39. 保険は投資に入りますか?
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東京都庁第一本庁舎ダンジョンに潜った翌日、フミは自宅へと帰っていった。
もともと祖父との鍛錬のために一旦帰るという話だったし、ダンジョンで自宅へ持ち帰るお土産の黒ビールも手に入れたからね。
これまでに何度かフミに使って貰っていたクロスバイクは、そのまま彼女にプレゼントした。
祝福のレベルアップを経験したあの日、リゼが助けに来るまで守ってくれたフミは、スミカにとって間違いなく命の恩人に他ならない。
そんな彼女への、せめてもの感謝の気持ちということで、クロスバイクを贈ることにしたのだ。
もちろんフミは固辞しようとしてきたけれど。命のお礼だと何度もスミカが口にすることで、最終的には折れて受け取ってくれた。
他にも自転車用のヘルメットや輪行袋、交換用のタイヤチューブ、携帯しやすい小型の空気入れなども、一通りネットで注文して新品をプレゼント。
使い方の指導も行ったので、移動中にパンクなどのトラブルに見舞われることがあっても、フミ自身の手で対処できる筈だ。
というわけで――フミが帰宅してから、早2週間が経過。
今のところスミカは、どこのダンジョンへも出かけることなく過ごしている。
フミは祖父と一緒に、色々と試行錯誤しながら鍛錬をしているみたいで。あれからまだ一度もスミカの家には来てくれていない。
もちろん連絡は取っている。というより、フミとは便利な『思念会話』を使ってちょくちょく会話しているので、距離が離れていても実感が殆どないぐらいだ。
……とはいえ、フミが居ないというだけで。
スミカはあまり積極的に、ダンジョンへ潜ろうという気分にはなれないでいた。
そもそもスミカの天職である〈投資家〉は、決して戦闘が得意ではない。
武器を扱うこと秀でたり、戦いを有利にする異能やスキルを、何ひとつ持っていないのだから当然だ。
能力値を増やすことができる『投資』も、自分自身は対象にできない。
なのでスミカの戦闘能力は、普通の掃討者より遥かに劣る程度しかないのだ。
先日行った東京都庁第一本庁舎ダンジョンに、もし単身で挑んだなら。
おそらく数戦もしないうちに、ゴブリン相手に敗北することになるだろう。
それぐらい――スミカは弱い。
大鎌での戦闘でそれなりに戦果を上げられていたのは、偏に前衛を担ってくれるフミが居てくれたお陰だ。
スミカでも安全に潜れるダンジョンとなると、結局はピティが棲息する、白鬚東アパートダンジョンになってしまうわけだけれど。
多くの初心者が利用して、掃討者ギルドの職員や警察の人が見回りも行っているあのダンジョンは、かなり利用者が多い。
不本意ながら、掃討者界隈ではちょっとした有名人になりつつあるスミカとしては、あまり人が多いダンジョンには行きたくないというのが本音だった。
そう――ちょっとだけ有名になってしまったのだ。
大鎌を武器に戦う幼女と、尋常でない腕前で剣を振るう幼女のペアが、襲い来る数多のゴブリンたち駆逐しながらダンジョンを探索する動画は、あの後にちょっと怖いぐらい人気が出てしまって。
アーカイブ動画は丸1日だけで50万再生を、3日が経つ頃には100万再生を超えていた。
幸いなのは、アーカイブ動画にリゼが『投げ銭付きのコメント』を残してくれたことで、投げ銭付きでならコメントを書き込める事実が広まり、それ以降に結構な数の投げ銭が集まったことだ。
掃討者ギルドが運営する動画配信サイトである『ConTube』は、掃討者の応援が主目的のため、投げ銭の一部を運営が接収する――ということがない。
なので、投げ銭された金額は丸々スミカの収入となる。
利益をフミと分けることや、所得税が発生することを考慮しても、この動画ひとつだけで結構な利益になるのは間違いない。
お金に困っているスミカとしては、非常に嬉しい臨時収入なのも事実だった。
――2週間が経ったことで、暦は6月に入った。
夏らしい気温の日々が増えてきたことで、近くのコンビニやスーパーマーケットまで出歩くだけでも、軽く汗ばむようになってきて。
この様子だと……今年の夏もかなり暑くなりそうな、そんな予感がした。
「聞いた話によると、掃討者の中には避暑のために夏の間ずっと、ダンジョンの中で過ごすという強者も居るらしい」
リビングで冷たいお茶を飲んでいると、不意にリゼがそう話しかけてきた。
「……それは、魔物に襲われて死ぬんじゃないの?」
「いや、大抵どこのダンジョンにも『安全階層』と呼ばれる階層があってな。場所はダンジョンごとに異なるんだが、魔物が一切棲息していない階層というのが幾つもあるんだ。なのでそこでならキャンプなども比較的安全に行うことができる」
「へー。それはちょっと面白そうだね」
世間が夏であろうと冬であろうと、猛暑であろうと極寒であろうと、外の環境がダンジョンの内部に影響することはない。
なのでダンジョンに籠もることができるなら、避暑でも避寒でも思いのままだ。
「まあ、水とか食料を自分で持ち込む必要があるから、長期滞在だと荷運びがかなり大変だと思うが。よかったら今度、一緒に数日ほどキャンプをしてみるか?」
「良いかもね。確か蔵の中に、祖父が使っていたキャンプ道具があった筈だし」
今のところスミカは『地下通路』っぽいダンジョンにしか行ったことがないが。
ダンジョンによっては、内部が『草原』だったり『浜辺』だったりと、自然豊かな環境が不思議と再現されていることがあるという。
地下通路タイプのダンジョンだと、何日も滞在していると気が滅入ってきそうだけれど。自然が再現されているダンジョンなら、滞在中に息苦しさを覚えることもないだろう。
