30. 本免許を取得
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スミカの自宅にフミが泊まるようになって、3日が経った。
一昨日と昨日は掃討者ギルドに行き、本免許の取得に必要な講義を受けた。
仮免許の時とは違い、講義中に教わる内容はとても多い。
頭に詰め込むべき内容が多くて、フミはかなり難儀していた様子だったけれど。もともと難関私立として有名な某大学にも現役合格しているスミカにとっては、この程度の受講なら大して苦ではなかった。
2日間で『75分の講義を10単位』受講して、掃討者の本免許取得に必要な条件を満たす。
そのまま本免許の試験も受けた結果――無事にスミカもフミも合格することができた。
……まあ『無事』と言っても、実はかなりのズルをしていたりするんだけれど。これに関してはバレなかったのでヨシ! ということにしたい。
ちなみに2人とも、満点合格だ。
2人揃って同じ問題を間違えていると、試験の採点時にカンニングを疑われるかもしれないからね。
いっそ満点合格なら回答が全く同じでも疑われることはないだろう――と。そう考えた結果、しっかり勉強してからスミカは試験に臨んでいる。
合格したあとには、即日で本免許の資格証を発行して貰えた。
これで全国どこのダンジョンにも、自由に潜れるようになったわけだ。
フミはそのことを大変に喜んで、早速スマホで近隣にあるダンジョンの情報を、色々と調べていたようだ。
まあ、戦闘のセンスが高すぎるフミにとって、ピティ狩りは退屈な作業でしかなかっただろうから。今後はもう少し歯ごたえがある魔物と戦いたいんだろう。
「それで、今日はどこのダンジョンに行くつもりなんだい?」
「スミカ姉様の同意が頂ければ、都庁ダンジョンに行ってみたいと考えてます」
「都庁って、どっちのや?」
「第一のほうですね」
朝食を食べながら、リゼとフミ、チカの3人がそんな会話を交わす。
リゼとチカの2人は昨日から、スミカの自宅へ引っ越している。
彼女たちはやると決めたらすぐに行動に移す性格なので、ミサキが所有するハイエースで往復し、僅か数日で全ての荷物を運び終えたからだ。
一方で他の2人――パティとミサキは、まだ引っ越しまでに暫く掛かる予定。
リゼが言うには、彼女たちは追い込まれないと行動に移さない性格なので、まだ引越し作業は全く手つかずの状態らしい。
まあ元々住んでいた部屋のほうは、再来月分の家賃は払わないようなので、当然来月の下旬辺りにはかなり追い込まれることになる。
おそらくその頃に、ひいひい言いながら荷物を運ぶ羽目になることだろう。
ちなみにフミと、リゼとチカは、初対面ですぐに仲良くなった。
3人とも交流に気後れするような性格ではないし、それに根が真面目だからね。相手の性格を知った時点で、仲良くなれることがすぐに判ったんだろう。
「え、都庁って複数あるの?」
「なんや、都民なのに知らんのか? 都庁には第一本庁舎と第二本庁舎、都議会議事堂の3つの建物があってなー。議事堂にはないんやけど、本庁舎にはどっちにもダンジョンがあるんよ」
スミカが問いかけた疑問に、チカがすぐにそう教えてくれた。
ニュースでよく見かける『凹』みたいな形をした背の高い建物。あれが第一本庁舎のほうらしい。
「第一と第二の本庁舎は、すぐ隣同士にある建物なんだが。それぞれの地下にあるダンジョンの内容は、結構違っていたりするから面白いぞ」
「へえ……。具体的にはどんな違いがあるの?」
「例えば、理由は判らないが……第一には主に人型の魔物が、第二には主に獣系の魔物が生息しているな。武器を使う魔物が出てくる関係で、第一は魔物のレベルのわりに難易度が高いと聞く」
リゼたちは第二本庁舎ダンジョンの側になら潜ったことがあるらしい。
〈狩人〉の天職を持つミサキが獣系の魔物に対して有利に戦えるそうで、それを活かせるダンジョンということで一時期通っていたんだとか。
「第一に行きたいってことは、フミは人型の魔物のほうが良いってこと?」
「はい。私は祖父から、対人を想定した剣術を教わっていますから」
「なるほどねえ」
「もちろん、免税券の効率が良いというのもありますが」
免税券は、掃討者にとって重要な収入のひとつ。
