35. 自分の強みを鍛えたい
*
それから暫くの間、都庁第一本庁舎ダンジョンを探索し、遭遇する魔物を片っ端から討伐していく。
7体目のゴブリンを討伐した時点で、フミのレベルが『2』に成長。
そこから追加で10体ちょっとを討伐すると、更に『3』へと成長した。
〔もうレベル追い抜かれちゃったかー〕
〔スミカ姉様は『異端職』ですから……こればかりは仕方ないですよ〕
レベルアップに必要な魔力は、天職の希少性によって決まる。
1000万人に1人とさえ言われる、極めて希少な『異端職』であるスミカは、レベルアップの速度が凄まじく遅い。
『特化職』のフミに水をあけられるのは、当然のことだと言えた。
〔ゴブリンは1体討伐するだけで『35』もの魔力が貰えるみたいですね。大して強くないわりにピティとは較べ物にならないぐらい美味しいので、暫くはこのダンジョンに通うのも良いかもしれません〕
〔そ、そうだね……〕
フミはゴブリンのことを『大して強くない』とバッサリ言い切るけれど。
正直……スミカは、単身ではこのダンジョンに通いたくないなと思う。
ゴブリンは案外動きが素早いし、棍棒を振る速度から察するに膂力も低くない。
――決して『弱い魔物』ではないのだ。
単身だと多分、5戦もすれば身体のどこかに怪我を負う羽目になり、10戦もしないうちに地上へ撤退することになるだろう。
とはいえ、フミが居てくれさえするなら、大した脅威ではないのも事実。
彼女の背中に隠れながら攻撃チャンスを窺えば、まだ大鎌の扱いにそれほど慣れていないスミカでも、戦果を上げやすいのが有難い。
ドロップアイテムは、今のところ倒した全てのゴブリンが『迷宮銀貨』を1枚ずつ残してくれている。
ここまでに20体ほど討伐しているので、約20elizaの収入だ。
20枚でも金貨の5分の1相当の価値しかないと考えると、大した数量ではないんだけれど。戦闘だけで少しずつでも投資資金が増えるのは気分的に嬉しい。
また、ゴブリンは他に『黒ビール』というアイテムを落としてくれた。
これはビンに封入されたビールで、いわゆる『大瓶』サイズでドロップする。
討伐した魔物が光の粒子になって消滅した後に、必ずビンが地面に立った状態で出現するので、非常に判りやすい。
ドロップしたのに見落とす、ということはまず無いだろう。
ビンにはラベルが貼られていて、ゴブリンのようなイラストが描かれており、また未知の言語で何かの文字が記されている。
試しに《鑑定》してみたところ『黒ビールが入った大瓶。飲用可』とだけ説明文が表示された。
ネットで軽く調べてみたところ、独特の甘みがあって美味しいビールだそうで、酒飲みには結構人気があるらしい。
ただ現代の軽量化されたビンに較べると、ガラスが厚くて重い『昔のビール瓶』らしくて、中身を含めると1瓶あたり『1.4kg』程度の重量があるそうだ。
結構重たい上に嵩張るので、自分が飲む分しか持ち帰らない――という掃討者が少なくないらしい。
もともと都庁第一本庁舎ダンジョン自体が不人気なこともあり、一般人にはなかなか手に入れづらく、酒屋ではちょっとしたプレミア付きの価格で売られていることも多いんだとか。
とはいえ――魔法の鞄があるスミカには関係のない話だ。
今まで20体ほどのゴブリンを討伐して、ドロップした黒ビールは7本。
もちろんスミカは、その全てを回収している。
重い物だろうと嵩張るものだろうと、鞄に入れれば無視できるからね。
〔やっぱりスミカ姉様が一番のチートだと思います〕
〔えー?〕
銀貨も含め、ドロップアイテムを一瞬で回収するスミカを見て、途中でフミがそう漏らしていたけれど。
スミカからすれば、目に見えない段階で魔物の位置や人数を察知でき、戦闘になれば無類の強さを誇るフミこそ、よっぽどチートだと思うんだけどなあ。
〔――っと、スミカ姉様。多分3体です〕
〔ん、了解。石持ちが居たら練習しても良い?〕
〔はい、もちろんです〕
フミから許可を貰ってから、音を立ててゴブリンを誘き寄せる。
やってきたゴブリンは、フミの予想通り3体。
そのうち1体が棍棒を持ち、2体が胸元に大量の石を抱えていた。
ここまでに約20体のゴブリンを討伐しているけれど、今のところは棍棒か石を持った個体しか見ていない。
多分、このダンジョンの第1階層だと、そのどちらかの武器を使うゴブリンしか登場しないのかな。
投石ゴブリンが2体も居るのは『練習』の点から言うと好都合だ。
棍棒を持ったゴブリンは、どうせ1対1ならフミが瞬殺するので、最初から居ないものと思っておこう。
