25. 告白と告白
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予想していた通り、フミが作ってくれた朝食は素晴らしく美味しかった。
フミの実家では、朝だけは必ず『和食』と決まっているらしくて。
そのため、いつも祖母と朝食を作っているフミの和食の腕前は相当なものだ。
ひとり暮らしをしていると、どうしても朝はパンに頼りがちの生活になってしまうこともあって。スミカにとって、米とおかずと味噌汁と漬物という定番の和朝食は、しみじみと幸せを感じる美味しさだ。
それこそフミに――毎日私のために味噌汁を作って、と。そうプロポーズをしたくなるぐらいに。
「スミカ姉様」
食後の緑茶を味わっていると、不意にフミがそう呼んだ。
「うん? どうしたの、フミ」
「私からも血を吸って貰えませんか?」
スミカが『吸血姫』という魔物になったことや、生命維持に必要なエネルギーである血晶を得るため、リゼとその同居人全員から1度ずつ[吸血]をさせて貰ったこと。
その辺りの詳しい話は今、朝食の最中にフミにしたばかりだ。
なので当然、フミには[吸血]のデメリットも既に伝えてあるんだけれど……。
「私としては嬉しいけれど……。やめたほうが良いと思うよ」
「それは、一時的にとはいえ『老化しなくなる』からですか?」
「うん」
フミの問いかけに、スミカは頷くことで答える。
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[吸血]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
吸血行為によって『血晶』を生産できる。
吸血対象には一時的に、老化と状態異常の完全耐性が付与される。
これは最後に吸血してから2週間経つと失われる。
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スミカが[吸血]を行った相手には、『状態異常』だけでなく『老化』の完全耐性も付与される。
これは基本的にはメリットしかない効果だし、リゼも「花粉症が治ったあとも、是非継続してお願いしたい」と希望してきたぐらいなんだけれど。
老化しないというのは、即ち『歳をとらない』ことと同義かもしれないから。
もしかしたら、フミから[吸血]をすることによって、彼女の身体の成長を阻害してしまうかもしれないのだ。
フミはまだ12歳だから、育ち盛りの年齢だと言っていい。
まして、身長が125cmしかない彼女にとって、成長の機会はとても大事なものだろう。それを奪ってまで[吸血]したいとは、スミカには思えなかった。
――その気持ちを、スミカは率直にフミに伝える。
けれども、フミの意志が変わることは無かった。
「お願いします!」
「――あ、もしかして、フミも花粉症とか?」
「あっ……そ、そうです! そうでは……ないですが……」
反射的に肯定してしまったあとに、それをすぐに撤回するフミの言葉が、なんだか面白くて。思わずスミカは軽く笑ってしまう。
フミは根が真面目なので、たぶん嘘を上手く吐けないんだろう。
「じゃあ、どうして?」
「……スミカ姉様の好みって、今の私みたいな、小さい女の子なんですよね?」
「おおっと。そ、そう来たかあ……」
無垢な瞳で見つめられて――スミカは軽く罪悪感を覚える。
何故なのか、理由は全くわからないんだけれど。出会って時間がそれほど経っていなかった頃から、スミカに対してフミが好意を向けてくれていることには気づいていた。
同性愛者であることを告白されれば、普通はちょっと抵抗感を覚えたり、距離を取ろうと思うもののような気がするのに。フミにはその様子が見られない。
それどころか、過去にスミカが寝ぼけてフミの唇を奪ってしまうというやらかしを一度してしまっているにも拘らず。フミは今までと変わることなく――いや、むしろ今まで以上に、何故か好意を向けてくれている。
そのことが、なんとなく判るだけに……正直、スミカとしては、困惑しきりだ。
いやもちろん、女の子から好意を向けられること自体は、嬉しいんだけど……。
「……私は確かに、今のフミみたいな小さい女の子が好きだけれど。でもそれ以前の問題として、私は『女好き』だからね。フミがこの先もっと成長して、背が高い女の子になったとしても、ちゃんとフミのことは好きだよ?」
