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迷貨のご利用は計画的に! ~幼女投資家の現代ダンジョン収益記~  作者: 旅籠文楽


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52. お稲荷様

 


     [6]



 暦は既に6月に入っているけれど、早朝の時間帯ならまだまだ涼しい。

 人通りも車通りも少ない錦糸町の町並みを、軽快に30分ほどジョギングしてから、スミカは自宅へと戻る。


 この程度の運動なら軽く汗を掻く程度で済むから、朝の涼しさの中でなら不快感は全くない。

 むしろ適切な運動で、身体の芯に熱が通った感覚があり、気持ちよさが勝った。


「おっ、おかえりー」

「あれ? チカじゃん。早起きだね」


 自宅に上がってリビングを通ると、既にチカが起きてくつろいでいた。

 彼女はセックスをした翌日には昼まで起きてこないことが多いから、この時間に顔を合わせるのは正直意外だ。


「流石に5人で一緒に(・・・・・・)となると、ウチの負担も大したことはないからなー」

「あ、それもそっか」


 チカはマゾ気質が強いので、彼女と2人で過ごす夜はどうしても激しくなる。

 そのせいで事後には、疲労感に誘われるままチカは深い睡眠に落ちてしまうことが多いんだけれど……。


 昨晩は5人での乱交だったため、チカ個人の身体の負担は、大したことなかったんだろう。

 普段スミカから受けている苛烈な責めに較べれば、同性同士での普通のセックスなんて、彼女にとっては遊びのようなものだろうしね。


「いつものジョギングか?」

「うん、近所を軽く走ってきた」

「そりゃご苦労さんやなあ。ところで、いま徹夜何日目や?」

「……うーん、多分20徹目ぐらい?」


 もう長らく、スミカは睡眠を取っていない。

 身体が『吸血姫(カルミラ)』になって以降、睡眠が不要な身体になってしまったからだ。


 まあ、寝ようと思えば寝ること自体は可能なんだけれど。

 なんだか時間を無駄にするようで、少し惜しく思えちゃうんだよね。

 睡眠せずに浮いた時間で、ゲームや映画や小説を楽しむほうが有意義だし。


 スミカが[吸血]すれば、その相手も睡眠が不要になる。

 なので普段はリゼも、スミカと同じように徹夜していることが多いんだけれど。

 昨晩は行為の最中に寝落ちしたきり、現在もそのまま眠っているようだ。


 まあ、リゼみたいに普段とても冷静な子ほど、乱れさせたくなるものだから。

 そのせいなのか、昨晩のリゼは皆から真っ先に囲まれて、その結果誰よりも早く体力の限界がきて潰れたようだ。


「3週間も寝てないってのも凄いなあ」

「別にチカも、やろうと思えば同じことはできると思うよ? ……あ、もしチカが暇なら、お風呂上がりに少し料理を手伝ってくれない?」

「そりゃ構へんけど、なに作るん?」

「いなり寿司。ジョギングついでに油揚げは買ってきたから」

「……この辺って結構な都会やのに、朝から開いてる豆腐屋とかあるん?」

「え、普通にあるけど……?」


 東京スカイツリーができたこともあって、最近の墨田区は『都会』と認知されることが随分増えたような気がするけれど。

 錦糸町駅や東京スカイツリーがある付近はともかく、そこから少し離れたなら、墨田区は今でも下町風情が残る町並みが広がっている土地でもある。

