44. 色々と検証を
リゼの言葉を聞いて、思わずスミカは困惑してしまう。
彼女の提案があまりにも予想外で、突飛なものだと思えたからだ。
「……私はロックバンドとかそういうの、ほぼ判らないし。流石に誘う相手を間違えているとしか思えないんだけれど?」
「音楽が好きで、バンド活動もやっている人間なら。一度でもスミカの歌声を聞いたら、誘わないヤツのほうが稀だと思うが?」
否定の言葉をぶつけると、リゼから逆に否定し返された。
リゼは口調や言い回しこそ、やや堅苦しいところがあるけれど。それでも、人の意見を容れないような性格ではない。
それだけに、否定を否定し返すという頑なな態度には、違和感も覚える。
「じゃあ、はっきりこう言っておくよ。悪いけど、興味がない」
「む、そうか……。残念だ……」
無関心を理由にされれば、流石にリゼもそれ以上は何も言えないらしい。
実際、そういう活動には欠片ほども興味がないので、仕方ないところではあるんだけれど。項垂れるリゼの姿を見ていると、少し申し訳ない気持ちにもなった。
既にリゼとは『恋人』だと言い合える程度の関係を築いている。
まあ、もちろんお互いにひとりだけを恋人としているわけではないので、一般的な恋人同士ほど、強い結びつきじゃないかもしれないけれど。
間違いなく――特別な想いを寄せ合う相手ではあるのだ。
そんな相手を悲しませるのは、無論スミカにとっても本意ではない。
とはいえ……興味もないのに承諾するのも、なんだか違うような気がするし。
「――では、ライブ活動はしないとして、録音するだけならどうだ?」
「録音?」
「HDRを始めとした録音機材は既に大体持っているから、やろうと思えばスミカの家の自宅地下でいつでもレコーディングはできるんだ。私がスミカの歌唱を前提とした曲を書き下ろしたら、歌を録らせて貰うことは可能だろうか?」
「う、うーん、それぐらいなら……?」
幼女化した現在の身体だと、面白いぐらい理想通りの声が出せてしまう。
その楽しさをいま実感したばかりなので、歌唱自体への興味はないでもない。
ロックバンドへの興味は本当に無いんだけれど……リゼがそこまで言ってくれるなら、固辞するのも悪いから。とりあえず録音だけは承諾することにした。
自宅で録るぶんには、それほど手間も掛からなそうだしね。
リゼとミサキが、パンッ! と嬉しそうに、互いの両手を打ち鳴らす。
スミカの歌なんてものを欲しがるのは、リゼぐらいだと思っていたんだけれど。意外にも、ミサキも同じ考えを持っていたらしい。
「ところで、ひとつ気付いたことがあるんすけど」
「うん?」
「どうした?」
「……ゾンビ、来なくないっすか?」
ミサキの言葉に、スミカもリゼもはっとする。
つい先程まではダンジョンの中を歩き回る必要さえなく、その場で待っているだけで次々とゾンビの群れがやってきていたのに。
言われてみれば――ここ10分ほど、ゾンビと遭っていない。
「スミカの歌の力だな」
「そっすね、間違いないっす」
「へ?」
「神聖な歌声がアンデッドを遠ざけたんだろう」
「いやいや、無理があるでしょ……」
リゼが口にした『神聖』という単語に、スミカは苦笑してしまう。
あまりにも荒唐無稽な理由付けだと思ったからだ。
もし仮に、スミカの歌に何らかの力があるとしても。
『吸血姫』の歌声である以上、それは神聖とは真逆のものだろう。
むしろゾンビとかは、活性化しちゃうんじゃないの?