「ありがとうございます。でも、小さければもっと私を好きになりますよね?」
「………………それは、ソウデス、ね……」
まあ――それは確かに、その通りではある。
フミがどんな見た目になったとしても、私は間違いなく好きになるけれど。それはそれとして、今の見た目が好きで堪らないというのも事実なわけで。
そこはちょっと、否定しきれないものがあった。
「じゃあお願いします」
「……私が血を吸えばそれだけ成長が遅れて、クラスメイトとかから『チビ』って馬鹿にされたりするかもしれないよ?」
「有象無象にどう思われようと、気にも留めません。スミカ姉様の好みの見た目であれることのほうが、私にとっては重要度が高いので」
「そ、そっか……」
フミからの率直な訴えに、思わず頬が少し熱くなる。
告白されているのと、ほぼ同義の言葉のように思えたからだ。
真面目に求めてきているのだから、こちらも真面目に答える必要がある。
とはいえフミはまだ小さいのだから、熟慮した上での要求なのかどうかは、若干怪しくもある。
一時的な感情からの欲求かもしれない以上、その求めを諾々と呑むのも、それはそれで良いこととは言えない――かもしれない。
「うーん……。とりあえず、今は却下させて欲しいかな」
「今は、ですか?」
「うん。もし次に会った時も気持ちが変わらなければ、その時はね」
「判りました!」
というわけで、とりあえず先送りで解決を試みることにした。
もし次に会った時、フミがこのことを忘れていればそれで良し。
覚えていたら――その時は、有難く血を吸わせてもらうことにしよう。
(そもそも私は、女の子の頼みには逆らえないからなあ)
好きな相手からの頼み事というのは、誰でも断りづらいもの。
スミカの場合、その対象は当然、ほぼ全ての女の子ということになる。
……まあ、性格的に明らかに問題がある子とかは、流石に対象外だけどね。
そうでもない限り、基本的にスミカは相手の要求には逆らえないのだ。
まして、フミのような可愛い女の子の頼みを、どうして無下にできるだろう。
「あ、そうだ。スミカ姉様、自転車のことなんですが」
「自転車?」
「はい。その……前回、スミカ姉様が倒れてしまわれたので……」
「あっ! そっか、ギルドの駐輪場に停めっぱなしだ!」
白鬚東アパートは普通の団地なので、ダンジョン利用者がその敷地内に自転車を停めれば、居住している人たちの迷惑になってしまう。
というわけで、前回フミと一緒に白鬚東アパートダンジョンへ行った時には、そのすぐ向かいにある掃討者ギルドの駐輪場に自転車を停めたのだ。
ギルドの駐輪場は『仮免』でも良いので、掃討者の資格を所持していれば、無料で利用することができる。
とはいえ――現在ではあれからもう、2週間もの期間が経っているわけで。
自転車が同じ場所に2週間も停まっていれば、駐輪場を管理するギルドの職員はそれを『放置自転車』だと考える筈。
となれば当然、撤去されている可能性が高いと考えるべきだろう。
(うう、手痛い出費だなあ……)
墨田区で撤去自転車を保管している場所に行けば、自転車の回収自体は問題なくできるだろうけれど。
その際は、おそらく路上駐車した自転車が撤去された場合と同じく、5000円程度の撤去費用が請求されてしまう筈だ。
フミに貸した分と合わせて2台分、合計1万円の出費と考えると地味に痛い。
「自転車なんですが、ギルドの受付窓口に立っていた職員のお姉さんに相談して、現在は掃討者ギルドの車庫で預かって貰っています」
「えっ? 車庫?」
「はい。スミカ姉様の自転車って、普通のママチャリよりもお高いやつですよね? 駐輪場に長期間置きっぱなしだと、雨ざらしになって錆びるかもしれませんし、盗難のリスクもあるかなと思いましたので。ギルド施設内で預かって貰えるなら、そのほうが良いのではないかと」
「……それなら撤去もされない! フミ、愛してる!」
「わ、わわっ……!」
思わず反射的に抱きしめると、腕の中でフミの身体が小さく身動ぎする。
嬉しさのあまり、結構キツめに抱きしめてしまったのに。フミは抵抗ひとつすることなく、ただ抱きしめられる儘でいてくれた。
子供の体温って、大人よりも温かいから心地良いよね。
……まあ、今はスミカも、同じぐらい子供の身体なんだけどさ。




