42. 不人気にも理由がある
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地上の公園まで戻って、自衛隊の天幕で事態を報告すると、その場に詰めている自衛官の人たちに大きな動揺が広がった。
どうやら先方はダンジョンが、魔物が氾濫する直前の状態になっていることを、全く把握していなかったらしい。
石碑から情報を得るのに必要な《鑑定》は、得られる天職が限られるため、所持者が非常に少ない異能として知られている。
ダンジョンが全国様々な場所に分散していることを考えると、自衛隊が事態を把握していないことも、ある程度は仕方ないかもしれないとも思うが。
とはいえ――錦糸町で普通に暮らしている人たちの安全が脅かされかねないわけだから、仕方ないで済ませられる話でもない。
自衛官の男性から、上の者に伝えてくるので少し待っていて欲しいと求められたので、暫し天幕の近くでリゼやミサキと立ち話をしながら過ごす。
さっき『石碑の間』を出る前に、自販機で無糖のコーヒーを確保しておいて正解だった。飲み物と話し相手が居れば待ち時間も苦ではない。
2人と歓談していると、やがて1人の男性が近寄ってきた。
かなり背が高めの男性だ。多分180cmはあるんじゃないだろうか。
「――失礼。あなたが『石碑』の情報を提供してくださった掃討者ですか?」
「そうですが……」
「自分はここ錦糸公園ダンジョンにて、入口の管理任務責任者を務めております、二等陸尉の斎藤と申します」
そう告げて、斎藤と名乗った男性が軽く頭を下げた。
自衛官の人は敬礼はしても、頭はあまり下げないような印象を持っていたから、スミカは軽く驚いてしまう。
また、子供にしか見えないスミカに対して丁寧に接してくるあたりからも、斎藤の人柄の良さが窺える気がした。
「この度はご連絡ありがとうございました。あまり日数の猶予はないようですが、今からでも対策ができるだけ幸いとも言えます」
「私は祝部と言います。ここは不人気ダンジョンとして知られている場所だと聞いていますが、優先的に《鑑定》持ちに調べさせたりはしていないんですか?」
魔物が氾濫する一歩手前の状態になっているのは、掃討者がダンジョンの内部であまり魔物の間引きを行っていないからだ。
不人気ダンジョンとして有名な場所だからこそ、ダンジョンの魔物状況を優先的にチェックしておくことは、大事だと思うんだけれど。
「申し訳ありませんが、特にそういうことはしておりません。特定のダンジョンの管理を優先しますと、どうしても他のダンジョンがある場所の自治体や地域住民から非難が寄せられてしまいますので」
「な、なるほど」
自衛隊も自衛隊で苦労してるんだな、とスミカは内心で同情する。
歴とした公務員である以上、彼らは住民の意見には逆らえないんだろう。
「親切に連絡を下さった方を疑うようで大変心苦しいのですが。正確な情報なのか確かめるためにも、祝部さんが本当に《鑑定》の異能をお持ちなのか、確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「確認ですか? 構いませんが……」
「太田、すまないが後を頼む。俺は十条駐屯地に連絡を入れてくる」
「了解です」
それからスミカは、太田という自衛官の男性から幾つかの質問を受けた。
具体的には、まず最初にされた質問が「私の下の名前や天職、能力値などを全て答えて頂けませんか?」というもの。
《鑑定》があるなら、他人の本名も天職も能力値も全て視ることができるから、それを答えさせることでスミカが異能を所持しているのか確かめるわけだ。
次に、近くに居た別の自衛官についても、同じことを質問される。
2人分の情報を淀みなく回答したことで、スミカが間違いなく《鑑定》の異能を持っていることは、すぐに理解して貰えたようだ。
更には「錦糸公園ダンジョンは全部で何階層までありますか?」や「錦糸公園ダンジョンの安全階層を全て教えてください」といった質問も。
これは先程見てきた『石碑』の情報を、ちゃんと誤りなく覚えているかどうかの確認なんだろう。
