58. 集落を作る
仕事にかなり追い込まれまして、数日のお休みを頂きました。
投稿が止まって申し訳ありません。たぶん以降は大丈夫と思われます。
というわけで――即座に『階層転移』を利用して、下り階段までひとっ飛び。
そのまま階段を下りて、第4階層へと向かう。
階段に足を差し掛けた時点で、キーナとの会話はできなくなった。
彼女の声が聞こえないし、スミカの声が届いている様子もない。
おそらく、階段に一歩でも足を踏み入れれば、そこはもう『第3階層』ではないという扱いなのかな。
まあ、第4階層で金貨10枚分の投資を行えば、再びキーナと話せるようになると判っているので、特に焦ることはない。
とりあえず足を踏み外すことがないように気をつけながら、一段ずつゆっくりと階段を下りていった。
「うわぁ……。これはまた……」
――階段を下りきった先。
第4階層の景色を目の当たりにしたスミカは、感嘆の言葉を零す。
そこに広がっていたのは、なんとも不吉な一面の『墓場』。
まあ、ここはアンデッドの魔物ばかりが出るダンジョンなので、こういう場所があること自体は別におかしくない。
スミカが驚いたのはそれではなく、第4階層に『空』があったことだ。
ここは地下構造物であるダンジョンの中。なれば当然、この場所からは空なんて視認できる筈もないのに。
けれど――スミカの頭上には、とても綺麗な夜空が広がっていた。
いや、まあ。ダンジョンの中に『空がある階層』が存在するっていう話自体は、ネットで見たことがあるから、知ってはいたんだけどね。
とはいえ実際に見てしまうと――これ、驚かないのは無理だよ。
だって、どういう理屈でこうなってるのか、全然判らないんだもん。
(……っていうか、なんで『夜空』なんだ)
疑問に思いながらもスマホを取り出して、現在時刻を確かめてしまったスミカの反応は、至極当然のものだろう。
スマホの時計には『14時11分』と書かれている。――つまり、真昼も真昼。
この時間に夜の帳が下りているのは、正直を言って違和感が凄まじい。
まあ、現実とは違う空なんだと言われれば、何も言い返せないんだけど。
夜闇の中でも辺り一帯が『墓地』だと判るのは、大きな満月と満天の星空が、スミカの頭上にあるからだ。
流石に日中の屋外に較べれば遥かに暗いけれど、それでも周囲の景色が見えないほどではない。
ぶっちゃけ、先程まで居た『地下迷宮』と、明るさ的にはほぼ同程度かな。
(それにしても、随分と広大な墓地だなあ……)
周囲には見渡す限りどこまでも、墓石ばかりが点在する草原が広がっている。
これは一体、どういう人達を弔っている場所なんだろうか。
魔物が侵入してくることがない安全階層は、掃討者にとって安全に休憩を行える便利なフロアだと聞いているけれど。
墓地ばかりが広がる不吉な景観の中だと……あまり、気が休まる気はしない。
(とりあえず『投資』を済ませないとね)
早くキーナと再び話せるようになりたいスミカは、まず第4階層を『投資対象』として登録する。
その時点でスミカの視界に、階層の情報を記したウィンドウが現れた。
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■投資対象 - 階層005
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錦糸公園ダンジョン・第4階層
【フロア】
種別 :墓地+夜固定〔安全階層〕
階層サイズ:50%
上り階段 :1ヶ所
下り階段 :1ヶ所
【設置物】
(なし)
階層許容量:50000/50000
-
◆投資総額:0 gita
(配当なし)
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第4階層は『安全階層』なだけあって、階層情報には魔物関連の記述がない。
同様に、採取オーブや宝箱も配置されていないらしく、ウィンドウに記されている情報は他の階層に較べてかなり少なめだった。
また【特殊区画】の項目が無く、『安全区域』の設置も不可能なようだ。
……まあ、階層全体が『安全区域』みたいなものだから、当然かもしれない。
一方で、本来なら『安全区域』の中にしか設置できないエレベーターやトイレなどの設備が、この階層だと場所を問わずどこにでも設置できるようだ。
階層許容量も『50000/50000』と馬鹿みたいに大きいので、コストさえ支払えるなら大量に設置できそうだ。
(さて……。キーナは『魔物の集落を設置して欲しい』って言ってたよね)
まずはそれが可能なのかどうかを、確認してみよう。
そう思い、スミカは頭の中で『集落を設置する』ことを強く意識してみる。
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フロア特徴:墓地+夜固定
繁殖適性 :アンデッド(×5)、夜魔(×3)、魔族(×2)
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【魔神の集落】
種族ランク:A+
初期個体数:4体
設置コスト:金貨6000枚
【吸血姫の集落】
種族ランク:A+
初期個体数:4体
設置コスト:金貨600枚(-90%)
【超死術師の集落】
種族ランク:A+
初期個体数:4体
設置コスト:金貨6000枚
【上級魔人の集落】
種族ランク:A
初期個体数:8体
設置コスト:金貨4000枚
【真祖の集落】
種族ランク:A
初期個体数:8体
設置コスト:金貨1600枚(-60%)
【夢魔の集落】
種族ランク:A
初期個体数:8体
設置コスト:金貨2800枚(-30%)
【上位吸血鬼の集落】
種族ランク:A-
初期個体数:12体
設置コスト:金貨800枚(-60%)
・
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【死人の集落】
種族ランク:F-
初期個体数:500体
設置コスト:銀貨10枚
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するとスミカの視界に、この階層に設置可能な集落の、種族候補を一覧に纏めたウィンドウが表示された。
その数はかなり膨大で、しかもほぼ全てが人型の『魔物』種族のようだ。
候補の中にアンデッド系が多く含まれているのは。おそらく、ここが『墓地』を模した階層だからなんだろう。
フロアの環境によって、集落を配置できる種族が変わってくるわけだね。
一覧には各種族のランクや、集落設置に掛かるコストも記載されていて。高額なものだと金貨を6000枚も消費してしまうようだ。
――当然ながら今のスミカには、逆立ちしても払える額ではない。
これでも最近はわりと、宝箱の巡回に力を入れて、金貨の補充に努めていたんだけれどね……。
最も安価なのは『ゾンビの集落』で、コストはたったの銀貨10枚。
しかもそれで設置される集落には、ゾンビが500体も大量に棲息している。
余裕でホラー映画が撮影できそうな規模だね――と、内心でスミカは思った。
とはいえ、安くてもゾンビの集落を設置するってのは、ちょっと無いかな。
不衛生で悪臭もキツいゾンビとは、あんまり関わり合いになりたくないし……。
設置するなら、臭いがあまりしなさそうなスケルトンとかのほうが、まだ良い。
(……なんか、一部の種族には値引きが付いてるな?)
