49. ダンジョンにあると面白いもの
そんな他愛もない会話をリゼと交わしていると。
程なくミサキが、グーラ2体とゾンビドッグ1体を引き連れながら、悠々と徒歩で戻ってきた。
グーラもゾンビドッグも移動がとても遅い魔物だからね。魔物を引き離してしまわないよう、それぐらいゆっくり歩く必要があったんだろう。
ミサキが蒼い障壁を越えて小部屋の中へと入ってくると。
それを見たアンデッドたちは――すぐに諦めて、もと来た道をゆっくりと引き返していった。
どうやら『安全区域』の境目にある蒼い障壁が越えられないものであることが、魔物には理解できているようだ。
「意外っすね。入れないにしても、障壁の前に居座るぐらいはするかと」
「そうだな。障壁を壊そうとさえしてこないのは、正直驚きだよ」
魔物の反応が意外だったようで、ミサキとリゼがそう感想を零す。
スミカもまた、ほぼ同じように思っていたので、驚きの気持ちが強かった。
とりあえず『安全区域』が本当に安全なことは証明されたようだ。
区域内に居る相手を魔物は攻撃対象として認知せず、すぐに引き返してしまう。
そのため、安全区域の中から障壁の外にいる魔物を倒すというのは、残念ながら難しそうだけれど。
とはいえ、休憩場所の周囲に無駄に魔物が集まってしまわないのは、精神衛生上では良いことかもしれない。
(ふむ……)
視界に『安全区域』の情報を表示しながら、スミカは少し考え込む。
+----+
□安全区域/錦糸公園ダンジョン・第3階層
-
入場料 :(なし)
利用制限:(なし)
滞在制限:(なし)
区画許容量:100/100
+----+
このウィンドウの最後に書かれている『区画許容量』というのはなんだろう?
最初は、この安全区画の中に『100人』まで収容できるって意味なのかなと、そう思ったんだけれど。
区画の中にスミカたち3人が居る状況下でも、表示が『100/100』のまま減っていないことから察するに、その考えは間違っていそうだ。
首を傾げながらも『区画許容量』という文字を注視していると。
不意に――この安全区画内に、様々なモノが設置できそうなことが、なんとなく感覚的にスミカには理解できた。
設置するモノの種類に応じて、銀貨や金貨を消費するではあるけれど。代わりにスミカが望むものは、わりと何でも設置できそうに思える。
「……先輩掃討者のリゼとミサキに、ひとつ質問があるんだけれど」
「む、どうした?」
「改まってセンパイって言われると、なんだかちょっと気恥ずかしいっすね」
スミカの言葉に、2人がすぐにそう答えてくれる。
僅かに頬を染めて照れくさそうにする、ミサキが可愛い。
「2人は『ダンジョンにこれが用意されてれば良いのに』って思うものはある?」
「ふむ……? スミカがいま設置してくれたこの『安全区画』のように、周囲を警戒せず休める場所などは普通に有難いが?」
「じゃあ、それ以外だと?」
「それ以外か……」
地面に腰を下ろして、リゼが沈思黙考する。
ミサキもまた虚空を見上げながら、自分なりの答えを探してくれているようだ。
「――トイレとかは有ると、嬉しかったりするかもな」
「あ、それはそっすね。いちいち『石碑の間』まで戻ってらんないっすし」
「そういえばトイレとかって、実際みんなどうしてるの?」
「携帯トイレを持ち歩いてはいる。……だが、できれば使いたくはないな」
「そっすね。まだ使ったことないっすけど、今後も使わずにいたいっすね……」
「な、なるほど……」
ダンジョンの中は汚しても、何故か勝手に綺麗になるらしいから。男性の掃討者はあまり気にせず、その辺で済ませてしまう人も多いとか。
とはいえ流石に、女性に同じことができるかと言えば、断じてノーだ。
それを思うと、確かにダンジョンの中にトイレがあれば便利そうではある。
(……金貨2枚と銀貨50枚、ね)
頭の中で『トイレを設置する』ことを考えると、そのために必要な迷宮貨幣の枚数が、自然と頭の中に浮かび上がる。
なかなかの消費量だけれど。とりあえず一度試してはおきたいので、スミカは脳内でゴーサインを出す。
すると――小部屋の床に、青いシルエットのようなものが現れる。
シルエットの大きさは、4メートル×6メートルぐらいかな?
