57. 娯楽の提供を考える
隔日投稿ペースをあまり維持できておらず、すみません。
文章量的には1.5話分ぐらいあるのですが、途中での分割が難しくて……。
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スミカはダンジョンの管理者である彼女に『キーナ』と名付けた。
『錦糸公園ダンジョン』に因んで『き』から始まる、何か可愛らしい響きのある名前が良いなと、5分ほど考えてスミカが決めたものだ。
ちゃんと時間を掛けて考えれば、もっと良さそうな名前も思いつけたかもしれないけれど。ひとつの候補として伝えた時点で、本人からとても気に入られちゃったから、この名前で決定ってことにした。
〔ありがとうございます、投資者様。頂いた名前は大切に致します〕
〔……私のことは『投資者様』じゃなく、スミカって呼んでくれない?〕
〔申し訳ありません、その要望にはお応え致しかねます〕
キーナと親しくなりたいので、できれば名前で読んで欲しかったんだけれど。
残念ながらスミカの希望は、即座に却下されてしまった。
もしかしたら何かキーナなりの拘りや、譲れない一線があるのかもしれない。
それからスミカは暫くの間、第3階層に配置されている宝箱を巡って迷宮貨幣を補充しつつ、キーナとの会話を楽しんだ。
口からは讃美歌の歌詞を諳んじながら、同時に心の中でメッセージを思い浮かべてキーナと会話するというのは、同時にやるにはなかなか難しい行為だけれど。
やってみると――意外と、できなくはなかった。
多分レベルアップによって[知恵]の能力値が増えたお陰で、複数のことを同時にこなす『マルチタスク能力』が鍛えられたんだろう。
――ダンジョンの管理者としての立場を持つキーナは、当たり前だけれどスミカとは全く異なる存在だ。
なのでお互い、自分自身に関することを話すだけでも楽しい時間が過ごせたし、非常に興味深いことを沢山知ることができた。
例えば――キーナのような『ダンジョン管理者』の人(?)たちは、ダンジョンと同時に『創造』されているため、それなりに長い年月を生きているらしい。
キーナの場合だと、生まれてから既に二十年以上が経過しているとか。
なので実は、スミカよりも彼女のほうが歳上だったりする。
なお、彼女たちはダンジョンと同時に『創造』されたことを認識してはいても。一体誰の手によって創られ、どんな目的の為に生み出されたのかなどについては、何ひとつ把握していないそうだ。
日々ダンジョンの中に魔物を生み出してはいるけれど――それは人間にとっての呼吸のようなもので、生きているだけで勝手にそうなってしまうだけ。
なので魔物を生み出してはいても、別に人間を嫌ってはいないらしい。
それどころか――彼女たちは常に、掃討者の来訪を歓迎してさえいる。
ダンジョン管理者は高い知性を持つがゆえに、孤独や退屈を嫌うからだ。
掃討者の人たちが魔物と戦う光景や、ダンジョン内で仲間と交わす会話の内容などは、彼女たちにとって興味深い娯楽になっているそうだ。
〔投資者様と話せています今が、過去で一番楽しい時間です〕
〔そう? 退屈させてないと良いけど〕
〔退屈なんて些かもしておりません。あ、でも。もしよろしければ……ひとつだけ投資者様に、身勝手なお願いをしてもよろしいでしょうか?〕
〔もちろん。私にできる範囲のことなら、なんでも〕
内容を聞く前に、スミカはそう答える。
女の子からの我儘なら、いつでも大歓迎だからね。
〔ご存知かもしれませんが――普段このダンジョンを来訪する人はとても少なく、投資者様がお帰りになれば、私はまた退屈な時間を過ごすことになります〕
〔あー……〕
スミカとしては、不人気ダンジョンであるここを『都合が良い場所』と思っていたぐらいなんだけれど。
ダンジョンと共に有ることを運命づけられているキーナからすれば、訪れる人が少ないのは、とても淋しいことなんだろう。
〔そこで、お願いなのですが――もしよろしければ投資者様の『投資』のお力で、何か私にとって孤独を癒せる娯楽となり得るものを、ダンジョン内に設置して頂くことはできませんでしょうか?〕
〔えっ。ご、娯楽を? 投資で設置?〕
〔難しいことをお願いしている自覚はありますので、無理にとは申しませんが〕
〔……ちょっと待ってね、考えてみる〕
スミカが『娯楽』と聞いて最初に思いつくのは――テレビや動画の視聴、漫画や小説を読むこと、ゲームのプレイ、音楽の鑑賞、あとは料理ぐらいのものだが。
キーナには高い『知性』はあっても『肉体』が無いから、彼女でも楽しめる娯楽となると、自然と限られてしまう。
例えばキーナは、ページをめくれないから漫画や小説などは読めないだろうし、ゲームも操作ができないので多分無理。
料理なんてもっての他だし、そもそも食べることさえできはしない。
まして、ダンジョンに『設置』して提供できる娯楽となれば、一体どれを候補に残すことができるだろうか……。
〔それって、設置場所はどこでも良いの?〕
〔はい、大丈夫です。このダンジョン内であれば、あらゆる場所の情報を私は知覚することが可能ですので〕
〔なるほど〕
それなら……最も簡単に提供できる娯楽は、多分『動画』かな?
