29. イケボ
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◇位置把握
投資対象者が居る方向と距離を常に把握できる。
正しい地図があれば地図上での位置も判る。
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◇思念会話(送信専用)
伝えたいと思った言葉を投資対象者に直接届けられる。
ただし思念会話は一方通行で返答は受信できない。
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どんな効果なんだろう――とスミカが頭の中で思うと。
今回もその疑問に答えるように、効果の説明が記載された小さなウィンドウが、スミカの視界内に出現した。
どうやら『位置把握』はスミカが投資した相手、つまり現時点だとフミの居場所を常に把握できる効果らしい。
試しに、ダンジョンに入る前からスマホに表示させている、白鬚東アパートダンジョンの第1階層の地図を見てみると。不思議とその地図上のどこにフミが居るのかが、感覚的に一瞬で理解できた。
無論、今はフミと同行しているので、そこはスミカの居る地点でもある。
(……便利だな、コレ)
基本的には、ダンジョンのどこを歩いているかは常に把握しているので、あまりこの能力が役に立つ機会は無いかもしれないけれど。
例えば、ダンジョン物のゲームみたいに『*おおっと:テレポーター*』なんて事態が起きたとしても、すぐに現在位置の再把握ができるわけだ。
もちろんそのためには、投資対象の誰かと同行している必要があり、また正しい地図も持っている必要がある、などの条件はあるけれどね。
そして、もう片方の『思念会話(送信専用)』というもの。
説明文を読む限りだと、これはファンタジー小説に――特に異世界モノの小説に時折登場する『念話』を利用できるようになるもの、と考えて良さそうだ。
ただし、現時点だと送信専用、つまりスミカから投資対象へ一方的にメッセージを伝えることしかできないみたいだ。
……もしかしたら、今後フミへの投資額が増えていけば、そのうち双方向の念話も解禁されたりするんだろうか?
そう思うと、今後の投資がちょっと楽しみにもなる。
〔ねえ、フミ。これが聞こえたら、ちょっと返事をして貰える?〕
「――ひょわああああっ⁉」
試しに、頭の中でメッセージを伝えようと意識してみると。
スミカのすぐ目の前にいるフミが、その場で飛び上がって反応した。
……うん。少なくともこの時点で、本当に聞こえたってことは判る。
「なっ、何……⁉ スミカ姉様、今の何ですか⁉」
「投資で新しい能力? みたいなのが解禁されたから、ちょっと試しにね」
「あ……。そ、そうなんですね。びっくりしました……」
「そこまで驚かなくてもよくない?」
予想以上に大きいリアクションを見せたフミに、スミカは軽く苦笑する。
けれどフミは、静かに頭を振って否定してみせた。
「急に頭の中にイケボが聞こえたら、誰だってびっくりしますよ……」
「へ? イケボ?」
「はい。いま聞こえたのって、以前のスミカ姉様の声ですよね?」
フミからそんな風に言われるが、スミカに心当たりはない。
念話は相手に聞こえるだけで、自分には聞こえないから。一体どんな声で届いたのかは、こっちには判らないしね。
というかまず、フミの口から『イケボ』って単語が出たのが驚きなんだけど。
「……ちょっと試しに、もう一度何か喋ってみて貰えませんか?」
「ん、判った。じゃあやってみるね?」
フミにとっては、以前の私の声って『イケボ』なのか。
そう言われると――ちょっとだけ、揶揄うような言葉を伝えてみたくなる。
〔――フミ、好きだよ。愛してる〕
「んんんんんっ……!」
顔を真っ赤にしながら、その場で身悶えてみせるフミ。
その様子と表情があまりに可愛らし過ぎて、なんだか幸せな気持ちになった。
「あ、頭の中で口説くのは、やめてください……心が、持たないので……」
「そう? 残念」
「あっ……その。やっぱり、偶になら、やってもいいです」
〔可愛いね、フミ。私のモノになりなよ。可愛がってあげるからさ〕
「んああああああっ……‼ ヤバい、ヤバいです、からっ……!」
壁に顔を押し付けながら、ドンドンと何度も壁を叩いてみせるフミ。
今のフミが可愛すぎて、こっちの理性もヤバいですよ。
なお、やっぱり念話の声は、フミには以前のスミカの声で聞こえるらしい。
ちびっこになったことで、だいぶ声が高くなっているから。確かに以前のスミカの低い声は『イケボイス』と言えなくもない……のかな? どうだろ……。
「……とりあえず、ダンジョンの中では、そういうの止めてください」
「り、了解です」
じっと睨めつけるような視線を向けながら、そう告げるフミ。
あっ、そういう目で見つめられるのも、それはそれでちょっと幸せです。
「あれ? もしかして、この念話があれば……」
「……? どうされましたか、スミカ姉様」
「明日から本免許の講義を受けた後には、当然試験があるじゃない?」
「そうですね。試験を受けるのは、早くても2~3日後になるでしょうが」