どうやらこれは、設置するトイレの床面積に相当するものらしい。シルエットは自在に位置を変更可能で、これを元にトイレの設置場所を決められるようだ。
とりあえず、小部屋の隅にシルエットを移動。
(ここで確定)という意志を籠めると、シルエットがあった位置に、一瞬のうちに建物が出現した。
うん――どこからどう見ても、紛うことなき『公衆トイレ』の建物だ。
「……ま、まさか、スミカがこれを作ったのか?」
「うん、金貨2枚半掛かった」
「〈投資家〉って、なんでもアリっすね……」
呆れたように、ミサキが苦笑しながらそう零す。
もちろん否定の言葉の持ち合わせなど、スミカには無かった。
『安全区域』の情報を確認してみると、区画許容量が『60/100』に減っていることが判る。
なるほど、この区画許容量が許すぶんだけ、安全区域内に色々と配置できるってわけか。
「お、トイレにも個別に『利用料』が設定できるみたい」
「そうなのか? だったら掃討者が多く利用する、人気のあるダンジョンにトイレとかを設置して回れば、そこそこの定期収入になるんじゃないか?」
「ダンジョンの中でトイレが使えるなら、1万円でも払っちゃいそうっすもんね」
「ふむ……」
それは――本当に悪くない考え、かもしれない。
というのも、たった今スミカが設置したこのトイレ、なぜか維持費が一切掛からないみたいなのだ。
清掃作業に来なくても勝手に清潔になるし、紙も補充される。
配管を繋いでいないのに水が流せるし、使用後の汚水もどこかへ消えていく。
挙げ句には、電気が来ていないのに照明器具が点灯するらしい。
金貨2枚と銀貨50枚、という設置コストは決して安くないけれど。
維持コストを無視できるなら、利用のたびに銀貨1枚を徴収するだけでも、合計250回分の利用で元が取れる程度のコストとも言える。
「あ――でも、トイレの利用料として設定できるのは迷宮貨幣だけだから、利用できる人はあまり多くないかも?」
現金ならともかく、迷宮貨幣を持ち歩いている掃討者なんて、滅多に居なさそうに思える。
そして利用して貰えないことには結局、設置コスト分だけ負担が嵩むだけだ。
「だったら試しに『銀貨をドロップ』する『人気ダンジョン』から設置を始めてみてはどうだ?」
「銀貨をドロップするって……例えば、東京都庁ダンジョンみたいな?」
「確かにあそこの魔物は銀貨を落とすが、不人気ダンジョンは駄目だろう……」
即座にリゼから、そう否定されてしまった。
確かに……東京都町の第一本庁舎ダンジョンは、以前フミと一緒に行った時に、結局最後まで他の掃討者と出逢うことが一度も無かった。
何しろ『石碑の間』の室内にさえ、他に誰も居なかったぐらいなのだ。あれほど利用者が少ないダンジョンでは、何を設置しても利用など期待できはしない。
「例えば、少し前にも話した『日本銀行ダンジョン』などがそうだな」
「……そこは現金がドロップする、って話じゃなかったっけ?」
「あそこは現金をドロップするが、同時に迷宮貨幣もドロップするんだよ。銀貨や金貨は非常に換金性が高いから、二重の意味で金が儲かるダンジョンなわけだ」
「へー、なるほどねー」
銀貨をドロップするダンジョンなら、銀貨の持ち合わせがないからトイレを利用できない、という事態も起こらなくて済む。
それなら確かに、試しに設置してみる候補として良さそうだ。
「とりあえず、次にフミと一緒に行った時に色々やってみようかな」
「その時には是非、後から詳しく話を聞かせてくれ」
「んふっ。ダンジョンに急にトイレが出来てるのを見た他の掃討者たちの反応が、今からすっごく楽しみっすねー。実行日の夜はスレをチェックしておかないと」