最後に「各階層の魔物のパーセンテージがどうなっていたかを詳しく教えてください」と問われたので、これもしっかり答えておいた。
「――太田、どうだ?」
「二尉。こちらの祝部さんは《鑑定》持ちで間違いありません。提供を頂きました石碑の情報についても、充分に信頼できるものかと」
「そうか。祝部さんとお連れ様には、面倒をお掛けして申し訳ありませんでした。皆様には後日、掃討者ギルド経由で謝礼金が届くよう手配しておきますので、その際には遠慮なくお受け取りください」
「え、謝礼金が出るんですか?」
「はい。情報提供に対する当然の報酬ですので」
それほど多い額ではないんだろうけれど。それでも、ちゃんと拘束時間に対する報酬を出して貰えるというだけで有難い。
しかも3人分貰えるというのだから、なかなかに太っ腹だ。
「錦糸公園ダンジョンの第1階層から第3階層の魔物は、討伐時に付与される『免税ポイント』が本日より5日の間、一時的に3倍となります。皆様はダンジョンが目当てで来られたのでしょうから、是非ひと稼ぎしていってください」
「――3倍⁉」
「はい。ここは不人気ダンジョンということもあり、もともと免税ポイントが高めに設定されておりますので、3倍はかなり大きいかと。……自分も職務がなければ参加したいぐらいですね」
斎藤が軽く苦笑しながらそう告げる。
3倍と聞いたリゼは、明らかに目の色が変わっていた。
自衛隊の天幕を後にして、再び地下へと潜る。
『石碑の間』でトイレを済ませて、自販機でミネラルウォーターのペットボトルを購入。
コーヒーを飲んだばかりなので、まだ暫く喉は渇かないだろうけれど。魔法の鞄に入れておく分には、別に邪魔にもならないしね。
「良ければガッツリ稼いでも構わないだろうか? シアタールームでちょっとした録音をする時用に、静音のパワーアンプが欲しいんだ」
自宅地下にあるシアタールームは、祖父と祖母がかなり拘ったため、非常に高い防音性能を有している。それこそ深夜でも遠慮なく爆音が鳴らせるぐらいだ。
内部の音が外に漏れないのだから、当然外部からシアタールーム内に音が入ってくることもない。なのでリゼの言うように、録音室として使うことも可能だろう。
そのために機材を静音のもので揃えたいというのは、理解できる話だ。
「それはいいけど……。本気?」
「出現する魔物を、ちゃんと判った上で言ってるんすか?」
「……そう言えば知らないな。ここは何が棲息してるんだ?」
「ゾンビね」
「ゾンビっす」
「……」
即座に答えたスミカとミサキの言葉に、思わず閉口するリゼ。
不人気ダンジョンになるのには、当然それなりの理由があるのだ。
言うまでもなくゾンビは、多くの掃討者から非常に嫌われている魔物。
動きが遅いので、弱くて倒しやすいらしいんだけれど。近くにいるだけでも結構キツめの悪臭がするし、戦闘中に服や身体に不衛生な汚れが付着することもある。
まあ、ゾンビをちゃんと倒しさえすれば、相手の身体が光の粒子に変わると同時に、こちらの服や身体に付着した汚物も消えてなくなるらしいけれど。
それでも……一時的にとはいえ、汚されれば嫌な気分にはなる。
「……あ、アンプのためなら、我慢できるとも」
「そっすか。じゃあ前衛お願いするっすね」
「うん、頑張ってねリゼ」
「え?」
ミサキの天職は〈狩人〉。戦闘では弓を得意とするため、もちろん彼女が前衛を務めることはない。
スミカは武器に大鎌を使うけれど、〈投資家〉は戦闘を有利にする異能やスキルを持たない天職なので、前衛を張れるほどの強さはない。
基本的にはフミとやっていたように、他の仲間の後ろに控えつつ、隙を見て攻撃を入れる遊撃役が適任だろう。
なので当然、前衛はリゼひとりに担ってもらうことになる。
〈細剣士〉のリゼは俊敏な動きを得意としていて、高い回避力もあるからね。
「………………」
ちょっと泣きそうな表情をしながら、こっちを見つめてくるリゼ。
いや――そんな縋るような目で見つめられても、前衛は拒否するよ?
ゾンビみたいな汚い魔物の相手は、流石に嫌だし。
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