 当然、昔ながらの豆腐屋だって普通にあるのだ。


 ……まあ、お店の数は昔に較べてだいぶ減っちゃったけれど。

 それは別に、墨田区に限った話でもないしね……。


「ま、とりあえずシャワー浴びるから、また後でね」

「ちょい待って」

「……? どしたの?」

「ウチも一緒に入る」

「いいけど……。流石にこの時間から、エッチはしないよ?」

「キスだけしてくれるなら、それでええ」

「そう? じゃあおいで」


 そのぐらいで良ければ、喜んで期待にお応えしますとも。


 というわけで、朝からチカと一緒にシャワーを浴びた。

 チカと一緒にお風呂に入ったことなら何度かあるけれど。一緒にシャワーだけを浴びるのは初めての体験なので、ちょっと新鮮だ。


 ちびっこ2人が背中を洗いっこしている光景は、傍から見ると微笑ましいものに見えるかもしれないけれど。言うまでもなく実年齢は2人とも外見より遥かに上。

 当然、2人とも触れるだけのような、子供騙しのキスでは満足しない。

 シャワーを浴びつつ、お互いの唾液とともに濃厚に舌を絡ませあう。


 キスをしている最中にチカは目を閉じないし、視線もスミカから逸らさない。

 ……どちらも、スミカによって禁止されているからだ。

 恥ずかしそうに頬を紅潮させて、瞳を潤ませながらも、しっかり見つめ返してくれる恋人が、堪らないぐらい可愛いかった。


 今すぐ押し倒したくなる――けれど、流石に自制する。

 朝から性行為に耽るようになれば、堕落まで一直線のような気がするしね……。


 体と髪を乾かした後に、朝食の準備に取り掛かる。

 豆腐屋で購入してきた油揚げは全部で60枚。

 その量を見て、チカがぎょっと目を剥いた。


「ず、随分よぉさん()うたなあ……」

「いなり寿司を沢山作って、保管しておこうと思ってね。魔法の鞄に入れておけば腐ることも固くなることもないし」

「ああ、それもそうか」


 スミカの持つ魔法の鞄には〔劣化防止〕の効果があり、収納されている物品は時間経過の影響を受けない。

 いなり寿司は常温だと日持ちせず、かといって冷蔵庫に入れるとすぐに酢飯が固くなって食感が悪くなる上、酢飯ならではの美味しい酸味が薄れるなど、なにかと保存が難しい料理だけれど。

 魔法の鞄があれば、それらの不都合を全て無視できてしまうのだ。


「カットを私がするから、チカはお揚げを開くのと油抜きを頼める?」

「りょーかい」


 油揚げの枚数が枚数なので、カットするだけでもひと手間だし、油抜きも何回かに分けて行う必要がある。

 当初はひとりで作るつもりだったから、手伝って貰えるのは非常に有難い。

 というわけで、作業をチカと分担して行っていく。


「そっか、こっちでは横向きの半分に切るんやね」


 油揚げを包丁でカットするところを見て、チカがそう言葉を零した。


「関西だとやっぱり、油揚げは斜めに切るの?」

「ウチの実家だとそうやったなあ」


 いなり寿司の形状は、油揚げをどうカットしたかで決まる。

 スミカがやっているように横向きにカットすると『俵型』のいなり寿司に、チカの実家がやっていたように斜めにカットすると『三角形』のいなり寿司になる。


 形が変わるだけじゃないかと思うかもしれないけれど。

 俵型のほうが詰め込む酢飯の量が多くなりがちだったり、三角形のほうが油揚げに染み込ませる出汁(だし)が強く感じられたりと、意外に食感も味も変わったりするのが面白いところだ。


