04. 仮免許講義2:祝福のレベルアップ(後)
それから清水は『天職』について様々な説明をしてくれた。
天職には明らかに、得やすいものと得にくいものがあるということ。
例えば、祝福のレベルアップを迎えた人の前に〈戦士〉や〈魔術師〉と書かれた天職カードは出現しやすいが。一方で〈僧侶〉や〈狩人〉などは出現しづらく、〈錬金術師〉や〈吟遊詩人〉にいたっては滅多に出現しないらしい。
なので掃討者ギルドでは現在までに存在が確認されている天職を、その希少性に応じて、『基本職』、『特化職』、『複合職』、『希少職』、そして『異端職』の5つに分類しているそうだ。
もちろん最も天職カードが出現しやすいのは『基本職』で、これは全部で6種類しかない。なので清水は簡単にではあるけれど、その6つの職業全てをスミカ達に口頭で説明してくれた。
更に清水は「お話しできるのは現時点で判っていることだけですが」と前置きした上で、『天職カード』という不思議物体についても話してくれた。
色々と驚きの内容が多かったので、実際にカードを手に入れた時の楽しみが増えたように思う。
「さて、この辺で話を戻しまして――。『祝福のレベルアップ』を経験することで得られる特別な恩恵、その2つ目は『武器』の獲得です。これは文字通り、何らかの武器が手に入るというものですね。
実は、ダンジョンにはある特殊なルールが存在しております。それはダンジョン内に棲息する魔物には『ダンジョン産の武具』しか通用しないというものです。
初心者の方がやりがちな間違いとして、ホームセンターで購入したL型バールや鉈、防刃ベストや安全靴などをダンジョンに持ち込み、武器や防具として使用するというものがあるのですが。残念ながらこれらの品は『ダンジョン産』の武具ではありませんので、ダンジョン持ち込んでも全く機能しません。
バールの鋭い突起やよく切れる鉈の刃は、ダンジョンの中で最も柔らかい魔物とされるスライムの皮膜さえ貫けず、切り裂けません。同様に防刃ベストや安全靴も魔物の攻撃を受けると簡単に破れたり変形したりしてしまいます。殺傷力も防御力も完全に『ゼロ』になると認識して頂いて良いと思います」
清水が話してくれたその内容は、スミカにとって衝撃だった。
というより他ならぬスミカ自身も、無事に掃討者資格の仮免許を取得できた暁には、スマホで近所にあるホームセンターを探して適当に武器や防具として使えそうな物品を買い漁ろうかと、そう考えていたからだ。
それが全く無駄な行動だという指摘は、なかなかにショックだった。
とはいえ……購入前に教えてもらえたわけだから。無駄な出費をしないで済んだという意味では、有難くもあるけれど。
「最弱の魔物として有名なピティは、ひとつ前の講義で中島から説明がありました通り、丸腰でも問題なく討伐が可能ですが。それ以外の魔物となりますと、防具はともかく、武器がないようでは対処にかなり苦労します。
なので多くの国では『ダンジョンのピティだけが出現する区域』にしか、初心者が潜れないように制限しています。まずは丸腰でも大丈夫なピティの討伐で魔力を収集して『祝福のレベルアップ』を経験し、その恩恵で武器を手に入れて頂くためですね。
恩恵で手に入る武器は『ダンジョン産の武器』になりますため、内部に生息する魔物にも有効です。手にすれば今までは攻撃を避けることでしか対処できなかったピティも、より積極的に狩猟することが可能になるでしょう」
清水の話によれば、手に入る武器は剣や槍、斧や弓など、様々な種類があるらしいけれど。どんな武器が貰えるかは、経験してみるまで判らないそうだ。
ただし原則として、自分の天職で扱いづらい武器が贈られることは無いらしい。
例えば〈剣士〉の人が弓を貰ったりとか、〈射手〉の人が鈍器を貰ったりとか。そういう、ちぐはぐなことにはならないんだとか。
あと確率的には低いけれど、稀に武器を貰えないこともあるらしい。
とは言っても――その場合は代わりに必ず、天職に付随する異能として『武器を召喚できる』能力が与えられる。
なので祝福のレベルアップさえ経験すれば、武器がなくて困るということはないそうだ。
「ちなみに『ダンジョン産の武具』しか役に立たないというのは、あくまでもダンジョンの内部でのみ適用されるルールです。ダンジョンから地上に溢れ出た魔物にはルール外のため、現代の武器も普通に通用します。
――つまりダンジョンの外でなら、魔物には『銃器』も有効です」
なので現在は、自衛隊の人達はダンジョンに入らず、魔物が溢れた場合に即応できるよう地上で緊急出動態勢を維持することに注力しているそうだ。
ダンジョンの中へ入って魔物の間引きを行うのは、あくまでも自衛隊ではなく、掃討者が果たすべき役目として住み分けられているわけだね。
「ああ、そうそう。本日講義を受けておられる皆様の中には、祝福のレベルアップが目的で、本格的に掃討者として活動する気がない方も多いと思います。
そういう方はよろしければ是非、手に入れた武器を掃討者ギルドにお売り頂けますと嬉しいです。種類にもよりますが、だいたい数千円から数万円程度で買い取りをしております。
