31. 〈鑑定〉とお弁当と桜吹雪
*
〔長椅子に座っている人が左から順に、イトウ・ジュンさん、ワシオ・サナさん、ヤマノ・アキトさん、イチノセ・マサキさん、ナカガワ・ショウさんだね〕
「……凄い、本当に判るんですね」
電車での移動中にスミカが念話で伝えた内容に、フミが驚いた表情をしながら、小声でそう告げた。
現在スミカたちは、都庁に近いJR新宿駅に向けて移動している最中だ。
まあ近いと言っても、駅から徒歩で10分ぐらいはあるんだけれどね。
本当は都営大江戸線の都庁前駅で下りたほうが、駅のすぐ正面に都庁があるから楽ではあるんだけれど。わざわざ乗り換えてまでそうしたいとも思わない。
運賃も余分に掛かっちゃうしね。JRの運賃計算は山手線内分が非常に安くなるため、錦糸町ー新宿駅間の移動だけならたったの230円で済むのが嬉しい。
というわけで、現在はのんびり総武線各駅停車での移動中。
特に急がないので、わざわざ御茶ノ水で中央線快速に乗り換えたりはしない。
「〈鑑定〉で判るのは、相手の名前だけなんですか?」
〔ううん。天職や能力値、所持しているスキルや異能、魔法なんかも判るよ〕
「わあ、便利ですねえ……」
今フミに披露しているのは、スミカの持つ〈鑑定〉の効果だ。
この異能は〈投資家〉のレベルが『2』に上がった際に得られたもの。
レベルが上がったと言っても、あれからフミとまた白鬚東アパートダンジョンに潜り、経験値稼ぎ――ならぬ魔力稼ぎを行った、というわけではない。
スミカがやったのは、リゼとパティ、ミサキとチカの4人に『投資』を行った、ということだけだ。
投資を行うと相手の能力値を増やせるわけだけれど。同時に、投資相手が魔物を討伐した時に、スミカも一緒に魔力を得ることができる権利が得られる。
リゼたち4人に合計で金貨『63枚』ぶんの投資を行ったことで、スミカは彼女たちがパーティで狩りをすると、同行していなくとも『0.63人分』に相当する魔力が得られるようになった。
リゼたちはレベル10前後の掃討者なので、言うまでもなくスミカたちよりも、普段からずっと格上の魔物を倒している。
なので彼女たちが稼ぐ魔力の量もまた、スミカたちの比ではない。
当然『0.63人分』でもかなりの魔力収入となるため、投資による能力値増加の効果を体感すべく、意気揚々とダンジョンに繰り出していったリゼたちの奮闘もあり、早々にスミカはレベルが『2』に上がってしまったのだ。
本免許の講義で教わった内容を、自宅でフミと復習していた最中にレベルアップしたせいで、突如として身体が光り輝いたものだから。その時にはフミと一緒に、かなり驚く羽目になった。
とはいえ、掃討者ギルドで講義を受けている最中でなくて、良かったと思うべきなのかもしれない。
別に悪いことをしているわけじゃないけれど……人の目がある場所で急にレベルアップの演出が発生したら、色々と訊かれて面倒なことになりそうだしね。
〔ちなみに、あっちのドアの前に居る女性の天職は〈重戦士〉らしいよ〕
「ええ……? すごく痩せてて〈重戦士〉には全く見えないんですが……」
〔あはは。私もそう思う〕
周囲に聞こえない程度の声量で会話を交わしながら、フミと笑い合う。
〈鑑定〉の異能を用いると、他人の氏名、天職や能力値、習得しているスキルや異能、行使可能な魔術や魔法などの情報を、まとめて看破することができる。
なので今は〈鑑定〉の練習も兼ねて、スミカたちと同じ車両に乗っている人たちの情報を、片っ端から覗き見ているというわけだ。
(……天職を持っている人って、やっぱり結構いるんだなあ)
ふとスミカはそんなことを思う。
『若返り』目的のために、祝福のレベルアップだけは経験しておこうと考える人は、かなり多いと聞く。
特に女性に多いとも聞いたことがあるけれど。それを裏付けるように、今スミカたちと同じ車両に乗っている女性の殆どは、何らかの天職を有していた。
ただし天職は持っていても、そのレベルは『1』。
彼女たちに掃討者として活動する気が全くないことも、同時に窺えた。
〔それにしても――私が思念会話で喋っていると、ずっとフミが独り言を口にしているように見えそうだよね〕
「……そ、そう思うなら、ちゃんと口で喋って下さいよ⁉」
「あはっ、ごめんごめん」
新宿駅に到着したので、電車から下りる。
フミは新宿駅に来るのが始めてらしく、周囲を眺めて驚きっぱなしだ。
「ま、まだ改札出てませんけど、駅の中がこんなに広いんですか⁉ そ、それに、周りを歩く人の数が尋常じゃありませんよ⁉」
「平日の朝とかはもっと多いけどね」
「これよりもまだ上が⁉」
どの駅でも大体そうだと思うけれど、駅が一番混み合うのは朝の7時半から9時ぐらいの通勤・通学時間帯や、夜の18時から19時半ぐらいの帰宅時間帯だ。
新宿は乗り換えに多用される駅なので、この時の改札の中は大変な混雑になる。
人の流れに逆らって立ち止まる、ということさえ難しくなることもあるので、新宿駅の構造を理解してないと迷うことが普通にありそうだ。
「ちなみに、この新宿駅の地下にもダンジョンがあるよ」
「あ、それはネットで見ました。渋谷駅と東京駅にもあるんですよね」
