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迷貨のご利用は計画的に! ~幼女投資家の現代ダンジョン収益記~  作者: 旅籠文楽


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56. ダンジョンの女神様

 



〔はい、投資者様。銀貨1枚、または銀貨20枚で可能です〕




 唐突に聞こえたのは、まるで『念話』のように、頭の中へ直接響いてくる声。

 耳を介さないその声は、聞き間違えようがないぐらい鮮明なものだった。


 ――まさか返答があると思わなかったから、正直かなりびっくりしたけれど。

 スミカが狼狽せずにいられたのは……それが女の子(・・・)の声だったからだろう。

 初対面の女の子に、情けない姿は見せられないからね。


〔あなたは誰?〕


 フミに念話でメッセージを送る時と同じように、未知の誰かに向かってスミカが心の中で問いかけると。

 どうやら、それでちゃんと会話が成立するみたいで、すぐに答えが返された。


〔私は、このダンジョンの管理者――のようなものです〕

〔管理者……。『ダンジョンマスター』ってこと?〕


 ダンジョンを舞台にしたゲームや小説などでは、ダンジョンを管理する人間や、あるいはダンジョン最奥に居るボスモンスターなどが、『ダンジョンマスター』という立場を名乗っていることがある。

 なので、この声の主の女の子も、そういう感じの存在なのかな――と思ったんだけれど。少しの間をおいて、その考えは否定された。


〔おそらく投資者様がご想像のものとは、若干異なると思われます。私は人や魔物のように、特定の肉体を有する個体ではなく、もっと概念的な存在。

 投資者様に判りやすく(たと)えるなら――『ダンジョン』という小さな世界を管理するためだけに創造された、女神のようなものとでも申しましょうか〕

〔……女神ってことは、あなたはやっぱり女の子なんだ?〕

〔概念的、もしくは精神的にはそうです。ただし先程も申し上げました通り、私は身体を有しておりませんので、肉体的な性別は存在しません〕

〔なるほど〕


 その返答を聞いて、スミカはとても嬉しい気持ちになった。

 身体が有ろうと無かろうと――女の子でさえあるなら誰でも、その時点でスミカにとっては好意の対象だからだ。


〔まさかダンジョンの女神様と会話できるなんて、思ってもいなかったよ〕

〔それは投資者様が『投資』して下さいましたお陰ですね。本来であれば私には、自身に与えられた権能(けんのう)以外のことは何も許されていないのですが。ご支援のお陰で、それ以外でもこの階層に限れば多少のことなら――例えば、念話を送って会話するぐらいのことでしたら、できるようになりました。ありがとうございます〕

〔……つまり、投資をしていない階層では、あなたと話せない?〕

〔そうなります。会話にはおそらく、金貨10枚程度の投資が必要です〕

〔ん、了解。じゃあ探索した全ての階層に、金貨10枚以上を投資していくから。代わりに今みたいに、なるべく会話に付き合ってくれると嬉しいな〕

〔投資者様がお望みでしたら、喜んでそうさせて頂きます〕


 ダンジョンが話す声は、どこか機械的で抑揚に乏しいものではあるけれど。

 それでも――語調をちゃんと聞けば、そこに少なからず感情が籠められていることが判るものでもあった。


 少なくとも、今スミカに答えてくれた言葉には、明らかに嬉しそうな感情が籠められいた。

 どうやらあちらも、会話は嫌いではないらしい。


〔こことは別のダンジョンでは、流石にあなたとは話せない?〕

〔そうなります。別のダンジョンには私と異なる、そのダンジョンを管理するための『女神』に相当する存在が居ますので〕

〔……他のダンジョンも、女の子が管理してるんだ?〕

〔我々はダンジョンの管理者であると同時に、ダンジョンそのものでもあります。つまりは魔物を生み出す『母体』のようなものだと言えますから。おそらく概念的に『女性』だと定められているのではないでしょうか〕