一覧を眺めていたスミカは、そのことに気づく。
どうやら設置コストが値引きされているのは、スミカの種族である『吸血姫』にわりと近しい種族のようだ。
吸血鬼系の種族だとコストは一律6割引。スミカと完全に同じ『吸血姫の集落』に至っては、なんと9割引だ。
もっとも――9割引されていてなお『金貨600枚』という、大量の金貨が要求されるみたいだけれどね。
とりあえず、キーナのためにスマホ回りを管理して貰うことを考えると、充分な知性があって手先も器用そうな種族が良いかな?
『墓地』はアンデッド系の種族に向いた環境のようだけれど……それ系の魔物は知性面に問題がありそうなので大半が却下。
それ以外の種族でもランクが低すぎるものは、やはり知性面に不安があるので、候補から外していく。
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【下位吸血鬼の集落】
種族ランク:C
初期個体数:50体
設置コスト:金貨32枚(-60%)
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(……うん。この『下位吸血鬼』ってのが良さそうかな?)
種族候補のリストを眺めながら、10分ほど悩んだ結果。
最終的にスミカが候補に残した種族がそれだった。
Cランクの種族は基本的に、設置コストが『金貨80枚』のようなんだけれど。
この『下位吸血鬼』の場合、スミカの『吸血姫』と近い種族であるためコストが6割引きされていて、『金貨32枚』で集落を設置できる。
最初から50体も居るというのも良い。やっぱり集落と呼ぶからには、その程度の規模は欲しいところだ。
「よし――下位吸血鬼、君に決めたッ!」
他に誰もいない淋しい墓地で、スミカはそう口にしながら意思を決定する。
すると《投資口座》の残高から金貨32枚が消費されたことが感覚的に伝わってきて。同時に、スミカの視界に新たなウィンドウがひとつ表示された。
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現在【下位吸血鬼の集落】を設置中です
・設置場所は自動的に決定されます
・設置完了まであと『2:59:56』
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どうやら集落の設置位置は選べず、完了までには3時間を要するらしい。
折角なので、完成した集落は是非とも自分の目で確認しておきたい。
となると、このダンジョンであと3時間は過ごすことになるか。
〔――ありがとうございます、投資者様〕
〔キーナ、話せるようになったんだね〕
〔はい。投資者様のお陰です〕
設置に投じた金貨も『投資』扱いなので、キーナと会話するために必要な『金貨10枚分を投資する』という条件が満たされたようだ。
静かな墓場でひとりきりなのは、淋しいものがあったから。キーナと話せるようになったのはとても嬉しい。
〔下位吸血鬼の集落は、このフロアの東部に設置されるようです〕
〔……ホントだ。既に何かできてるのが見えるね〕
〔あれは――木製の防壁ですね。おそらく集落全体を囲むものでしょう〕
〔へー。結構広い面積を使うんだね〕
防壁が建設されている範囲はかなり広く、野球場がひとつ丸々入りそうなぐらいのサイズはありそうに思える。
いや……もしかすると、それ以上かな?
〔おそらくは家屋だけでなく、農地や牧場など、集落にとって必要な要素も内部に設置されるのではないでしょうか〕
〔あー、なるほど。それだと結構な面積が必要になるよねえ〕
魔物50体が住む集落なので、せいぜい家が20軒建つぐらいの広さかと思っていたんだけれど。
集落にとって重要なその手の用地も含むとなれば、野球場並みか、もしくはそれ以上の広さが必要になるというのも納得がいく。
〔時間を潰す必要があるし、南西側にエレベーターの設置をしよっかな〕
〔集落の完成を待たれるようでしたら、一緒に休憩用の建物も作られてはいかがでしょうか。設置時に消費した金貨は、建物を撤去すれば戻ってくるわけですし〕
〔それもそうだね。墓場を眺めながらだと気が休まらないから、休憩所を作るのは良い考えかも。金貨を払えばソファとかベッドも設置できるのかな?〕
〔可能です。その程度でしたら金貨1枚も掛かりませんね〕
〔お、いいねー。じゃあだらだら休みつつ、一緒にお喋りでもどう?〕
〔はい、投資者様。願ってもないことです〕
そう答えるキーナの言葉は、淡々とした口調ではあったけれど。
やっぱりスミカの耳には、どこか嬉しそうな感情が籠められたものに聞こえた。