「じゃあ試しに、次はゾンビが来てから歌ってみるといいっすよ」
そのことをスミカが告げると、ミサキからそう提案されてしまった。
まあ確かに、ゾンビの目の前で歌ってみるのが一番判りやすくはある。
というわけで、ダンジョン内を探索すること約3分ほど。
それぐらい歩き回って、やっと次のゾンビの群れと遭遇することができた。
「す、スミカ、とりあえず早く頼む」
「ふふ、はいはい」
ゆっくり迫り来る4体のゾンビに対して、相変わらず腰が引けているリゼ。
その様子に内心で軽く笑いつつも、スミカは讃美歌の調べを口ずさむ。
歌い始めたのは、数多あるカソリックの讃美歌の中でも、最も著名と言っていいかもしれない『What A Friend We Have In Jesus』。
日本では『いつくしみ深き』のタイトルで知られるこれは、個人的には聖歌隊のように、ある程度の人数で歌ってこそ映える曲という印象があるけれど。
とはいえ、もちろん独唱でも充分に魅力的な曲だ。
――スミカが歌い始めて間もなく。
ゾンビたちの動きが、目に見えて鈍った。
もともとゾンビは、移動も攻撃も、かなり遅い魔物ではあるんだけれど。それが更に、見て判るぐらい顕著に遅くなって。
なんだか、ゾンビ映画をスロー再生で見ているような気分になった。
歌い続けているうちに、更に輪をかけてゾンビたちの動きが鈍くなっていき。
30秒も歌い続ける頃には、とうとう完全に動かなくなった。
唸り声も止まってしまったので、こうなるとただの設置物のようにも見える。
そのまま、更に歌い続けること1分ほど。
動きを停止ししたまま、何の変化もないと思っていたら。
不意に――ゾンビたちの身体がボロボロと崩れ落ち、なんと消滅した。
あとに残るのは、ゆっくり周囲に飛散していく光の粒子だけ。
なんだか……天に召されたのかなと、そう思ってしまうような光景だった。
「………………」
「………………」
結果を目の当たりにしたリゼとミサキが、つい先程と同じように、二人して何も言わず押し黙ってしまう。
とはいえ今回ばかりは、スミカもまた同じ気持ちで、絶句するばかりだ。
(……まさか、本当に効果があるとは)
目の前で見てしまえば、歌唱の効果はもう否定することもできない。
なぜなのか、理由はさっぱり判らないけれど……。スミカの歌にはアンデッドに対する有意な作用が認められるようだ。
「あっ」
「……どうした、スミカ?」
「いや、なんか新しいスキルが増えてる……?」
なんとなくステータスカードを確認してみると、いつの間にか〈聖歌Ⅰ〉という名前のスキルが増えていることが判った。
まあ、ほぼ間違いなく、アンデッドに対して讃美歌を歌っているうちに修得したものなんだろうけれど。
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〈聖歌Ⅰ〉/スキル
歌唱することで歌に癒やしの効果を乗せることができる。
神に関連する歌だと効果が倍増する。
+----+
スキル名を注視して(詳細を知りたい)と意識すると、情報が表示される。
なるほど、讃美歌は間違いなく『神に関連する歌』だと言えるから、高い効果がみられたのには選曲が良かったのもあるんだろう。
アンデッドに対する効果については、特に何も書かれていないようだけれど。
ゲームでは、アンデッドに対する回復効果が逆にダメージを与える――というのは、よくある設定でもある。
なので歌による『癒やし』の効果が、アンデッドに対しては攻撃になるというのも、それほど違和感なくスミカには受け入れられた。
「なるほど……。ゾンビは所詮レベル『1』の魔物だからな。癒やしの効果だけで倒せても、おかしくないのかもしれない」
「そっすね、ちゃんと讃美歌を歌ってたわけっすし」
〈聖歌Ⅰ〉のスキルについて説明すると、リゼとミサキも納得したようだ。
『吸血姫』の歌声がアンデッドを倒すというのは、正直を言って違和感がかなりあるんだけれど。
とはいえ――このタイミングでアンデッドに有用なカードがひとつ増えたのは、純粋に嬉しいことだ。
いや、アンデッド以外に対しても『癒やし』の効果が期待できるだろうから、それを考えると純粋に支援行動としての価値もある。
まあ、回復魔法とかに較べると、効果が弱そうな気はするけれど。『魔力』という貴重なリソースを消費せず、気軽に利用できるのはとても良い。
「確か、階段の位置は判っているんだよな?」
「それはもちろん。《階層投資》で地図を把握してるからね」
第1階層に入った時点で、スミカは同階層を『投資対象』として登録。
《階層投資》の異能で金貨1枚を投資して、宝箱の設置数を1個増やしている。