2体のゴブリンが少し離れた位置で立ち止まり、両手で胸元に抱えていた大量の石を地面にバラ撒いた。
無論この時点で魔法の鞄に『収納』してしまい、全ての石を消すこともできる。
でも――それだと練習にならないので、今回はスルー。
「ギャア!」
「グギャッ!」
汚い声を上げながら、フミやスミカに向かって石を投げてくる2体のゴブリン。
彼らは[筋力]が『9』なので、普通の大人よりも優れた膂力を持つ。
当然それだけ、彼らが投げる石が飛ぶ速度も速い。
(――収納)
頭の中で『意識』して、スミカはこちらに飛来する石を直接収納する。
攻撃が途中で掻き消されたことに驚き、ゴブリンが目を剥いた。
ここまでの戦闘で何度も試して判ったことなんだけれど。
スミカが持つ『魔法の鞄』には、どうやら原則として『誰かの身体に接触しているものは収納できない』という制限があるらしい。
例えば、ゴブリンが手に持っている棍棒を収納することはできないし、着ている服や履いている靴を収納することもできない。
これは味方にも同じことが言えて、フミが持っている剣を直接収納することはできないし、もちろん彼女が着ている下着を盗むことも大変に遺憾ながら不可能だ。
逆に言えば――相手の身体から離れれば、収納することができる。
ゴブリンが胸元に石を抱えている時は収納できないけれど、彼らが地面に石を落とせば、その時点から収納が可能になる。
――だとするなら、ゴブリンがこちらに石を投げた場合も、途中で『収納』できるんじゃないだろうかと、そう試してみたのが数戦前のこと。
結論から言えば、飛んでくる石を直接収納するのは『可能だけど難しい』行為のようだ。
と言うのも――魔法の鞄に物品を収納するためには、その物品が空間のどの位置にあるのかを、正しく把握していなければならないからだ。
停止している物体なら、それがどの位置にあるのかは、目視で確認すればすぐに把握できるんだけれど。
今まさに、こちらへと飛んできている物体――つまり空中に浮かんでおり、しかも高速で移動している物体の位置を正確に捉えるというのは、簡単ではない。
例えるなら、何メートルも離れた位置にある自分の右手で、飛行している物体を直接掴み取る感覚、とでも言うのかな。
そのぐらいの精度が必要なので、とにかく高い空間認識能力が求められるのだ。
ただ、やってみて判ったんだけど――スミカはこれが、案外得意みたいで。
少し慣れると、すぐに7~8割ぐらいの確率で成功できるようになった。
とはいえ実戦で活用するなら、やっぱり『10割』の成功率が欲しいところ。
その成功率を高めるべく、今は練習している最中というわけだ。
(収納)
ゴブリンたちが投げる石を、次々と魔法の鞄で掴み取っていく。
うん――これはもう大丈夫だな、という実感がスミカの心に湧いた。
充分に集中力を割くことができるなら、このぐらいの速さの投射物は、問題なく全て『収納』してしまうことができそうだ。
無論、ゴブリンの投石よりも速く移動する飛行物体はその限りじゃない。
例えば――この先、弓を射る魔物などが登場することがあれば。おそらく弓から放たれた矢は投石よりもずっと速いだろうから、位置を正確に掴んで『収納』できるかは、あまり自信がない。
(あと、充分に集中できないと駄目、ってのも厳しいところかなあ……)
飛行物体を直接『収納』するなら、それ以外のことは何もできない。
今みたいに、戦闘をフミに全て任せるなどして、スミカが遠距離攻撃の対処だけに集中できる状況を作ることが必須条件になる。
なかなか厳しい条件だけれど――それでも、他の人にできないことが自分にはできる、というのは明確な強みだ。
今後はこの能力を、頑張って鍛えていく必要があるだろう。
(――よし)
2体のゴブリンが投げてくる石を受け止め続けた結果、彼らの足元にバラ撒かれていた全ての石が無くなった。
投げるものがなくなれば、最早ただの丸腰と変わらない。
ニッコリと微笑みながら歩み寄ってきたフミに、2体のゴブリンが怯えるように通路の壁際で身を竦ませた。
笑うという行為は本来――と、どこかの漫画で見た言葉が脳内に浮かぶ。
すぐにポポーンと、2つの首が景気よく空中を舞った。
〔やっぱりスミカ姉様が一番のチートですね。間違いない〕
〔えー……〕
解せぬ。
-
評価やお気に入りなどを下さり、ありがとうございました。
お陰様で日間総合193位や、日間ローファンタジー8位に入っておりました。
当面は投稿を継続させて頂くつもりです。頑張ります。
まずは、あらすじをちゃんと書かねば……。