〔この念話があればさ、カンニングってし放題じゃない?〕
「……!」
スミカの言葉を受けて、目が点になるフミ。
その発想は無かった――とフミの表情が雄弁に物語っていた。
「べ、勉強は自信ないので……場合によっては、頼っても?」
〔ふふ。お代金は『フミにいつでもハグとキスをできる権利』でいいよー?〕
「……そんなことで良ければ、いつでも」
流石に嫌がられるかな、と思いながらの提案だったんだけど。
即座に了承されてしまったことに、実はスミカのほうがびっくりした。
なぜか判らないけれど……フミに、結構好かれている自覚がある。
許可を貰えたのは、もちろん嬉しいことだけれど。……これから何日間かフミを自宅に泊まらせるのに、理性に歯止めが利かなくなるリスクを、わざわざ自分から増やしてしまっていることに内心で苦笑もしてしまう。
「と、とりあえず――また戦闘を試してみてもいいですか?」
「おっと、そうだね。[筋力]と[強靱]と[敏捷]、あとは[幸運]も『+2』に増やしてあるから、その辺の違いが体感できるかどうか感想が欲しいな」
「了解です。では向こうに3体居るので、まずはそっちに」
〔オッケー〕
『石碑の間』で調達したミネラルウォーターを飲みながら、そう返事をする。
言葉を発するのと違って、飲み物を口にしながらでも会話ができるのが、地味に便利だ。
――それから暫く、フミと一緒に狩りを行う。
もちろん一緒にとは言っても、戦うのはフミだけなんだけれどね。
案の定と言うべきか、戦闘時のフミの動きは、最早スミカの目に追えないレベルになってきていた。
身体自体の動きは判るんだけれど、腕捌きと足捌きは速すぎて把握しきれない。そしてフミが振るっている剣などは、もう残像さえ見えなくなっていて。
いつの間に斬り裂いたのかも判らずに――フミの目の前にまで迫っていたピティが、光の粒子へと変わって溶け消える。
そんな彼女の戦いっぷりは、まさに『剣豪』と呼ぶのに相応しいものだった。
「……すみません、スミカ姉様。今日はこれ以上の強化は無しでお願いします」
5戦ほどした後に、フミがちょっと申し訳無さそうにそう口にした。
「ん、了解。何かよくない部分があった?」
「よくないというよりは――よく出来過ぎている感じですね。自分が頭の中に思い描いている理想の速さを、実際の動きのほうが上回るという、通常なら考えられない奇妙な状態になってしまっています」
「……ふむ?」
フミの説明は意味としては判るんだけれど、ちょっと感覚的に理解しづらい。
とはいえ普段から剣の修業を積んでいるフミが、これ以上の強化はやめたほうが良いというのなら、そうすべきだろう。
「今度家に帰ったら、今できる身体の動きに合わせた訓練を、祖父を相手に積んで来ようと思います。もしまだ強化をされるなら、是非その後に」
「了解。とりあえず『+3』にできる分の金貨は残しておくから」
まだ魔法の鞄の中には『86枚』分の迷宮金貨が残ってはいるけれど。
やっぱりリゼたちにも投資をして、能力を強化をしてあげたいから、この全てをフミの為だけに使うというわけにはいかない。
とはいえ、リゼたち4人は既に完成されたパーティだから。スミカがダンジョンに一緒に潜るのは、彼女たちよりもフミのほうがずっと多くなるはず。
なので彼女たちよりも、フミへの投資を優先するぐらいはしても良いはずだ。
「そういえば……。私が投資してもらうばかりで、スミカ姉様の手持ちの金貨が、減る一方になっている気がするのですが。良いのでしょうか……」
「フミは今後も私と一緒に、ダンジョンに潜ってくれるよね?」
「はい、それはもちろん。スミカ姉様がお嫌でない限りは」
「なら問題ないよ。ダンジョンに潜っていれば、金貨が増える機会もある筈だし」
フミへの投資に使っている『迷宮貨幣』。
今スミカが所持しているのは、祝福のレベルアップで手に入れたものだけれど。この貨幣はもちろん、他にも入手の手段がある。
――それは、ダンジョン内で時々発見できる『宝箱』。
ネットで調べた情報によると、宝箱の中にはほぼ100%の確率で、迷宮貨幣が入っているらしいのだ。
ただし発見できるのは『金貨』とは限らず、『銀貨』のこともあるらしい。
というより、浅い階層で発見した宝箱だと、大抵は銀貨ばかりだとか。
でもまあ、そこはあんまり心配していない。
金貨より額面は落ちるだろうけれど、銀貨だって『迷宮貨幣』という点では同じだし。数を集めれば金貨と同じ価値にはなるだろうからね。
きっと投資に使うことも、問題なくできるだろう。
「宝箱……。確か、ダンジョン内の行き止まりになってる場所に配置されることが多いんですよね?」
「うん。なので積極的に探そうと思えば、案外見つけられるものらしい」
「じゃあ、ここからは行き止まりも積極的にチェックしてみませんか? もし宝箱が発見できた場合、貨幣はスミカ姉様が総取りにしてください」
「……それは有難いけれど、いいの?」
「はい。結局は私への投資に使って貰うわけですから、同じことです」
そう告げて、楽しげに笑ってみせるフミ。
なるほど。そういうことなら遠慮せず、甘えさせて貰おうかな。




