32. 都庁第一本庁舎ダンジョンへ
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超高層ビルと言っても過言ではない東京都庁は、高さ248m。
地上部は48階まである建物だが、意外にも地下は3階までしかない。
そんな都庁の地下は、地下1階から3階まで、全域が駐車場になっている。
ただし一般の利用者が車を停められるのは、地下1階と2階の部分だけ。
地下3階は都庁車専用の駐車区画になっているので、ここに都庁関係者以外で入るのは、それこそダンジョンを目的に来た人ぐらいのものだ。
地下3階の駐車場の一角には、自衛隊の天幕が張られている。
ここが他のダンジョンでの『受付窓口』の役割を担う場所らしい。
長机と併せて設置されている、パイプ椅子に腰掛けた迷彩服の男性自衛隊員が、スミカとフミの姿を見てすっくと立ち上がった。
「ようこそお越しくださいました。掃討者の方ですね?」
「はい。ダンジョンに入る手続きをお願いします」
スミカたちはステータスカードを取り出し、自衛隊員に手渡す。
自衛隊員はノートパソコンを操作して、受け取ったカードに記されているスミカたちの名前を入力していた。
「照会できました。ホウリ様もレイゼイ様も、間違いなく本免許をお持ちのようではありますが、失礼ながら取得してまだ日が浅いように思われます。
ここ都庁第一本庁舎ダンジョンは人型の魔物が棲息しているため、初心者の方にはやや難易度が高めかと思われますが――」
「承知しております。ですが、私達とは相性が良いと思われますので」
回答した上で、スミカはニコリと微笑む。
意図的に笑顔を作ったのは、どういう理由から相性が良いと判断したのか説明するつもりはない――という明確な意思を籠めてのものだ。
「し、承知しました。入口はこの左斜め前にあります。ご安全に」
「ありがとうございます」
敬礼する男性自衛隊員に見送られながら、促された方向へと進む。
自衛隊員が2人歩哨に立っていたので、ダンジョンの入口がある場所は、すぐに察することができた。
80段ぐらいある階段を下りて『石碑の間』に侵入。
今来たスミカたち以外に、室内には誰も居ないようだった。
新宿駅から徒歩10分という、非常にアクセスが良い場所にありながら、これだけ閑散としているというのは――。
事前にリゼから、第二本庁舎のほうはいつも利用者が多くて、『石碑の間』にも10人以上は居ることが多いという話を聞いていただけに。
対照的な光景を目の当たりにしたスミカは、(こっちは本当に不人気ダンジョンなんだなあ……)と、心の中でしみじみと思った。
「人が多いよりは、このほうが嬉しいですけどね」
「それはそう」
フミの言葉に、スミカもすぐに同意する。
9歳前後にしか見えない容姿の女子が、ペアで『石碑の間』へとやってくれば、間違いなく他の掃討者からの視線が集まることになる。
他人の視線なんて、それほど気にはしないけれど……。
とはいえ、沢山の視線にジロジロと観察されるのは、良い気がしないのも事実。
それなら誰もおらず閑散としている場所のほうが、ずっと居心地は良い。
「フミ」
「ありがとうございます」
『魔法の鞄』から片手剣を取り出し、フミに手渡す。
すぐにフミは紐状の道具を使い、受け取った剣の鞘を自身の腰に固定していた。
「スミカ姉様、ドローンはどうしますか?」
フミが言うドローンとは『全周撮影飛行ドローン』のこと。
周囲360度の全方向を同時撮影可能な、自立浮遊ドローンのことだ。
多くの掃討者はとある事情から、この全周撮影飛行ドローンを使用して、撮影した映像のリアルタイム配信を行っている。
ダンジョン内が『安全が保証されない場所』であることは、言うまでもないわけだけれど。ダンジョンに潜る掃討者に降りかかる『危険』は、必ずしも魔物だけとは限らない。
周囲の目が皆無で、監視カメラの類も当然存在しないわけだから、ダンジョンの内部で何かしらの犯罪行為があったとしても、それが露見する可能性は殆ど無い。
なので掃討者は――魔物だけでなく、他の掃討者からの襲撃にも備えておく必要があるのだ。
そこで便利なのが『全周撮影飛行ドローン』を用いた動画配信だ。
掃討者ギルドが運営する『ConTube』というサイトを利用すると、この全周撮影飛行ドローンで撮影された全方向の映像を、一度に配信することができる。
ドローンを中心に、360度全ての方向の映像がリアルタイムに配信され、配信の終了後には動画も自動的にアーカイブされる。
これはダンジョン内で犯罪行為に及ぶ人にとって、大きな脅威となるものだ。
犯罪行為に及んでいる場面を撮影され、その動画がアーカイブされるようなことがあれば、言い逃れが出来ない証拠になるのは言うまでもないし。
配信を視聴していた人たちが強い正義感を抱き、アーカイブ動画から切り抜いた犯人の顔画像をSNSなどで拡散し、ネット上での『私的制裁』に発展するようなことがあれば――それは社会的な『死』と同義でしかない。
