24. ちびっこ仲間
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「ん……もう朝か」
窓の外が明るくなり始めていることに気づいたスミカは、読みかけの文庫本を閉じ、それから上体を軽く伸ばした。
ここ6日間は一睡もしていない。
リゼたちが住むマンションの部屋から、この自宅に帰ってきてからずっと、どの程度まで無理なく『徹夜』ができるかを試しているからだ。
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[真祖]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
生命維持に必要なエネルギーが『血晶』になる。
血晶は主に[吸血]によって生産する。
摂取したカロリーも全て血晶に変換されるが、効率は悪い。
血晶が不足していない限り老化せず、状態異常にならない。
血晶の蓄積量に応じて、吸血姫としての特色が強くなる。
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祝福のレベルアップにより身体が『吸血姫』という魔物に変異したスミカは、血晶が不足していない限り状態異常にならない。
その結果『眠くならない』ことが既に判っているため、一睡もせず生活を送ることで身体に不調が生じるかどうかを、今のうちに確認しておきたい狙いがあった。
人は誰でも、人生の3分の1から4分の1程度をベッドの上で過ごす。
もし状態異常の耐性を得たことで『睡眠』を必要としない身体になったのなら、消費せずに済むぶんの人生時間を有効活用しない手はないだろう。
……まあ、血晶が不足しない限りスミカの身体は『老化しない』らしいから。こんなことをしなくても、時間は存分にあるのかもしれないけれどね。
というわけで――現在が5徹目。
大学を辞める前も、高校生の頃にも、1徹や2徹ぐらいならよくやったけれど。流石にこれほど長く徹夜を続けているのは初めてのことだ。
けれど身体にはなんの不調も感じられないし、当然眠くもない。
むしろ、すこぶる体調は良い。なんか低血圧も改善したような気がするし。
(……そういえば、汗も掻かなくなった気がするな)
ふと、寝間着を脱ぎながら、そんなことを思う。
眠らないとはいえ、身体は休ませたほうが良いかと思って。夜間はずっとベッドでゴロゴロしながら読書をして過ごしたわけだけれど。
温かい布団の中に一晩中居たわりに、寝間着にはちっとも汗を掻いていない。
試しに寝間着の匂いを嗅いでみるけれど、やっぱり汗の匂いはしなかった。
まあ……汗の匂いとか体臭とかは、本人には判りづらいものらしいから。自分では気付けない、というだけかもしれないけれど。
もし『吸血姫』に変異したことで、汗を掻きにくい体質に変わったんだとするなら、それは地味に嬉しいことかもしれない。
なにしろ、あと1ヶ月も経てば夏になるからね。
……というか、暦の上でなら、既に季節は夏になっていたりするし。
ちょうと服を着替え終わった辺りで、来客を知らせるチャイムが鳴った。
時計を見れば、時刻は朝の6時40分頃。昨日LINEで話した時は『7時ぐらいにお伺いします』という話だった筈だけれど――。
うん、時間前行動がしっかりしているあたりも、彼女らしいと言えばらしい。
インターホンの画面を確かめると、予想通りの相手がそこには映っていた。
――フミだ。ちまっと小さくて、可愛らしい女の子が立っている。
「おはよう、フミ。門の横にある勝手口の鍵を開けたから、そっちから入ってね。家の玄関も勝手に開けてくれて構わないから」
『はい、承知しました』
インターホン越しに短い会話を済ませると、10秒後ぐらい経って玄関の引き戸がガラガラと開かれる。
姿を見せたフミが――こちらを見て、ぎょっと驚いた顔をしてみせた。
「いらっしゃい、フミ」