祝福のレベルアップの記念に取っておきたい、とお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、殆どの武器は当然ながら『銃刀法』に引っかかります。
掃討者として積極的に活動しない方が所持しておられますと、警察から何か言われた時に適当な釈明ができず、最悪逮捕されることも有り得ます。買取価格は安いですが、お売り頂きましたほうが面倒がなくてよろしいかと」
これは逆も言えて、掃討者として積極的に活動しているなら、刀剣類の所持について『正当な事由がある』と主張することが可能らしい。
もちろん無闇に周囲を威圧してしまわないよう、バッグにちゃんと収納するなどして、他人から武器を所持していることが判らないよう配慮する必要はある。
清水の話によると、たまに正当な事由があるから大丈夫と勘違いして、剣を腰に差しながら町を歩いたりする馬鹿な掃討者も居るんだとか。
言うまでもなく、そういう人は問答無用で職質され、逮捕される。
「さて――それでは最後に3つある恩恵の中でも、最も有名な『肉体変化』について説明をさせて頂きますね。
祝福のレベルアップを経験した掃討者の身体には、他人から見ても判るほど顕著な変化が発生します。まず、必ず起こるのが『若返り』です。これは文字通り年齢が若返る奇跡でして、大抵のケースでは1歳から数歳ぶんの若返りが発生します。もちろん若返ったぶんだけ寿命も伸びると考えて頂いて結構です。
ぶっちゃけて申し上げますと、ギルドへ掃討者の仮免許資格を取得しに来られる方のうち、実に9割以上が若返り目的です。今回は受講者の皆様の中に、掃討者をちゃんと仕事にしようと考えておられる方が2名もいらっしゃるようですが、これは非常に珍しいケースだと言えます。普段は受講者全員が祝福のレベルアップによる若返り目的、ということも珍しくありませんので」
以前にテレビで見たことがあるけれど、日本国内で掃討者の『仮免許』を所持している人は6千万人ほど。つまり日本人口の半分以上が取得しているらしい。
だというのに『本免許』の取得までする人は、その内の1%にも満たない。
これは99%以上の人達が『祝福のレベルアップ』だけを目的としており、掃討者としてそれ以上は活動する意欲がないことを示している。
……まあ、危険な職業だからね。安全なピティ狩りで主目的を達成したら、それ以上の参加は望まないという気持ちも判らないではない。
魔物と戦う職業なわけだから、掃討者になろうという人には男性のほうがずっと多そうに思えるかもしれないけれど。仮免許資格の取得者だけで言えば、実に全体の6割近くを女性が占めている。
要はそれだけ『若返り』の奇跡を求める人が、男性よりも女性に多いってことなんだろう。
「他にも祝福のレベルアップを経験すると、幾つかの身体変化が起こることがあります。発生しやすい順に紹介しますと『瞳の色の変化』、『髪の色の変化』、『体色の変化』などですね。
どの変化まで起きるかは獲得した『天職』の種類に応じて決まります。例えば、先程ご説明した『基本職』のいずれかを得た場合ですと、変化するのは瞳の色だけに限られます。『特化職』の場合には加えて髪の色が変化し、『複合職』の場合には更に体色も――つまり肌の色味も変化します」
あっさりと清水が告げた言葉に、ざわりと講義室内の空気が揺れた。
それも当然だろう。肌の色が変わるなんて、誰にとっても結構な一大事だ。
「あ、あのっ。質問を良いですか?」
後方の席に座る女性受講者のひとりが、そう告げて挙手をした。
「ええ、もちろんです。どうぞ」
「肌の色が変わった結果、緑とか紫になったりすることもあるんでしょうか?」
「いいえ。肌に関しては現在のところ、アニメや映画のような架空の創作物にしか登場しないような色合いにはなりません。ですので緑や紫になることは、基本的に無いとお考え頂いてもよろしいでしょう。
逆に言えば、世界全体で見た場合によくある色合いにはなる可能性があります。白色や黒色、褐色や赤色などですね。変化した後に後悔なさっても取り返しがつきませんので、今のうちによく考えておかれるのが良いでしょう」
それから清水は『基本職』と『特化職』の天職カードが、必ず『白』と『青』の色になっていることなどを説明してくれた。
得た天職が『基本職』か『特化職』であれば、肌の色が変化することはない。
なので肌の変化を避けたいなら、白か青のカードを選び取れば良いわけだ。
「祝福のレベルアップを経験すると、目の前に最低でも1枚、最大で6枚のカードが出現します。この時に白と青以外の色をしたカードに触れてしまいますと、必ず肌の色の変化が発生してしまいますのでご注意くださいね。
もちろん最低で1枚しか出ないわけですから、白でも青でもない色のカードしか出現しないということもあり得ますが。その場合は天職カードに触らず、その場を立ち去るという選択肢があることをお忘れなく。そうした場合、天職の獲得自体は諦めることになりますが、望まない身体変化を受け入れるよりは良いでしょう」