「三角形のいなり寿司も個人的には好きだけれどね。お(そな)え物としても使うから、俵型のほうが都合が良いんだ」

「お供え物? 神棚にでも置くん?」

「ううん、お稲荷(いなり)さんにね」

「……お稲荷さん? この辺に神社があるんか?」

「おっと、これはまだ気づいてないやつだな?」


 祖母から継いだスミカの自宅は建物も大きいが、庭はそれ以上に広い。

 明らかに家庭菜園の域を超えたサイズの畑があり、庭の一角には(くら)まで建っていたりするわけだけれど。


 実は――その蔵の裏手側に、小さな(ほこら)がひとつある。

 一対の狐の石像が飾られている、お稲荷さんこと『稲荷神(いなりのかみ)』を祀るものだ。

 そのことを教えると、チカは少し驚いた顔をしてみせた。


「へー、そんなんあったんや。全然気づかんかったなあ」

「蔵の影に隠れちゃうから、あんまり目立たなくはあるんだよね。でも、ちゃんと毎日いなり寿司をお供えしてるし、祠の掃除も週に1度はやってるんだよ」

「そりゃ偉い」


 まあ、魔法の鞄を手に入れて以降の話だけれどね。

 鞄を手に入れる前は、お供えするのはスーパーで購入した出来合いのいなり寿司だったし、その頻度もせいぜい週1か週2程度だった。

 掃除だけは以前から週1ペースで、欠かさずやっているけれど。


「ちなみに神様の名前は『飯綱(いづな)ちゃん』ね」

「……え? 神様に名前があるん?」

「よく判んないけど、祖母がそう呼んでたから」

「へー」


 祠へのお供え物も掃除も、元は祖母がやっていたことだ。

 家を引き継いだ以上は、その辺のことも祖母がやっていた通りに引き継ぐほうが良いと思い、スミカは実行しているに過ぎない。

 なのでスミカ自身は別に、祠に思い入れも何もなかったりする。


「……あれ? 炊飯器のスイッチ入ってないみたいやけど、酢飯(すめし)はどうするん?」

「出来上がったものが、魔法の鞄(コチラ)にございまーす♪」


 キッチンの脇に置いてある魔法の鞄を示しながら、スミカがそう告げると。

 ツボに入ったらしく、チカがその場で軽く吹き出した。


 少し前に、みんなで手巻き寿司パーティをやったからね。

 その時に酢飯を大量に作って、魔法の鞄に保管してあるのだ。


 油抜きが終わったら、砂糖と醤油で調味した出汁(だし)で油揚げを炊く。

 炊くのに10分以上掛かり、そこから冷ますのにも同じぐらい時間が掛かる。

 なのでその間に、予め酢飯をいなり寿司1個分の量に小分けしておく。


 油揚げが十分に冷めたら煮汁を軽く絞り、1個1個手際よく油揚げの中に酢飯を詰め込んでいけば、いなり寿司の出来上がり。

 作業としては単純なんだけれど、油揚げ60枚――いなり寿司120個分纏めて作るわけなので、流石にちょっと大変だ。


「そういや、フミやんはまだ実家で修行しとるん?」


 酢飯を詰める作業の傍らに、チカがそう訊ねてくる。

 彼女が言う『フミやん』とは、もちろんフミのことだ。


「修行はもう、いつ切り上げても良いらしいんだけどね。期末テストがあるから、それが終わってからこっちに来るみたい」

「そっか、まだ中学生やから夏休み前にはテストがあるわなあ」

「まあ、テスト終わったらすぐ来るらしいし。夏休みが終わるまでの間はずっと、こっちに滞在するって言ってたよ」

「それは……ええんか? まだ中学生なんやろ?」

「私もそう思って、フミのご実家に電話して親御さんと話したんだけど……」

「……だけど?」

「なんか『不束(ふつつか)な娘ですが、どうぞ末永くよろしくお願い致します』みたいなことを、フミの父親からも母親からもめっちゃ丁寧に言われた」

「もうそれ、結婚秒読みの段階やない?」

「私も頭の中で『あれ? もうフミと結婚決まってたっけ?』って思った……」


 なぜフミのご両親からあんな風に言われたのか、未だに理解が追いつかない。

 いや、まあ……フミが相手なら、別に結婚しても全然構わないんだけれどさ。


(フミは実家で、親御さんに私のことをどう話してるんだろう……)


 ……そこだけがちょっと、不安に思える。

 なんか私のことを美化1800%ぐらいした上で、話してそうな気がして……。





 

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― 新着の感想 ―
気絶は状態異常では無いのか
豆腐屋は普通早朝からやってるものかと。 加工品が朝から並ぶかは店によるとおもうけど
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