それに、なぜかダンジョン内には虫が全く存在していないので、そういう意味では外のキャンプ場より快適な面さえありそうだ。
「では、チャンスがあれば皆も誘って行ってみるとしよう。……スミカが居てくれれば荷物の持ち込みが凄まじく楽になるから、かなり快適だろうしね」
「あー。いま私が誘われた理由を、完全に理解したわ」
思わず苦笑すると、つられるようにリゼも笑ってみせた。
スミカが持つ『魔法の鞄』には1000kgまでの重量内なら、何個でも荷物を収納しておくことができる。
1週間分でも2週間分でも食料や水を手軽に持ち込むことができるので、かなり快適なキャンプが約束されたようなものだ。
しかも魔法の鞄には〔劣化防止〕が付与されているため、収納した物品は時間経過の影響を受けない。
食材が腐ることを心配しないで良いので、生鮮品も持ち込み放題だ。
「そういえば、暫くダンジョンには行っていないようだが……。現在のスミカのレベルが幾つなのか、一応聞いておいても構わないか?」
「お陰様で、現在は『5』まで上がってるね」
リゼたち4人がしばしばダンジョンに潜っているため、彼女たち全員に『投資』しているスミカには、彼女たちが得た魔力の一部がお裾分けとして入ってくる。
リゼたちのレベルは『10』前後とスミカよりも高いため、彼女たちが稼ぐ魔力は多く、その一部だけでも決して馬鹿にできない量だ。
そのお陰で、ダンジョンに一切行っていないにも拘らず、スミカのレベルは安定した成長を続けていた。
「前に聞いた時からレベルが2つも上がっているな。よかったら是非、どんな能力を新しく手に入れたのかについても、聞かせて欲しいものだね」
「いいよ。レベル4に上がった時に《損害保険》が、レベル5の時に《偽装》って能力が、確かそれぞれ手に入ったかな。説明も要るよね?」
「うむ、お願いしたい」
スミカはステータスカードを取り出し、その2つの異能の詳細を表示させる。
+----+
《損害保険》/異能
迷貨を消費して物品に〔損害保険〕を永続付与する。
〔損害保険〕が付与されたアイテムに破損や汚損が生じた場合
即座にそうなる前の状態に復元されるようになる。
また付与したアイテムはいつでも手元に取り出せるようになる。
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《偽装》/異能
自身、または自身が所有する物品が他者から《鑑定》された際に
誤った情報を相手に与え、《鑑定》を受けた事実を察知する。
+----+
《損害保険》は予めアイテムに付与しておくと、そのアイテムが壊れた場合などに、即座に状態が復元されるようになるというもの。
なかなか便利な異能とは思うけれど、言うまでもなく『保険』なので、アイテムが壊れる前に付与しておかないと意味がない点だけは注意が必要だ。
また壊れるのを防ぐだけでなく、いつでも頭の中で念じることで、付与したアイテムを手元に取り出すことが可能になる。
もしアイテムが盗まれたりした場合でも、問題なく取り戻せちゃうわけだね。
もちろんスミカは異能を獲得したその日のうちに、『魔法の鞄』へ〔損害保険〕を付与している。
ダンジョン探索だけじゃなく、普段から買い物とかにも鞄を超便利に使っているからね。盗まれたりしたら大変なので保護は最優先だ。
《偽装》は他人から《鑑定》されることを防ぐ異能。
動画が意図せずバズったことで、掃討者界隈でそれなりの知名度を得てしまったスミカは、いつ《鑑定》の異能を持つ人から天職を調べられてもおかしくない。
そういう意味では、このタイミングで他人からの《鑑定》を防ぐ異能が都合よく手に入ったのは、かなり有難かった。
……いやまあ、別にバレても構わないと言えば構わないんだけどさ。
バレた時にまた掲示板とかで情報を晒されるのも、それはそれで不快だし。
「ふふ。相変わらずスミカの異能はユニークだなあ」
「それに関しては、完全に同意するよ……」
正直、レベルが上がるたびに自分にどんな能力が追加されるのか、スミカ自身にも全く予想ができないでいる。
まあ予想ができないからこそ、それが毎回楽しみに思えるという面もあるので、一概に悪いことでもないんだけれどね。
「もし何か《損害保険》を適用したい物品があれば言ってね。ただし『投資』とは違って、他人の所有物に保険を掛けても私自身には全く利益がないので、できれば保険を掛ける際に必要となる金貨はそっちで用意して欲しいけれど」
「なるほど、了解した。その話は他の3人にも話しても?」
「もちろん。ぜひ情報を共有しておいて」
〈投資家〉の能力に必要な『迷宮貨幣』なんだけれど――。
調べてみたところ、迷宮金貨は1枚あたり約30万円、迷宮銀貨でも1枚あたり約3000円の値で取引されているらしい。
どちらも500円玉より一回り大きいサイズがあり、金や銀の純度が高いため、貴金属の取引相場価格に準拠すると大体それぐらいの値になるんだとか。
つまり、かつて祝福のレベルアップを経験した際に、魔法の鞄に加えて100枚もの迷宮金貨を手に入れていたスミカは、あの時点で『3000万円』に相当する資産をゲットしていたことになる。
今更だけど〈投資家〉って、かなり当たりな天職だったのかもしれない。
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日間総合86位、日間ローファンタジー3位、
週間総合136位、週間ローファンタジー5位に入っておりました。
いつも応援くださり、ありがとうございます!
日間総合で100位以内に入れたのは、とても嬉しかったです。