「そのうち潜ってみるのも良いかもね。結構難易度は高めのダンジョンみたいだけれど、フミが居ればなんとでもなりそうな気がするし」
「はい。その時は頑張ってお力になります」
折角なので、フミと一緒に少し駅の中を見て回る。
……なんだか暫く見ない内に、エキナカに大型の新しい商業施設がオープンしていた。
スマホで調べたところ、少し前から営業が開始されていた。初めて来る施設なので、スミカにとっても目新しいお店が多かった。
「わ、お弁当美味しそうですね……」
商業施設内の一角、お弁当を販売するお店の前で、フミが足を止める。
ショーケースの中に並べられているお弁当は、確かにどれも美味しそうだ。
これから暫くダンジョンに潜ることを考えると、その前に昼食を早めに取っておくのはアリかもしれない。
「買って行って、ダンジョンに潜る前に食べちゃおうか」
「いいですね。スミカ姉様はどこかこの近くに、お弁当が食べられそうな場所の心当たりはありますか?」
「あるある。というかまず都庁の中にある職員食堂自体が、お弁当の持ち込みとか大丈夫だった気がする」
「あ、そうなんですね」
「でも今日は天気も良いみたいだしね。都庁のすぐ目の前にある、新宿中央公園で食べるのはどうかな?」
「こっちのダンジョンにも、近くに公園があるんですね。素敵だと思います」
フミが『にも』と言っているのは、つい数日前まで利用していた白鬚東アパートのすぐ隣にも、広大な東白鬚公園があったからだろう。
そういえば東白鬚公園でも、お弁当を食べたりしたなあとスミカは思い出す。
もっとも、その時には確かひとりきりで食べた筈だから。一緒にフミが居てくれる時点で、今日はその時よりもずっと美味しい昼食になりそうだけどね。
というわけでフミとそれぞれ、好みに合いそうなお弁当を購入。
スミカはオーソドックスに幕の内弁当を購入。なんとなく、中に入っている釘煮が美味しそうに見えちゃったんだよね。
フミはメンチカツとハンバーグが両方入った、ボリューミーなお弁当を購入していた。腹が減っては戦はできぬという信条が、なんとなく垣間見える気がする。
新宿駅の西口改札を出てから、途中までは地下歩道を進み、地上へ出た後にさらに移動。
合計で10分ほど歩くと、無事に新宿中央公園へと辿り着く。
すると、隣を歩いていたフミが足を止め、感動に目を見開いた。
「わあ……! 綺麗ですね……!」
「良いタイミングで来れたねえ」
今はちょうど新宿中央公園の桜が満開みたいで、美しい景色が広がっていた。
いや――弱い風に揺れながら、ゆっくりと桜吹雪が舞っているから。たぶん今が満開よりも少し遅めぐらいのタイミングなのかな?
なんにしても、ちょうど良い時に来られたのは間違いない。
花見の時期となると、混雑がちょっと心配になるところだけれど。幸い来園客の人数はそれほど多くないようだ。
来た時間が良かったのかな? あるいはもう桜吹雪の頃合いなので、花見目当ての人たちは既に今年の利用を終えてしまったのかもしれない。
「ここの公園には、自由に利用できるテーブルや椅子が結構設置されているから、ちょっと空いている席を探してみよっか」
「はい! 行きましょう!」
桜を眺めながら、フミと一緒に園内を歩く。
フミが手を繋ごうとしてきたので、もちろんスミカは喜んで握り返した。
「桜吹雪と言えば――遠山金四郎景元ですね!」
「アッ、ハイ」
……うん。『遠山の金さん』のことを言っていることは判るよ?
でも流石に、金さんの正式な名前までは知らないなあ……。
-
※都庁の職員食堂は、確か過去にはお弁当の持ち込みができた筈ですが、
現在も可能なのかどうかは確認しておりません。ご容赦ください。
□新宿中央公園
東京都庁第一本庁舎、および第二本庁舎のすぐ目の前にある公園。
入場無料。桜(ソメイヨシノ)の名所で、花見の季節には大変に人気。
嘗てはホームレスが多く集まっている場所として非常に有名で、治安も決してよろしい場所とは言えなかった。
ベンチは占拠されていて当たり前だし、ブルーシートを掛けたダンボールハウスがあるせいで景観も悪く、当時ならこの場所を知る人に「新宿中央公園でお弁当食べようぜ!」と提案すれば、ほぼ間違いなく「正気か?」と言われただろう。
しかし都庁の目の前ということもあり警察が頑張ったのか、近年はホームレスの姿を見ることは少なくなっている。……無いわけではないが。
花見の時期は混雑するけど、そこまで五月蝿くはならない場所、という印象。
特に、ここでカラオケをやっている花見客は見たことがない。
もちろん酒を飲んでいる人たちの話し声は沢山聞こえるんだけれど、特に花見の時期は警察の巡回も増えるせいか、そこまで騒がしくはならない感じ。
公園内にはカフェがあるのだが、そちらとは関係なく来園客が自由に利用できるテーブルやチェアも結構設置されている。
お弁当を持ち込んでゆっくりするには良い場所です。……今はね。
□遠山の金さん
作中で「この金さんの桜吹雪、散らせるもんなら散らしてみろ!」的なセリフを殺陣パートで言うことは有名ですが。
桜『吹雪』って時点で、それは既に散り始めてるのでは? と子供心にずっと思っていたのが筆者です。性格の悪さがよく判りますね!




