうせ魔法の鞄に入れっぱなしにしておけば、別に邪魔にはならないし。容量も増えたばかりだから、当分は満杯を恐れる必要もないしね。
「飯綱ちゃんも、綺麗にしてあげないとだね」
軽く目処がついたあたりで、今度は蔵の裏側にある小さな祠の掃除をする。
稲荷神を祀っているらしい、狐の石像が飾られたこの小さな祠は、何故かいつも祖母から『飯綱ちゃん』と呼ばれていた。
その理由までは教えてもらっていないんだけれど……。
祖母はわりと心霊現象などが見える人だったらしいから。もしかしたら祠に祀られている神様の姿を、何度か目にしたことがあったのかもしれない。
魔法の鞄に入れっぱなしにしている布巾や掃除用ブラシなどの道具を使い、祠や石像に付着した汚れを手早く、けれどしっかり落としていく。
ちょっぴり手間ではあるけれど――清掃を進めるに従い、目に見えて祠が綺麗になっていくのには、多少の快感を覚えるから。スミカはこの作業が、案外嫌いではなかった。
(……そういえばこの祠って、《損害保険》の対象にはできないのかな?)
目立つ汚れをしっかり落とし終えたあとに、スミカはふと、そう思った。
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《損害保険》/異能
迷貨を消費して物品に〔損害保険〕を永続付与する。
〔損害保険〕が付与されたアイテムに破損や汚損が生じた場合
即座にそうなる前の状態に復元されるようになる。
また付与したアイテムはいつでも手元に取り出せるようになる。
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予め《損害保険》の異能を用いておけば、それ以降に対象に汚れが付着した時、自動的にそうなる前の状態に復元されるようになる。
祠を綺麗な状態のまま保てるから、便利かと思ったんだけれど……。
残念ながら――祠に《損害保険》の異能を行使しようと考えると、すぐに『動かせないものには適用できない』ことが、頭の中で自然と理解できた。
祠は幅1mちょっとのサイズしかない小さめのものだけれど、台座の上に木製の社殿が作られ、屋根も備えたちゃんとしたものだ。
しっかり固定されていて動かせそうにはないから。なるほど《損害保険》が適用できないことにも納得感しかない。
(……じゃあ、やっぱり《個物投資》も無理なのかな?)
そう疑問に思ったスミカは、なんとなくの気持ちから祠に《個物投資》の異能を使うことを考えてみる。
すると――。
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▼永続効果を1つ選択して投資対象に追加できます。
選択せずキャンセルすると、投資額の90%が返却されます。
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〔ダンジョン適性〕
ダンジョン内でも物体が正しく機能するようになる。
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〔ランドマーク〕
投資物が設置されている方向と距離を常に把握できるようになる。
最短の移動ルートを視界に表示させることもできる。
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〔祭神強化〕
祀られている祭神が強化される。
複数の神霊が祀られている場合は主祭神にのみ効果がある。
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スミカの《投資口座》から金貨10枚が消費されたことが判り、同時にスミカの視界に1つのウィンドウが表示された。
おなじみの永続効果選択画面だ。どうやら《損害保険》と違い、《個物投資》は動かせないものにも実行できるらしい。
魔法の鞄に《個物投資》を行った時とは、付与できる永続効果の候補が明らかに異なっているのも、なかなか興味深い。
特に〔祭神強化〕というのは、祠に《個物投資》をしてみたからこそ候補として提示されたものじゃないだろうか。
「わわっ」
折角なので――その〔祭神強化〕という永続付与を選択してみると。
スミカの目の前にある祠と狐の石像が、黄金色の強い光を纏って輝いた。
そういえば魔法の鞄に《個物投資》を行った時にも、こんな演出を見たっけ。
発光現象はたっぷり5秒間ほど持続したあと、唐突に収まる。
まだ軽く慌てながらも、スミカは祠を《鑑定》の異能で視てみることにした。
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飯綱の祠+1/固定設置物
永続付与:〔祭神強化〕
切妻屋根の小さな祠。戸の内側に狐の像が納められている。
祀られているのは神ではなく、神使の狐である『飯綱』。
飯綱は宇迦之御魂神の神使として産まれたにもかかわらず
なぜかその母である神大市比売に仕えた経歴を持つ。
〔祭神強化〕の永続付与が施されており
祀られている祭神が強化されている。
あなたはこの固定設置物の永続的な所有権を有する。
望めばいつでも手元に呼び出すことができる。
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祠の名前が『飯綱の祠+1』になっていることから、正しく《個物投資》を行えたんだと判る。
まあ、それにどんな意味があるのかは判らないけれど……。
(……ってかコレ、祀ってる対象が『お稲荷さん』じゃないじゃん……)
《鑑定》により、視界に表示されたひとつのウィンドウ。
そこに記されている説明文を読んだスミカは、すぐにそのことを理解する。
スミカは子供の頃から、この祠について『お稲荷さん』こと『稲荷神』を祀っているものだと、幾度となく祖母から教わってきたというのに。
けれど実際には、この祠に祀られているのは稲荷神――つまり宇迦之御魂神ではなく、神使の狐であるらしい。
誤った事実を教わっていたことに、がくりとスミカは肩を落とす。
祖母はわりと剽軽な性格をしていたので、嘘を吐かれた可能性は高い。
もちろん、単に祖母も正しい事実を知らなかっただけ、という可能性も普通に有り得るだろうけれどね。
(今となってはもう、確認しようがない)
死人に口なし。もはや祖母が答えてくれることはない。
まあ……次に祖母の墓前を訪れた際に、話すネタができたと思うことにしよう。
〔――スミカ姉様。父が言うには、あと15分ぐらいで着くそうです〕
少しだけ、しんみりとした心地になりながら祖母を偲んでいると。
不意にスミカの頭の中に、直接響いてくる声があった。
〔おっと、了解。じゃあ準備して待ってるね〕
〔はい。久しぶりにお会いできるのを楽しみにしています〕
〔それはもちろん、私も〕
フミと話していると念話で話していると、それだけで自然と顔が綻ぶ。
さて――庭の手入れをした格好、そのままで応対するというのもよくないから。フミとその祖父が来る前に、とりあえず着替えぐらいは済ませておくべきだろう。
そう考えたスミカは準備のため、すぐに家の中へ戻ることにした。




