20. 選考基準
今回、お肉は2kg用意してくれていたみたいだけれど。5人で1時間ほど焼肉をつついていると、案外簡単に無くなってしまった。
お肉以外の具材もそれなりに量があったので、ちょっとびっくりだ。
実は他ならぬスミカも、結構な量を食べていたりする。
身体が幼女サイズになったんだから、食べる量は減りそうなものなのに。むしろ以前の身長が178cmあった時よりも、沢山食べてしまっているような……。
なんだか意外なぐらい、食べている最中はお腹が満たされた感覚にならなかったんだよね。
……っていうか、結構な量を食べた筈なのに、満腹感はあまりなかったりする。たぶん食べようと思えば、まだまだ平気で食べられるんじゃないだろうか。
「ほな、シメやろかー」
「シメ?」
「この家では焼肉のシメに焼きそばをよく作るんだ」
「へー。シメってわりに、結構重めなのね」
よく作っているとリゼが言うだけあって、チカはホットプレートに麺と余った野菜を投入すると、あっという間に手早く焼きそばを作ってみせた。
さっきまで沢山の肉を焼いていたホットプレートには、当然その肉の美味しさが残っている。それが吸収された中華麺は、間違いなく美味しいヤツだろう。
まあ、美味しさだけでなく脂も吸っているはずなので、絶対ダイエットには良くないだろうけれど。この家で暮らしている4人は現役の掃討者で、普段から身体をよく動かしているはずなので、あまりその辺は気にしないのかな。
「――うん、とても美味しい」
「やろ? 焼肉のシメに焼きそば、これがウマいねん」
素直な感想を口にすると、チカが無い胸を反らしながら笑ってみせた。
口調から察するに大阪の人みたいだし、粉物の調理には自信がありそうだ。
チカが作ってくれた3玉ぶんの焼きそばは、あっという間に消滅した。
既に焼肉で結構食べているにもかかわらず、5人全員が食べたからね。
「なーなー、スミやん。ひとつ訊いてええ?」
「……? あ、私のことか。何?」
「ウチは『希少職』の天職カードを選んで『地底種』、世間で言うドワーフになったわけやけど。『異端職』のスミやんは、何の種族になったん?」
「ああ――すっかり忘れてたけど、私も種族は変わってる筈なんだよねえ」
仮免の講義で、講師の清水が話してくれた内容によれば、確か『異端職』を得た場合には、身体が何らかの『人型の魔物』に変化するという話だった。
けれどスミカの身体は、今のところ人間以外の何物かになった様子はない。
少なくとも講義の時に清水が例として挙げた、ゴブリンやオーク、オーガやハーピーなどのような魔物になっている――ということは絶対に無いはずだ。
「あー……。なるほど、スミやんが何かの『魔物』になってしもうとる可能性は、結構高いのかもしれんなあ」
そのことをスミカが皆に告げると――意外にもチカから、『魔物』になっている可能性が肯定されてしまった。
「それは、どうして?」
「スミやんが意識を失ってた時に服を着替えさせたんは、サイズが合う服を提供したウチなんやけど。着替えさせる時には一旦、前の服は脱がすやん?」
「うん、そりゃそうだ」
「そん時にスミやんの背中に小っこくて黒い翼? みたいなんが生えてるの、見てしもうてなあ。多分アレ、魔物になったせいでできたんやないかと思う」
「………………マジで?」
「マジ。大マジやね」
チカの言葉を受け、慌ててスミカは両手で自分の背中をまさぐってみる。
すると――確かにチカが言っていた通り、いま着用しているカットソーの内側に、何かしらの『異物』があることが手触りでわかった。
「ツバサ! 見たいデース!」
「自分も見たいっす!」
「翼か……私も見たいな。スミカ、構わないか?」
「女同士だし、それは別にいいけど。せっかくだしリゼの部屋にあった卓上ミラーを持ってきてくれない? 自分でもちゃんと見ておきたいから」
「オーケー、すぐに持ってこよう」
リゼが部屋に取りに行っている間に椅子から立ち上がり、カットソーを脱ぐ。
下にはキャミソールも着ていたが、こちらまで脱ぐ必要は無いだろう。
「取ってきたぞ。――ああ、なるほど。これは可愛らしい翼だ」
「カワイーデス! 触りたいデース!」
「確かに、ちょっと触ってみたいっすね……」
「あ、もう見えてるんだ?」
「見えるが、半分ぐらい隠れている。少しキャミをめくっても構わないか?」
「どうぞ」
「私は鏡を持っているので、ミサキがやってくれ」
「了解っす」
ミサキがキャミの裾をめくると、背中にある器官がぴょこんと飛び出る。
それが小さくて可愛らしい黒双翼であるのを、リゼがこちらに構えてくれている鏡越しに確認することができた。
「翼のある種族って何なんだろう……?」
「とりあえずステータスカードを見てみたらどうっすか?」
「あ、それもそうだね」
ミサキの言葉を受け、スミカは再び金色のカードを喚び出す。
カードの内容を確かめてみると――以前は『???』と書かれていて不明だった種族欄に、今はちゃんと情報が記載されていた。