「す、スミカ姉様なんですよね⁉ わあ――姿がすっかり変わりましたね!」
「おっと。そっか、今の姿を見るのは初めてなんだっけ」
祝福のレベルアップを迎えたあの日、気絶したスミカを助けてくれたのはフミとリゼの2人だから。なんとなく、こんな姿になったこともフミは把握していると、そう思っていたけれど。
そう言えば――リゼが「運んでいる最中から少しずつ体重が軽くなってはいたようだが、スミカが完全に子供の見た目になったのは一晩経ってからだ」と言っていたのを思えている。
つまりフミは、小さくなったスミカの姿を、いま初めて見るわけだ。
それなら、驚くのも無理はないなと思う。
「ふふ。これでフミとちびっこ仲間になったね」
「……背が高いスミカ姉様はとても格好良かったですから、ちょっと残念な気もしてしまいますね。でも、これはこれで嬉しくもあるので……複雑です」
そう告げて、実際にフミはなんとも言えない表情をしてみせた。
嘗ての自分を褒められるのは嬉しいけれど……。もう今となっては、その体躯に戻れることはないので、言われたスミカもまたちょっと複雑な顔になる。
ちなみに、現在のスミカの身長は多分137cmぐらい。
一方でフミは125cmぐらいの背丈なので、一応ちびっこ同士とは言っても、それなりの差はある。
まあ、このぐらいの身長差はあったほうが、フミとしても『スミカ姉様』と呼ぶのに違和感を持たずに済んで良いかもしれない。
それに、確か12cmぐらいの身長差は、キスをするのにちょうど良いって話もあったはずだし。正直、悪い気はしないよね。
「……? フミ、結構荷物多くない?」
フミの姿を見て、スミカはそう反射的に訊ねていた。
彼女はリュックサックを背負っているだけでなく、右手に結構大きめのボストンバッグも持っている。
「あ、はい。着替えとかを幾つか持ってきましたので。えっと……スミカ姉様は、もう朝食は済まされましたか?」
「ううん、今から作ろうと思ってるところ」
「あ、では私に用意させてください。材料は持ってきましたので」
そう告げてフミは、ボストンバッグの中からビニール袋をひとつ取り出す。
どうやら朝食の材料を、わざわざ自宅から持ってきてくれたらしい。そりゃ荷物も増えるわけだと、少し申し訳なく思う。
「嬉しいけれど……泊まるからといって、別に気を回さなくてもいいのに」
「いえ、私がスミカ姉様に作って差し上げたいので。構いませんか?」
「そりゃもちろん。断る理由なんて無いよ」
とりあえず、フミには家の中に上がってもらう。
すると、スミカの後ろでフミが「あっ」と小さな声を上げた。
「うん? どうしたの?」
「スミカ姉様の背中に……」
「ああ、この翼かあ」
リゼたちの部屋で過ごしていた時は、スミカの背中にある黒い翼はまだ小さく、Tシャツの中に隠れるぐらいのサイズだったんだけれど。
あの家の4人全員から[吸血]させて貰ったあと、この翼は急に大きくなって。まだ大きいという程ではないんだけれど、服の中にはちょっと隠しづらいぐらいのサイズにはなってしまった。
というわけで3日前に服屋に行き、今の背丈に合う子供服を何セットか購入した際に。店員さんにお願いして、購入した服の背中に切れ目を入れて貰い、そこから双翼を出せるようにして貰ったのだ。
なのでまあ、後ろ側から見ればスミカの背中に翼が生えているのは、誰の目から見ても一目瞭然になっている。
「そういえば『異端職』でしたから、スミカ姉様の身体は『魔物』になっているんですよね……。翼が生えていること以外は人間と同じように見えますが、一体どんな魔物になったんでしょう?」
「なんか『吸血姫』って魔物になっちゃったみたいだね。詳しくはあとで、フミが作ってくれた朝食を頂きながらでも話すよ」
「判りました。20分ぐらいで出来ますので、待っていてください」
「うん、楽しみにしてる」
実際に嘘偽りなく、本当に楽しみだ。
フミが作ってくれる朝食が最高なことは、既に前回で証明されているしね。