〔へー、なるほどねえ……〕


 言われてみれば、そういう考えもできなくはないか。

 女神は『母神』とも呼ばれ、多くを『生み出す』ものと概念的に結びつけられることが多い。

 例えば、様々な神話に於いて穀物や豊穣を司る神が、男神よりも女神であることが多いのはそのためだ。


 日本神話でも豊受大御神(とようけのおおみかみ)宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)秋毘売神(あきびめのかみ)などはいずれも女神だしね。

 大歳神(おおとしのかみ)のように、男神の例もないわけじゃないけれど。


 なんにしても――スミカにとっては、非常に喜ばしいことだ。

 このダンジョンでも他のダンジョンでも、一定額の投資さえ行えば、女の子といつでも話せるってことだからね。


〔……あの。ところで『階層の地図』の設置は、よろしいのでしょうか?〕

〔おっと、すっかり忘れてた〕


 そう言えば――そもそも『安全区域』のエレベーター前に地図の設置することについて、スミカが心に浮かべた問いかけに彼女は答えてくれたんだっけ。


〔地図の設置には銀貨が『1枚』か、もしくは『20枚』必要って話だったけど。どうしてそんなに枚数に差があるの?〕

〔ご存知かもしれませんが、ダンジョンの構造は最短で1日、最長で20日ごとに多少の変化が生じます。今まで通行できていた場所が閉ざされたり、あるいは逆に壁だった場所が通れるようになったり、といった変化ですね〕

〔うん、それは知ってる〕


 仮免許の講義中に習ったからね。

 とは言っても、1日から20日毎という具体的な周期は初めて知ったけれど。


〔銀貨1枚で作成できるものは『生成時点の地図』になります。安価ではありますが、地図生成後にダンジョンの構造に変化が生じた場合には、対応するためにまた改めて地図を生成して頂く必要があるでしょう。

 一方で、銀貨20枚で作成する地図のほうは、ダンジョンの構造変化に対応して地図が自動修正されます。そのため更新の手間が掛かりません〕

〔おお、いいね。ぜひ20枚のほうでお願い〕

〔お望みでしたら地図に採取オーブや宝箱、魔物などの位置情報を加えることも可能ですが。どのように致しましょう?〕

〔んー……。とりあえず全部盛りで〕

〔承知いたしました。それでは銀貨20枚を回収させて頂きます〕


 《投資口座》の残高が、銀貨20枚だけ減少したことが感覚的に伝わってくる。

 と同時に――スミカのすぐ目の前に、ちょっとしたサイズの看板が現れた。


 駅前や商店街などでたまに見かける、いわゆる『地図看板』に似たものだ。

 もちろんそこに記されているのは、現在スミカがいる階層の地図。

 スミカがいつでも視界に表示できる『階層地図』とは違い、立体的ではない平面の地図だけれど。様々な色のマークで、採取オーブや宝箱、魔物の位置が示されているというのは同じだ。


 ペンキなどで普通に描かれた看板に見えるのに、地図上に沢山ある赤いマークが少しずつ動いているのが判る。

 魔物の位置を示すマークなので、もちろん動いて当然ではあるんだけれど。

 じっくり見ていると、沢山あるマークがどれもじわじわと動いているのは、なんだかちょっと気持ち悪くもある……。


〔いかがでしょうか。お気に召さなければ修正も可能ですが〕

〔ごめん、赤いマークだけ表示しないようにして貰える?〕


 スミカの要求に応えて、すぐに地図から魔物の位置を示す赤いマークが消える。

 ――うん、これなら問題ないかな。

 残る採取オーブと宝箱を示すマークは、基本的には動かないものだしね。


 エレベーターを出てすぐの位置に階層の詳しい地図があるというのは、利用する側からすればとても便利だろう。

 今度、日本銀行ダンジョンに行ってエレベーターを設置した際には、ぜひこれも併せて設置したいところだ。


 あ、でも……。宝箱の位置を載せるのは、ちょっと良くないかな?