討伐した魔物の種類と数に応じて、掃討者には『免税ポイント』というのが付与される。そして掃討者ギルドで手続きを行うと、免税ポイント1点につき100円分の『免税券』を発行してもらうことができるのだ。
この免税券を使うと、国や地方公共団体に納める直接税を、免税券に記されている額面分だけ免除してもらうことができる。
つまり所得税や住民税の支払いを、免税券で充当できるわけだ。
――これがスミカにとって非常に重要なのは、言うまでもない。
免税券は固定資産税や都市計画税の支払いにも充てることができるからだ。
祖母から相続した自宅を維持するためにも、免税ポイントは積極的に稼ぎたい。
なお、免税券は他人に譲渡することも可能。
なのでオークションサイトに出品したりすれば容易に現金化できる。
ただし券に記されている発行者名と異なる人が利用する場合、額面の適用割合が『70%』に減額されてしまうらしい。
『免税ポイント』の付与量は原則として、利用者が多いダンジョンほど少なく、逆に利用者が少ないダンジョンほど多くなる。
これはダンジョン内に棲息する魔物が増え過ぎてしまわないよう、国が調整しているからだ。
あまり掃討者が潜らないダンジョンは、間引きが行われないため魔物が増えやすく、魔物が地上に溢れるリスクが高くなる。そこで『免税ポイント』という寄せ餌を使い、不人気ダンジョンに掃討者を誘致しようというわけだ。
都庁第一本庁舎ダンジョンは『魔物のレベルのわりに難易度が高い』とリゼが言うぐらいなので、掃討者にとっては不人気な場所なんだろう。
討伐時に得られる魔力量は、魔物のレベルが高いほど多くなる。
なので魔物のレベルに不釣り合いな難易度の高さを誇るダンジョンは、RPG的に言うと『敵が強いわりに経験値がマズい』場所ということになる。
そりゃ不人気にもなるだろう――と納得しかない。
だからこそ『免税ポイント』の付与量は高めに設定されているわけだ。
「それに、都庁ダンジョンはドロップアイテムが良いんです。まず、スミカ姉様にとって重要な『迷宮貨幣』を直接落としてくれる魔物が居ます」
「おお、それは都合がいいね」
〈投資家〉であるスミカにとって、迷宮貨幣は生命線となるもの。
それが宝箱だけでなく、魔物討伐でも得られるというのは美味しい。
「他にはお酒や医薬品などをドロップするそうで。その……私の祖父が無類の酒好きなので、お土産に持って帰りたいなと」
「へえ、お酒もいいね。意外と美味しかったし、私もちょっと欲しいな」
「えっ……? スミカ姉様って19歳ですよね? 未成年ですよね?」
「――ああ、それはやな。ウチらみたいに種族が人間以外になったヤツは、年齢を問わず自己責任で酒が飲めるんよ」
スミカが答える前に、フミの疑問にチカがそう答える。
これは『亜人』のために――特に『ドワーフ』になった人のために設けられている制度で。彼らは日頃から酒を飲んでいないと、なんとなく身体が怠くなり、気が陰鬱になり、最終的には精神を病んだり自殺してしまうことがあるからだ。
まあ『酒とドワーフ』と言えば、ファンタジー小説でも鉄板の組み合わせだからね。彼らにとっては食事と同じく、生きるために必要なものなんだろう。
そもそも『未成年の飲酒禁止』とは、言うまでもなく人間の身体成長にとっての悪影響を想定して制定されたもの。
普通の人間とは異なる特徴を持つ『亜人』の身体になった人にとって、それが必要な規制かどうかは判らないから。現在ではチカが言ったように『人間以外の種族になった人は自己責任で酒が飲める』ようになっている。
そう、自己責任で、だからね。決して無条件に許可されているわけじゃない。
もちろんこれは、身体が『魔物』になったスミカも例外ではない。
というわけで少し前に、祖母が残していたウィスキーを1本、リゼたちと一緒に飲んでみたんだけれど。……うん、意外なほど美味しかったのだ。
特に悪酔いや二日酔いもしなかったしね。まあ、こっちは状態異常に耐性があるせいかもしれないけれど。
なお、一緒に飲んだ時にミサキは「初めて飲む酒が響17年っすか……」と、なんだかとても納得がいかないような表情をしていた。
スミカにはよく判らないけれど、多分ちょっと値が張る酒だったんだろう。