多くの掃討者が配信をやっていることからも判る通り、ダンジョンの中に居てもネットは普通に利用できるからね。
なのでデータ無制限で契約したスマホをダンジョンに持ち込み、各種動画サイトの動画を再生するだけなら、実現はそれほど難しくないだろう。
末尾まで再生が終わっても、どんどん次の動画が連続再生されるなど、放置していても再生が途切れないサイトも多いしね。
(あ、でも電池が持たないか……)
動画の再生はそれなりに電池の消耗が早い。高画質の動画なら尚更だ。
なので連続再生状態で放置すれば、バッテリー容量が多めのモデルでも、半日と持たずにスマホの電池は切れてしまう。
大容量のモバイルバッテリーを接続しておけば、スマホを4~5回フル充電できるぐらいの追加電池になるけれど……それでも、もって2日ぐらいか。
まあ、錦糸公園ダンジョンはスミカの自宅から近いから、隔日で訪れるぐらいならそこまで大きな負担ではない。
他に手段がないようなら、動画再生状態のスマホをダンジョン内に設置するというのも、悪い考えじゃないだろう。
『安全階層』に置いておけば、他の掃討者や魔物がスマホに手を出す事態も防げるだろうしね。
……スマホを新規で1台契約したり、大容量のモバイルバッテリーを購入したり、動画サイトによってはサブスクの支払いも生じるから、それなりにコストは掛かることになりそうだけれど。
とはいえ女の子のためだと思えば、スミカにとっては許容できる負担だ。
〔キーナ。こういうのは、あなたにとって『娯楽』になる?〕
試しにスミカは、ポケットから取り出した自分のスマホで、実際に動画を再生してみせる。
履歴から選んで再生したのは『DGG42』というアイドルグループが、公式のYoutubeチャンネルにアップロードしている『歌ってみた』の動画だ。
DGGは『ダンジョンガールズ』の略で、所属するアイドル全員が掃討者として活動しているという、一風変わったグループだったりする。
同じ掃討者ということで多少のシンパシーを覚えるので、最近は空き時間によく動画を視聴していたりするんだよね。
〔もちろんです! もっと沢山見たいです〕
〔このぐらいのサイズでも大丈夫? もっと大きいほうが良い?〕
〔このサイズで大丈夫です。画面に張りついて見ますので〕
画面に張りついて見る――という、どこか子供じみた言い方に、思わずスミカは口元が緩んだ。
今どき有り触れている『歌ってみた』の動画も、キーナにとっては充分に興味を掻き立てられるもののようだ。
魔法の鞄から、スミカはモバイルバッテリーを取り出す。
まだ高校生だった頃から長年愛用している品だ。もう電池がかなり摩耗しているので、そろそろ買い替えを検討しているものでもある。
〔キーナ。このケーブルの先端を、ここに繋いだりすることはできる?〕
スマホの端子差込口を指さしながら、スミカはそう問いかける。
もしキーナが自力でケーブルを差したり抜いたりできるようであれば、モバイルバッテリーを複数用意しておくことで、一週間以上持たせることもできるだろう。
そうスミカは期待したんだけれど――。
〔申し訳ありませんが、肉体のない私には不可能ですね〕
〔まあ、そうだよねえ……〕
事前に予想していた通り、それは難しいようだ。
となれば、1台の大容量モバイルバッテリーだけを常時接続し、隔日でスミカがここを訪れて交換するしかないか。
〔ただ――私ではない者に作業を依頼することは可能かもしれません〕
〔私ではない者? 例えば、魔物に作業をお願いするとか?〕
〔その通りです。魔物の中には充分な知性を持ち、人間を攻撃対象とせず、集落を作って暮らす者達も居ます。――具体的には、投資者様のような方々ですね〕
〔私のような?〕
そう言えば――たまに忘れそうになるけれど。
スミカの種族は『吸血姫』。なので、スミカもまた『魔物』の1個体なのだ。
理性と知性を併せ持ち、人間を見境なく襲うわけじゃない魔物が、実際にひとりここに居るわけだから。同じような相手がどこかに居ても――それこそダンジョンの中に存在しても、変ではないのかもしれない。