なので、東京都庁第一本庁舎ダンジョンの第1階層で《階層投資》を行った時と同じように、ここでもスミカは頭の中に『階層地図』を描くことが可能だ。
そして階層地図には宝箱だけでなく、上りと下りの階段の位置も記されている。
「試しに2階に下りてみないか? そっちの魔物もアンデッドなんだろう?」
「ここの第2階層はゾンビドッグっすね。名前の通り、ゾンビの犬っす」
「……あまり戦いたくはない魔物だが。スミカの歌があれば大丈夫だろう。魔物のレベルと、討伐時に得られる免税ポイントは判るか?」
「ゾンビ犬のレベルは『2』っすね。免税ポイントは、普段は『12』っす」
つまり、3倍になっている今だと『36ポイント』貰えるってことだね。
それは……金銭的に、かなり美味しそうだ。
「では、行ってみましょうか。ただしゾンビドッグ相手に苦戦しそうな場合には、すぐに撤退して第1階層に戻るってことで」
「ああ、そうしよう」
「了解っす!」
「……ついでに、移動中にゾンビが出たら、讃美歌以外も試してみて良い?」
「もちろん。今のうちに色々と試してみると良い」
リゼがそう言ってくれたので、早速次の戦闘で――3体のゾンビを相手に、今度は『I Will Follow Him』を歌ってみた。
すると、ゾンビ相手に……効くには効いたんだけれど。効果は先程の歌よりも、目に見えて落ちているようだった。
ゾンビが崩れて光の粒子に変わるのに、3分ぐらいは歌う必要があったかな。
この曲は、映画『Sister Act』こと『天使にラブ・ソングを』の劇中歌として、日本人にも非常に有名な曲だけれど。
本来は恋愛対象への想いを歌う曲であり、讃美歌でないのはもちろん、神ともなんの関係もない。
なので『神に関連する歌だと効果が倍増する』は適用されなかったんだろう。
効果が倍増しなかった、つまり先程の半分の効果しか発揮されなかったために、ゾンビを倒すのに2倍の歌唱時間が必要となったわけだ。
――その次に遭遇したゾンビ4体には『Baba Yetu』を歌ってみた。
これは『主の祈り』をスワヒリ語で歌い上げる曲なんだけれど、元々は『シヴィライゼーション4』というシミュレーションゲームのメインテーマ曲らしい。
つまりゲームミュージックであり、讃美歌の括りに入るかは微妙なところだ。
でも、これはゾンビに対して劇的な効果があった。
4体のゾンビが光の粒子へ変わるまでに要した時間は、1分30秒。
なので『What A Friend We Have In Jesus』を歌った時と同じだね。
「……もうスミカだけいれば、いいんじゃないかなあ」
歌っているだけでゾンビが勝手に討伐されていく様子を見つめながら、しみじみとリゼがそう感想を零す。
このダンジョンの第1階層だけに限れば、わりとそんな気がするだけに、スミカとしても苦笑するしかなかった。
――第2階層へ下りる階段の直前で、更に3体のゾンビと遭遇。
今度はもう、確実に神とは何の関係もない『炭坑節』を歌ってみた。
盆踊りの曲として非常に有名な、福岡県の民謡だ。
結果は、3分間掛かるものの、問題なくゾンビを滅ぼすことに成功。
『効果倍増』さえ期待しないなら、どうやら本当に曲は何でも良いらしい。
「炭坑節で倒されるゾンビって……」
「初めてゾンビに対する同情心が、ちょっとだけ湧いたっす……」
……確かに、ちょっとかわいそうだったかも。
やっぱりせめて、ちゃんと神様に関連した曲で倒してあげることにしよう。
「吸血姫が歌う炭坑節でゾンビが滅ぶって、全く意味わかんないっすね」
それはそう。
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音楽をやる人間にとって『HDR』は『ハードディスクレコーダー』のことで、これはハードディスクを記録媒体に用いるMTR(マルチトラックレコーダー/多重録音機器)を指します。
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まさか自分で書いた小説にBaba Yetuを登場させる日が来るとは。
https://syosetu.com/site/song/
曲名のみの掲載であれば問題となりにくい旨が公式に書いてありましたので、遠慮なく使用しまくってみました。もちろん歌詞を書くことは致しません。
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日間総合128位、日間ローファンタジー3位、
週間総合128位、週間ローファンタジー3位に入っておりました。
いつも応援してくださり、ありがとうございます!
お陰様で大変励みになっております。




