51. 再説得
スーパーで買ってきた材料を元に、夕飯にはお好み焼きを作る。
栄養価が高い料理だし、ホットプレートで作ればみんなで囲んで焼きながら食べられるからね。
と言っても、家にある結構大きめのホットプレートでも、一度に焼けるのはせいぜい2枚まで。
5人で食べると当然、1人分は結構小さめになるんだけれど。
……でも、それが良いんだよね。他愛もない話に花を咲かせながら、焼き上がる度にちびちびと食べる。ついでにお酒も楽しめば、言う事なしだ。
「ワタシ結構、身に付きやすいって言いマスか、お菓子とかをちょっと食べるだけでもすぐに体重が増えちゃう体質なんデスよねー。まー、だからといってお菓子を我慢することもできないので、結局は毎日のように食べてたりするんデスが」
コテを2つ使ってお好み焼きをひっくり返しながら、パティがそう告げる。
流石に関西人のチカほどではないけれど、彼女もなかなかに器用だ。
「それなのに、痩せたの?」
「ハイ。ビックリするぐらい、毎日のように痩せマシた」
パティの話によると、毎日確実に体重が落ちていった結果、元々『24.6』ほどあったBMIが、最終的には『22.1』まで下がったらしい。
一般的にBMIは標準が『22』程度とされており、『25』を超えると軽度ではあるものの『肥満』だと判定される。
なのでパティはもともとは肥満直前の判定だったものが、この短期間のうちに、一気に標準相応の判定にまで変化したわけだ。
「……それはもしや、肥満も状態異常の1種、ということか?」
「確証は無いんデスが、そうじゃないかなーってワタシは思ってマス。痩せるための努力なんて、ワタシ全然してないですからネー」
吸血姫であるスミカは、リゼたち4人から[吸血]を行っている。
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[吸血]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
吸血行為によって『血晶』を生産できる。
吸血対象には一時的に、老化と状態異常の完全耐性が付与される。
これは最後に吸血してから2週間経つと失われる。
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それにより、リゼたちには『老化と状態異常の完全耐性』が付与されているわけだけれど。
この『状態異常』に含まれるものが、思いのほか広い範囲に及ぶことが、これまでの経緯から既に判っていた。
例えば、ミサキが患っていた『片頭痛』や『冷え』が治ったり、リゼが歯医者に通って治療を受けていた『虫歯』が治ったり。
チカが頻繁になっていた『寝違え』も、全く症状が出なくなったり。
それって状態異常か? と思うようなものも、意外なほど[吸血]したことによって改善されていたりするのだ。
なので、まあ……。[吸血]で『肥満』も治るのだと言われれば、そうなのかと納得はできなくもないかな?
同時に――なんとも夢のような話だな、とも思うけれどね。
「もしそれが事実なら、広まれば大変なことになるっすね」
「間違いなく、有名人になりマスネー!」
「スミカの前に金を積んで『私からも吸血してください』と、そう懇願する人間が今に現れても、なんらおかしくないかもしれないな」
「老化しなくなるって時点で大概やからなあ……。よかったなあ、スミやん。モテモテになれるやん?」
「嬉しくない……」
そんな理由でモテても、間違いなく面倒と厄介事が増えるだけだ。
ついでに言えば、男性にモテるのは完全にノーサンキューだし。
「ま、みんなで秘密をちゃんと守って、スミカが与えてくれる恩恵は、身内だけで末永く独占したいところですネー」
「……あれ? なんかパティって、前よりも発音が良くなってない?」
以前はもっと、日本語の滑舌やイントネーションがおかしかった気がするが。
現在のパティが話す日本語は、ぶっちゃけ下手な日本人よりも、よっぽど聞き取りやすいレベルになっている。
もしかすると、これもまた[吸血]の効果なんだろうか――と、一瞬スミカは考えるけれど。
それは、すぐにパティの言葉によって否定された。
「あー、コッチは[吸血]じゃなくて、スミカの『投資』のお陰ですネー」
「え、投資の?」
「イェース。スミカがワタシの[知恵]や[敏捷]を増やしてくれたお陰で、日本語がダイブ話しやすくなったんですヨ」
「……な、なるほど」
[知恵]は記憶力や判断力に、[敏捷]は器用さに影響する能力値。
その2つを底上げされたことで、パティは日本語への理解が今まで以上に進み、また日本語をより上手く話すことができるようになったわけだ。
考えてみれば……今更だけれど、他人の能力値をほぼ永続的に増やせるってだけでも、かなり凄いことだよね。
掃討者として活動する上でだと、特に[筋力]や[強靭]や[敏捷]といった、身体能力値の強化が効果的だけれど。
日常生活では逆に[知恵]や[魅力]や[幸運]のような、それ以外の能力値が増えるメリットが大きそうに思う。
頭が良くなったり、人を惹きつける力が強まったり、運が良くなったり――。
そういうことになら大金でも出せちゃう人が、結構いそうだからなあ。
〈投資家〉としての能力も、これはこれで他人に知られれば面倒なことになるのは、間違いないような気がした。
「……お願いだから本当に、他人に広めたりはしないでね?」
「無論だとも。恩を仇で返すような真似はしないさ」
リゼの言葉を肯定するように、他の3人もすぐに頷いてくれる。
彼女たちの誠実さが嬉しい。改めて、この4人と縁を結べている現在を、スミカはとても果報なことだなと思った。
「そういえば――パティとチカも居て都合が良いので、今のうちに少し話しておきたいことがあるんだが」
「お、なんや?」
「どしたデース?」
「ちょっと事情があって、ダンジョンでスミカの歌声を聞く機会があってな」
「いや、どない事情があればそうなんねや」
呆れたような表情で、リゼに対し即座にツッコミを入れるチカ。
彼女の言うことはもっともなだけに、スミカも苦笑するしかない。
「まあ、それは良いじゃないか。ここで重要なのは、スミカの歌声が私もミサキも全力で賞賛したくなるレベルで、素晴らしかったってことだな」
「へー、そうなんや? なら一緒にカラオケとか行きたいなあ」
「もちろん、チカが誘ってくれるならいつでも」
ちなみに逆に、スミカはチカの歌声を既に知っていたりする。
彼女と一緒に行ったラブホに、カラオケがあったからね。
……ラブホにカラオケが置いてあると、どうして虐めながら歌わせたくなるんだろうね?