〔ダンジョンの中に『安全階層』があることは、ご存知ですか?〕
〔うん、それは知ってる〕
キーナの問いかけに、スミカは頷いて答える。
最近は、日本銀行ダンジョンの安全階層に『エレベーター』や『トイレ』などの有料施設を設置することで、他の掃討者を相手に迷宮貨幣を稼げないかと考えているぐらいだ。
〔では――ダンジョンの深い場所にある『安全階層』には、しばしば亜人や魔物の集落があることも既にご存知でしょうか?〕
〔えっ、そうなの⁉ き、聞いたこともないんだけれど〕
〔実際にこのダンジョンにも、第28階層には夢魔の集落がございます〕
〔マジかあ……〕
そんな情報はテレビでも雑誌でも、一切目にしたことはない。
もちろんネットにも出回っていないはずだ。
いや――ダンジョン内のどこかに魔物が集落を作って、暮らしているんじゃないかという話自体は、たまに出回ることがあるけれど。
そうした憶測や妄想の舞台は常にダンジョン内の『通常の階層』で、間違っても『安全階層』ではない。
――なぜなら、安全階層には『魔物が侵入できない』からだ。
侵入できないフロアに魔物の集落があるなど、一体誰が考えるだろう。
〔安全階層に侵入できないのは、ダンジョンで常時生産が行われている魔物だけです。それ以外の魔物――高度な知性を持ち、集落を作って共同生活を営み、自らの生殖能力によって個体を増やす魔物は、安全階層にも普通に侵入が可能です〕
〔そうなんだ……〕
〔はい。もし『魔物』というだけで侵入を阻む階層であるなら、投資者様も入れないことになってしまいますね〕
〔な、なるほど。考えたこともなかった……〕
だけど――言われてみれば、確かにその通りだ。
身体が『魔物』に生まれ変わってしまう『異端職』の持ち主は、1千万に1人と言われるぐらい希少な存在ではあるけれど。
とはいえ、世界規模で考えるなら。ゆうに数百人ぐらいは『異端職』の持ち主が居ることになる。
その中には、それなりに深い階層まで潜っている掃討者の人も居るだろうから。もし『異端職』というだけで安全階層に入れないようなら、その事実はとうに知れ渡っている筈だ。
だけど実際には、そんな話を一度も耳にしたことがないわけだから。
情報が出回っていない以上は、『異端職』の持ち主だからといって、安全階層に入れないなんてことは無いんだろう。
〔ケーブルを繋ぐ程度の簡単な作業であれば、そうした集落に住まう魔物に依頼すれば、やってくれそうな気がします〕
〔……まさか私に、夢魔の集落がある第28階層まで行けとか言わないよね?〕
〔流石にそれは、現在の投資者様の実力では無謀かと〕
〔まあ、そうだよねえ〕
ダンジョンは深い階層に潜るほど、魔物のレベルが高くなっていく。
なので第28階層ともなれば、極めて強力な魔物が棲息しているだろうことは、想像に難くない。
いつかの未来には、到達できる日が来るのかもしれないが。少なくともまだレベルが『6』に過ぎない現状では、あまりに無謀というものだ。
〔ですが、安全階層自体はこのすぐ下の第4階層にもございます〕
〔でも……そこに魔物の集落はないんでしょ?〕
〔はい、ございません。現時点では〕
〔……?〕
何かを含むような言い方だが、キーナの意図がスミカには判らない。
「ごめん。私に何をして欲しいのか、はっきり言ってくれると嬉しいかな」
できれば言われるまでもなく、意を汲むぐらいはしてあげたいところだけれど。
判らない以上は、率直にそう訊ねるしかなかった。
〔第4階層に亜人か魔物が棲まう集落を、新しく『設置』して頂きたいのです。
――投資者様が持つ『投資』のお力で〕
〔そんなことできるの?〕
〔はっきりとは判りません。ですが――なんとなく、できる気がするのです〕
〔ふむ……〕
キーナがそう言うのなら、試してみる価値はあるだろう。
とりあえず実際に第4階層まで行って、色々と確認してみることにしようかな。