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ホウリ・スミカ
吸血姫/19歳/女性
〈投資家〉 - Lv.1 (109/606)
[筋力] 8
[強靱] 9
[敏捷] 10
[知恵] 11
[魅力] 12
[幸運] 13
-
◆異能
[真祖][吸血]
《迷宮投資家》《人物投資》
◇スキル
(なし)
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スミカの種族は『吸血姫』というらしい。
吸血鬼ではなく吸血姫というのが、ちょっと気になるところだ。もう19歳なのだし、今更お姫様扱いされて喜ぶような歳でもないんだけれど……。
「種族は何と書いてあった?」
「……『吸血姫』と。ただし3文字目が『鬼』ではなく『姫』らしいけど」
「なるほど、今のスミカはまるでお姫様のように可愛いからな。鬼などという野蛮な魔物よりは、姫のほうが余程似合うというものだ」
リゼがそう告げながらスミカの髪をひと掬い手に取り、キスをしてみせる。
随分と気障な振る舞いだけれど。リゼは美形なので、それが似合ってしまうのが正直凄いと思う。
(そういえば――前にカードを見た時は、異能の1行目も[???]と書かれていて、内容が判らなかったんだっけ)
ステータスカードの表面に記載されている情報を確認していたスミカは、不意にそのことを思い出す。
その不明だった欄に、今は[真祖]と[吸血]という2つの異能名が書かれているみたいだけれど。これらは一体どういうものなんだろう――。
心の中で、スミカがそう疑問を抱くと。
その疑問に答えるように、ステータスカードに詳しい情報が表示された。
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[真祖]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
生命維持に必要なエネルギーが『血晶』になる。
血晶は主に[吸血]によって生産する。
摂取したカロリーも全て血晶に変換されるが、効率は悪い。
血晶が不足していない限り老化せず、状態異常にならない。
血晶の蓄積量に応じて、吸血姫としての特色が強くなる。
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[吸血]/種族異能
種族が『吸血姫』の者だけが所持する種族異能。
吸血行為によって『血晶』を生産できる。
吸血対象には一時的に、老化と状態異常の完全耐性が付与される。
これは最後に吸血してから2週間経つと失われる。
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吸血姫になったスミカは、生きるために『血晶』というのが必要らしい。
そして血晶を得るためには、他人から[吸血]を行う必要があるようだ。
この辺は、よく創作物に登場する吸血鬼らしい特徴だと言えるかもしれない。
一応[吸血]を行わなくとも、食事で得たカロリーから『血晶』を作り出すことができるみたいだけれど、その効率は悪いようだ。
焼肉と焼きそばを食べて、普通ならお腹いっぱいになってもおかしくないのに。不思議とまだまだ食べられそうな気がするのは……血晶が不足しており、摂取したそばからカロリーが消費されているせいだろうか。
充分な量の『血晶』が蓄積できているなら、スミカの身体は老化せず、状態異常にもならないらしいが。
老化しないってことは、幼女同然の今の身体を維持できるということだろうか。
成長したら、また『デカ女』に戻ってしまいそうな気がするので、今の身体のままでいたいなら、なるべく血晶は余裕をもって保持したほうが良だそうだ。
そして、そのためには[吸血]が不可欠。
やっぱり映画などによく登場する吸血鬼みたいに、他者の首筋に牙を立てて血を吸うんだろうか。
だとするなら、相手には痛い思いをさせることになりそうだけれど……。でも、血を吸うことで相手にもメリットがあるのは、良いことかもしれない。
「――ねえ。誰か、私に血を吸われてみる気はない?」
スミカがそう問うと、リゼたち4人はちょっと驚いた顔をしてみせて。
それから、短時間だけお互いに視線を交わし合ってから――。
「そういうことなら、チカが適任だろう」
「チカ以外にアリエマセン!」
「どう考えても、チカさんの役目っすねー」
リゼとパティとミサキの口から、全く同じ推薦が出た。
当の本人のチカは何も言わず、なぜか顔を赤くして俯いているようだ。
「……その、チカを推すのには、何か理由があるの?」
スミカの言葉を聞いて、リゼとパティとミサキは一斉に笑顔になる。
「チカはドMだからな」
「痛くされると、チカは興奮するデース!」
「そういうことっすねー」
「ああ、なるほど……」
これにはスミカも、苦笑しつつも納得するしかない。
当の本人のチカはもう、耳まで真っ赤にしながら羞恥に耐えていた。