「で、独断で勝手をして悪いが、スミカをバンドに誘ってみた」
「オー! それはとっても素敵ですネー!」
「結果としては『興味がない』と、即座に断られてしまったがな」
「……オー。それはとっても残念ですネー……」
パティのテンションが、一瞬とても上がったかと思えば、すぐに下がる。
感情がそのまま表情に直結している様子は、見ていてとても可愛らしい。
「とはいえ、断られたからといって、諦めるにはあまりに惜しくてな」
「実際、それぐらいの歌声だったっすからねー」
「うむ。そこで、ライブ活動への参加はしなくても良いから、せめて歌を録らせて貰うだけでもできないかと食い下がったら、オーケーを貰えたんだ」
「オー! じゃあ一緒に曲作れるんですネ!」
パン、と両手を打ち鳴らして、パティが嬉しそうに表情を緩める。
そんな彼女の反応は――正直を言って、スミカには意外だった。
スミカが歌を担当するということは、現在バンドでボーカルを担当しているパティから、その席を奪うことに他ならない。
それはパティの立場からすると、あまり面白いことではないんじゃないか、と。内心で危惧の念を抱いていたんだけれど。
「アー、そういうのはナイですナイです!」
なので、その疑問を率直にぶつけると。
パティは両手をぶんぶんと振りながら、あっさり否定してみせた。
「現在はパティがメインボーカルを、私がサブボーカルをやってはいるが。そもそもパティも私も、できればボーカルなんてやりたくないんだよ」
「……え、そうなの?」
普通ならバンド活動って、ボーカルが一番人気の席なんじゃないの?
『バンドメンバー募集中。当方ボーカルです』みたいな張り紙を、近所の楽器店で何度も見かけたことがあるし。
「ワタシもリゼも、楽器の演奏が好きなんであって、歌うのは別にネー……」
「ミサキとチカに至っては『人前で歌うなんて絶対に嫌だ!』と、断固として受け入れてくれなくてな。パティと私がボーカルを担当している現状も、まだ抵抗感が薄い人間がやってるってだけなんだ」
「ああ……。そういえば消去法でボーカルやってるんだって、ダンジョンの中でも言ってたね……」
リゼたちのバンドである『カヴンクラフト』は、100人ぐらいまでの収容数の箱なら、ワンマンライブで埋められる程度の実力はあると聞いている。
100人というのは決して少ない人数じゃない。全員が数千円のチケット代金を支払って来てくれることを思えば、それだけのファンがバンドに付いているのは、十分に凄いことだと言えるだろう。
そのレベルのバンドなのに、ボーカルが消去法って……。
ファンの子たちが聞いたら、首を傾げてしまうんじゃないだろうか。
「なので、スミカがボーカルをやってくれると、本当に助かるんだがなあ……」
「うっ……」
珍しく、上目遣いにおねだりをしてくるリゼに、心が一瞬大きく揺れた。
女好きであるスミカは、基本的に女性からの頼みを断れないのだ。
「おっ、リーダー。これは効いとるで」
「そうだな。もう一押しといったところか」
「……ま、待って? 話せば判る、話せば判るから……」
この流れはマズい、と瞬時に理解するが。
それに気づいた時には――もう、背後をパティとミサキに封じられていて。
スミカはテーブルの席から立ち上がることもできなくなっていた。
「スミやんがボーカルを引き受けてくれたら、ウチらとっても助かるし? お礼になんでもするんやけどなあ」
「うむ、当然だな。どうだろうスミカ、もう一度考え直してみてはくれないか? 私たちには君が必要なんだ」
「どうっすか、スミカさん。ここで頷いちゃうだけで、今夜にでも4人全員を纏めて好きにできるっすよー?」
「ハーイ、スミカ! 諦めが肝心ですヨー?」
「う、ううう……」
ぴっちりと身体を密着させて『再説得』を試みてくる4人。
こんなにも魅力的な説得に、どうして抵抗などできるだろうか――。
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