祝福のレベルアップのチャンスは1回限り。なので受け入れた場合でも回避した場合でも、もう二度と発生しないそうだ。
なのでカードを選ばずに立ち去れば、もう二度と天職を得ることはできない。
掃討者としての活躍が望めなくなるのはもちろん、若返りの機会も諦めることになる。
(……まあ、私は特にこだわりもないけれど)
別に白人になろうと黒人になろうと、それはそれで構わない。
同性同士で愛し合える身体でいられるなら、他の変化なんて些細なことだ。
もし『性別が変わる』なんていうのも身体変化の候補にあったなら、それだけは全力で回避しただろうけれどね。
「体色とは異なり、髪や瞳に関しては、天然では存在しない色に変化するケースも確認されています。確率としてはやや低めのようではありますが。
まあ、髪は好ましくない色になったとしても定期的に染めれば済みますし、瞳の色はカラコンを入れればごまかしが効きます。ですから肌の色ほど深刻な悩みになることは稀でしょう」
「すみません、質問をよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんどうぞ」
今度挙手したのは、男性の受講者だった。
男性に対し、講師の清水はにっこりと笑顔で応じる。
「確か、天職には他にも『希少職』や『異端職』と呼ばれるものがあるという話でしたが。それらの場合には、どのような身体変化があるのでしょうか?」
「なるほど、そちらについてもお話しすべきでしたね。端的に申し上げますなら、それらの天職になってしまうと『人間』ではなくなります」
「人間ではなくなる……⁉」
あっさり告げた清水の言葉に、再び講義室内の空気が大きく揺れる。
人間ではなくなるという表現から、思わず自分の姿が化物に変化してしまうのを想像してしまったスミカだけれど。「そう悪いものではありません」と清水が続けた言葉のお陰で、すぐにその想像を振り払うことができた。
「皆さんも一度はテレビや雑誌などで、見たことがあるのではないでしょうか? 有名な芸人や女優、アナウンサーの中にも『エルフ』や『ドワーフ』といった人間ではない種族に変化した方が何名かいらっしゃった筈ですが」
「……ああ、あれのことかあ」
スミカはすぐに得心する。
人間と殆ど同じでありながら、けれど明確に違う特徴も持つ亜人の種族。彼らは非常に目立つ存在なので、各種メディアでの受けが非常に良い。
だからなのか、街中で見かけることこそ滅多にないけれど。テレビや雑誌などにはそれなりの頻度で、エルフやドワーフ、ノームや有翼人といった亜人種族の芸能人が登場する。
特に長身かつ痩身で容姿端麗なエルフや、大人でも子供にしか見えないほど背が低いドワーフの女性は大人気だ。ドワーフでも男性は……髭が凄いことになるせいか、テレビではわりとイロモノ扱いされていたりするけれど。
「皆さんがテレビでなどよく目にする亜人種族の芸能人は、祝福のレベルアップにより『希少職』の天職を得たことで、身体が人間ではなくなった方々です。
これまでの調査から『希少職』の天職カードの出現率は、1000人に1人程度だと推定されております。もしエルフやドワーフなどになられた場合は、皆様にも芸能人として活躍なさる未来があるかもしれませんね」
清水の言葉に女性受講者の何人かが、きゃあと嬉しそうな声を上げた。
千人に1人というのは、とても低い確率だけれど。それでも宝くじなどに較べれば遥かに期待できるものでもある。
その確率で芸能界への道が開けるかもしれないなら、嬉しい人にとっては嬉しいだろう。
もちろんスミカには全く興味がない。
いや、まあ……同性愛者としては、芸能界の華やかな女性達とお近づきになれる機会があるかもしれないと思うと、多少は興味も湧きそうになるけれど。
とはいえ今のスミカにとって何より重要なのは、すぐにでもそれなりの稼ぎを生み出せるかもしれない、掃討者本来の生業のほうだ。
「ちなみに、もしも『希少職』を超えて更に希少な『異端職』に当たってしまった場合には、身体が何らかの『魔物』に変化してしまいます。
例えば、スライムとかグリフォンとか……。もしかしたらドラゴンに変化してしまう、なんてこともあるかもしれませんね」
「うえッ⁉」
講義中だというのに、思わずスミカの口から声が出てしまう。
自分の身体にそれほど拘りがあるわけじゃないとはいえ、流石にスライムになるのは勘弁願いたい。
「――すみません、冗談です。流石にスライムになるということはありません」
「あ、そうなんですね……」
「はい。ただし『異端職』を得ると身体が『魔物』に変化してしまう、というのは本当です。変化する対象はゴブリンやオーク、オーガやハーピーなど、現在までに確認されているぶんですと『人型』の魔物に限られるようですが」
……魔物に変化すること自体は本当なのか。
とはいえ、スライムやドラゴンに変化してしまうよりは、まだ人間らしい生活を継続できるかもしれないぶん、ゴブリンとかのほうがマシだろうか……。