つまり、掃討者がダンジョンの中から『全周撮影飛行ドローン』を用いた配信を行うのは。他の掃討者から身を守る――『自衛』のための行為だ。
もちろん配信によって収入を得たいとか、視聴者から称賛されて良い気分になりたいとか。人によっては、それ以外の目的も加わるだろうけれどね。
「うーん……」
フミに問われたスミカは、ちょっと迷う。
全周撮影飛行ドローン自体は、本免許の試験に合格したその日に、掃討者ギルドの中にある販売店で購入してある。
自衛に必要な品ということで、買うかどうかを迷っていたんだけれど。
本免許を取得した人には国から支援が出るため、1台目のドローンは『8割引』という超破格で買うことができると店員さんから聞き、つい買ってしまったのだ。
商品の購入時に店員さんが初期設定を行い、また配信サイト『ConTube』でのアカウント取得や配信同期設定なども手伝ってくれたため、あとはドローン本体を起動すればいつでも配信を開始できる状態で『魔法の鞄』に入っている。
顔を出して配信をすることに対する抵抗感は、元よりスミカにもフミにも無い。
なので、別にやってもいい、んだけれど……。
「……あー、結構性格の悪い設定で配信しても良い?」
「私は構いませんけれど……。どういう設定なんですか?」
「最低でも『1000円以上の投げ銭』がないと、コメントを受け付けない設定」
「ふふっ。それは性格悪いですねー」
フミが心底可笑しそうに、くすくすと笑う。
掃討者ギルドが運営する動画配信サイトの『ConTube』では、配信視聴者がコメントを自由に書き込むことができるようになっている。そしてスミカが購入したドローンには、その書き込まれたコメントをリアルタイムにドローンが読み上げてくれる機能が備わっている。
基本的には――スミカは、フミとの会話を邪魔されたくない。
同性愛者だからね。フミみたいな可愛い女の子と楽しく会話できる時間は、スミカにとって非常に大切なもの。
折角ダンジョンに潜っている間はずっと二人きりなんだから。それを視聴者からのコメントの読み上げで、無闇矢鱈に妨害されたくはない。
――とはいえ、スミカもフミも、お金が欲しいと思っているのも事実。
祖母の自宅を継いだことで金欠に陥っているスミカはもちろん、フミもまだ中学生なので自由にできるお金は殆ど持っていないからだ。
なので、お金を払ってくれるなら、多少は邪魔されても良いかなとも思う。
傲慢な考えなのは、自分でも判ってるんだけれどね。
でも、視聴者からのコメントをどう制限するかを決めるのは、配信主の特権。
というわけでスミカは、スマホで『ConTube』のサイトを開き、ドローンに連動させる際に作成した自分のチャンネルの設定画面を開く。
自チャンネルで受け付けるコメントを『投げ銭コメントのみ』に制限。
更に、投げ銭の下限額をデフォルトの『100円』から『1000円』に変更。
これで、最低でも1000円以上のお金を支払わなければコメントもできない、鬼のようなチャンネルが誕生したわけだ。
まあ、間違いなく視聴者からすぐに嫌われて、そっぽを向かれる配信になるだろうけれど。――別にそれでもスミカは一向に構わない。
それはそれでフミと一緒に過ごす時間を、邪魔されずに済むわけだからね。
「というわけで、配信開始しちゃうけど、良い?」
「はい。私はそういうの気にしませんので」
魔法の鞄からドローンを取り出し、電源ボタンを押して地面に置く。
すぐにドローンのプロペラが回転を始めて浮遊し、1.5メートルぐらいの高度で安定した。
「……ちょっとドローンの位置が高くないですか?」
「たぶん普通の人にとっては、このぐらいの高さが適切なんだろうね……」
スミカの身長は137cmで、フミは125cm。
なので2人ともドローンに対しては、少し見上げるような感じになってしまう。
どうやら自動で、低身長のスミカたちに合わせて高度を下げてくれたりはしないらしい。
飛行高度の設定自体はできると思うんだけれどね。流石に設定をしてくれた販売店の店員さんも、そこまでは気が回らなかったのかな。
「別にドローンを見て喋る必要はないし、良いんじゃない?」
「それもそうですね。気にしないことにします」
「とりあえず自販機で何か買っておこっか。フミは何を飲む?」
「では緑茶をお願いします」
「了解」
自販機で緑茶を2本購入して、そのまま魔法の鞄に収納。
荷物は基本的に、スミカが持ったほうが楽だからね。
「いつもすみません」
「気にしないで。……っと、私も武器を出しとかないとだね」
魔法の鞄から意志操作で、手元に自身の武器――『大鎌』を取り出す。
スミカの身長よりも遥かに大きいサイズを持つ、巨大な大鎌。
本免許の試験に合格したことで『全品2割引』の特権を得たスミカは、予定通り掃討者ギルド2階にある武具販売店にも立ち寄り、武器を購入したんだけれど。
その際に購入したのが、この――まるで死神が持つかのような大鎌だ。
(拙者、ちびっ子に巨大武器を持たせたい侍)