 宝箱は基本的に先着制だから、地図を見てから向かっても、誰かが先に回収すれば無くなってしまう。

 トラブルの原因となり得る気がするので、宝箱を示す紫色のマークの表示についても、消して貰うようにお願いした。


 ……うん。このほうが良さそうだ。

 地図の全容を見ることができ、階段と採取オーブの場所が判るだけでも、充分に便利だしね。

 宝箱の位置が判るのは、〈投資家〉であるスミカだけの特権、ということにしてしまおうと思う。


〔ありがとう。他の場所に設置するときにも、ぜひこれでお願い〕

〔承知いたしました。他のダンジョンの管理者にも、情報を共有致しますか?〕

〔え、そんなことできるんだ?〕

〔はい。全てのダンジョンは、同一のネットワークで結ばれていますので〕

〔へー……。じゃあ、お願いしちゃおうかな。ついでに、いつか私がそっちに行くことがあったらよろしくねって、そう伝えておいてくれると嬉しい〕


 予めそう伝えておいて貰えれば、別のダンジョンで充分な額の『投資』を行った後に、スムーズに会話ができそうだからね。


〔――伝達完了いたしました。全てのダンジョンから投資者様を『歓迎』する旨の返信が届いておりますが、読み上げを致しますか? 数が多過ぎるため、正直あまりお勧めはできかねますが……〕

〔そんなに沢山の返事が来たんだ?〕

〔はい。地球内外に存在する全てのダンジョンから返事が来ておりますため、読み上げるだけでも2年ほど掛かると思われます〕

〔2年て〕


 流石にその量のメッセージを聞かされるのは、地獄過ぎる。

 っていうか、『地球内外』って――。


〔……ダンジョンって、地球外にもあるんだ?〕

〔はい。知的生命体が存在する場所には、ダンジョンも存在し得ますので〕

〔そーなのかー……〕


 なんだか途方もない話になってきたなあ、とスミカは内心で苦笑するけれど。

 とはいえ、地球外はもちろん、そもそも国外のダンジョンにだって行く機会などまず無い筈なので、歓迎されてもお世話になりようがないかな。


〔読み上げは遠慮しとくよ。代わりに、あなたの話を聞かせてほしいな〕

〔……私の、ですか?〕

〔うん。まずはあなたの名前から教えて欲しいな〕

〔私に名はありませんが。前室(ぜんしつ)――皆様が『石碑の間』と読んでいる部屋での会話から察するに、私は『錦糸公園ダンジョン』と呼ばれているようですね〕

〔ああ……〕


 つい先程、彼女は『ダンジョンの管理者であると同時に、ダンジョンそのものでもある』と言っていたから。

 それなら確かに、彼女を『錦糸公園ダンジョン』と呼ぶのも間違いではないんだろう。


 でも、流石にその名前では味気ないというか――可愛くない。

 せっかく女の子なんだから、もっと可愛い名前で彼女を呼びたいんだけどな。


〔名前がないのであれば、私が付けてもいい?〕

〔……投資者様に、私の名前を?〕

〔うん。もちろん嫌なら拒否しても――〕

〔是非、お願い致します!〕


 思いのほか、強い口調でそう求められて、ちょっとびっくりする。

 やっぱり――彼女にも人間と変わらない感情があるんだなあと、改めて思った。





 

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― 新着の感想 ―
いやいや!さらっとスルーしてるけどダンジョンを管理する為に『創造』されたって言ってますよね!? 誰に!?そこ聞かずにスルーして大丈夫!? 自己認識が女性だから話しやす〜い!みたいに流してていいの!? …
…とうとう、管理用とはいえ、神性まで垂らし始めた…?
国際宇宙ステーションダンジョンとかも発生し得るのですかね。 出来たら管理大変そうですけど、でも物資が取れるの助かりすぎる。
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