22. 地獄への道は快楽で舗装されている
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「おや、お帰り」
「ただいまー……で、いいのかな?」
「いいのではないかな。今はこの家のお客さんなのだし」
「そっか」
リゼたち4人が生活しているマンションの一室。
その部屋に、翌日の正午ごろに戻ってきたスミカは、ちょうど居間でくつろいでいたリゼにそう挨拶された。
「ユーベはオタノシミデシタネー!」
「そりゃもう、愉しみましたとも」
ほどなくパトリシア――パティも自分の部屋から出てきて、そう声を掛ける。
スミカのすぐ隣では、チカが無言で顔を赤らめて、ただ俯いている。
昨晩、スミカはこの家に泊まらせて貰わなかった。
チカと一緒に、すぐ近所にあるラブホテルに『ご宿泊』してきたからだ。
リゼたち4人が生活するこのマンションには、家族で暮らしている入居者が多いらしくて。大体夜の20時頃までは、それなりにうるさくしても大丈夫らしいんだけれど。
20時を超えると、翌朝の8時ぐらいまでは騒音にかなり気をつけなければならなくて。もし騒がしくしてしまうと、すぐに両隣の部屋から管理会社に苦情がいくことになるそうだ。
一応『ピアノ可』の部屋らしいし、別に壁が薄いというわけじゃないみたいなんだけどね。
集合住宅である以上、ある程度は仕方ないことなんだろう。
――そういう事情から、昨晩はラブホに『ご宿泊』してきたわけだ。
いやもう、チカが可愛くて我慢できなかったからね。
「すまないな、この家の事情で面倒を掛けて」
「ううん。久々のラブホも楽しかったよ。カラオケもゲーム機もあったし」
「ああ、あそこは安い割に結構気が利いていて便利なんだよ。個人的にはスチームアイロンがちゃんと全室に置いてあるのが気に入っている」
「ヘアアイロンの貸出もアリマスしネー!」
「あとチェックアウトが12時なのも嬉しかった」
アウトが10時のラブホだと、一応アラームをセットしておかないと怖いけど。12時まで利用できるなら目覚ましがなくても自然に起きられる。
その辺の快適さは、利用者にとって案外嬉しいものだ。
あとリゼも言う通り、宿泊でも値段がお安かったのは率直に嬉しい。
シティホテルの宿泊費が随分と高騰している昨今に、この料金でやっていけるんだろうかと、思わずちょっと心配してしまったぐらいだ。
「それにしても、良いタイミングで帰ってきた。ちょうど正午だし素麺でも茹でようかと思っていたんだが、食べるかい?」
「お、もちろん。食べる食べる」
「食べマース!」
「……ウチも食べるわ」
「ではもう全員分を茹でてしまおう。パティはミサキに一声掛けてきてくれ」
「ハーイ!」
というわけで、有難く昼食を頂くことになった。
昨日リゼは『私は料理ができない』と言っていたけれど、流石に素麺を茹でるぐらいなら問題ないらしい。
また、パティに呼ばれて部屋から出てきたミサキが「素麺だけじゃ寂しいっすからね」と、キュウリとトマトのサラダを手早く用意してくれたので、最終的には充分に豪華な食事となった。
「そういえば昨晩、全然眠くならなかったんすけど。あれってやっぱり……」
ずるずると5人で素麺を食べている最中に、ミサキがそう話を切り出す。
それを聞いて、スミカを含めたその場にいる全員が、一様に「ああ……」と納得した顔をしてみせた。
「ごめんね、私の[吸血]のせいだと思う」
「あ、やっぱりそうっすよね。だと思いました」
スミカが行う[吸血]は『血晶』という生命活動に必要なエネルギーを得るための手段なんだけれど。
これは吸われる側にもメリットがあって。吸血姫であるスミカが持つ『状態異常の完全耐性』を、吸血対象にも2週間という期限付きで付与することができる。
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[真祖]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
生命維持に必要なエネルギーが『血晶』になる。
血晶は主に[吸血]によって生産する。
摂取したカロリーも全て血晶に変換されるが、効率は悪い。
血晶が不足していない限り老化せず、状態異常にならない。
血晶の蓄積量に応じて、吸血姫としての特色が強くなる。
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[吸血]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
吸血行為によって『血晶』を生産できる。
吸血対象には一時的に、老化と状態異常の完全耐性が付与される。
これは最後に吸血してから2週間経つと失われる。
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――で、この『状態異常の完全耐性』なんだけど、どうやら『眠気』にも有効らしくて。昨晩はスミカも、そしてスミカから血を吸われたチカも、全くと言っていいほど眠くならなかったのだ。
なのに『眠ること自体ができなくなるのか』というと、そうでもなくて。ベッドに入ってから(眠ろう)と意識すると、眠くない筈なのに、面白いぐらいあっさり眠りに落ちることができてしまった。
「たぶん『不眠』も、それはそれで状態異常ってことなんじゃないかな?」
経験談を交えて、推測をスミカが口にすると。
なるほど、と4人全員が納得した顔で頷いてみせた。
「なかなか面白いな。『睡眠』は状態異常の一種として扱われるが、自分から眠ろうとする場合はその限りではないということか」
「ジッサイ、ベッドで目を閉じるとアッサリ眠れマシタからネー」
「眠くならないってことは、普通に何日も徹夜ができるんすかね……?」
「実は他にも判ったことがあってね。あ、これはチカに言って貰おうかな?」
「うっ……。や、やっぱりウチが言わんとアカンか?」
恥ずかしそうに、もじもじと両手の人差し指を突き合わせるチカ。
その仕草が可愛らしすぎて、もう彼女のことを、また愛したくなってくる。
「あー、その、な……。昨日はスミやんから、丸々3時間ぐらいの間、ベッド上でウチばっかり愛してもらったんやけど……」
「ほう。やはりバリタチとドMが揃うと、一方的になるんだな」
「エッチなことって、ずっと長いことやってると途中で感覚が『麻痺』してきて、普通はちょっとずつ感じなくなってくるやんか……?」
「………………ああ、なるほど。話のオチが読めた」
「『麻痺』にも有効ってことっすね。……よく無事だったっすねー」
「ドMのチカ的に、3時間もヒタスラ愛されたカンソーはドーデスカ?」
「……地獄への道は快楽で舗装されてるんやな、って……」
「Oh……」
顔を真っ赤にしながらも、唇の端を引き攣らせるチカ。
うん、スミカが手加減しなかったせいで地獄を見せてしまったよ。ごめんね。