一緒に悪さをする仲間のように、ミサキがニヒヒと楽しげに笑う。
どうせならトイレだけでなく、他にも見た人を驚かせることができるようなものが、何か設置できると良いかもしれない。
「んー……。さっきの質問の繰り返しになっちゃうんだけど。2人はトイレ以外で何か『ダンジョンにあると面白いもの』って思いついたりしない?」
「ふむ。悪いが私は、急には思いつかないな……。ミサキはどうだ?」
「私もすぐには思いつかないっすねー」
「そっかー、残念」
設置に必要なコストさえ支払えば、大抵のものは『安全区画』に配置できそうなんだけれど。
残念ながら、スミカたちの発想力のほうが追いつかなかった。
「スミカはわりと、ゲームはよく遊ぶんだよな?」
「お? まあ、結構遊ぶほうだとは思うけれど……?」
「それなら、ダンジョンを舞台としたゲームにどういうものがあるかを、参考にして考えてみたらどうだ?」
「……なるほど。ダンジョンRPGを参考に、ね」
真っ先に思いついたのは『セーブポイント』だったけれど、これはすぐに『設置不可能』だと理解できた。
どうやら頭の中に思い浮かべると、その時点で設置可能であれば必要な迷宮貨幣のコストが、不可能なら単に『設置不可能』という事実が判るようだ。
次に考えたのは『回復の泉』的なものなんだけど、こっちは設置に掛かるコストが『金貨58万2千枚』と、とんでもない数値になった。
……まあ、飲むだけであらゆる怪我や状態異常が全回復する泉だし、ゲームによっては死者さえ蘇らせる効果があったりするからね。
現代医学を全否定するような存在なので、設置コストが超高額になるのも当然と言えば当然だろう。
というか……金貨58万2千枚あれば、現実に設置できちゃうのか……。
(だったら『エレベーター』とかなら、どだろ?)
そう頭に思い浮かべてみると――設置コストが『金貨6枚』だと判った。
ただし当然ながら、エレベーターはこの階層だけに設置しても意味がない。他の階層にも設置して、初めて階層間を移動できる装置として稼働するようだ。
なお、2つ目以降の設置コストは『金貨1枚』だけで済むらしい。
「なんか、エレベーターは設置可能っぽい」
「――は⁉」
「ま、マジっすか⁉」
そのことを話すと、2人からとても驚かれた。
いや……まあ、無理もないのかな。普通は階段を使って1階層ずつ移動するしかないわけだし。
スミカはまだ、どこのダンジョンでも比較的浅めの階層にしか潜ったことがないけれど。深い場所まで潜るような熟練の掃討者の人たちは、移動するだけで結構な苦労をしていそうだしね。
「……それにも利用料を設定できるのか?」
「できるね。単純に使用ごとに銀貨5枚、みたいな感じで料金を取ることもできるし。あるいは銀貨1枚につき1階層ぶん移動、みたいな設定にもできる」
「私たちぐらいのレベルだと、まだ使うことはあまり無さそうだが。もっと格上の掃討者なら、それこそ利用料が高くても普通に使うんじゃないか?」
「熟練者は稼ぎが凄いっすからねー、多少の出費なんて気にも留めないっすよ」
「だよなあ」
「なるほど。ありがとう、参考にする」
とりあえず、近い内にフミと一緒に日本銀行ダンジョンに行った時には、トイレと併せてエレベーターも設置してみようかな。
それで十分な利益が回収できれば良し。できなくても……1箇所ぐらいは試しに設置してみたいし。ま、このぐらいの出費なら許容範囲だよね。
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