18. お仲間
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「――うん、もう平気。熱もすっかり引いたし、身体のどこにも異常はないよ。それよりゴメンね? 今週は泊まらせてあげることができなくて」
『いえ、気にしないでください。武器さえあれば第1階層でのピティ狩りでもそれなりに稼げますので、昨日はちゃんとギルド近くのホテルに泊まりました』
「それなら良かった。……お願いだから、ネカフェに泊まるのはやめてね?」
『承知しました。スミカ姉様がそう仰るなら、必ず安全な場所に泊まりますので。ああ――すみません、スミカ姉様。敵が来たみたいですので』
「そっか、今ダンジョンの中だって言ってたもんね。中でも電話が通じるのって、地味に凄いなあ……。じゃあこれで切るね。怪我しないように気をつけて」
『はい。どうかスミカ姉様もご自愛ください』
フミとの電話を終えたスミカは、はあっと溜息をひとつ吐く。
案の定と言うべきか、かなりフミには心配を掛けてしまったようだ。
あれからリゼが、これまでの経緯を色々と話してくれたんだけれど。それによると、急にスミカが倒れたことに焦ったフミが大声で悲鳴を上げていればこそ、近くに居たリゼも気づいて駆けつけることができたらしい。
なのでフミは、スミカにとって命の恩人だ。
近いうちに彼女にはちゃんと、何かしらの形で恩義を少しでも返したい。
ちなみにスミカの身体を抱えて、地上まで運んでくれたのはリゼらしい。
倒れた時点だとまだ『若返り』は発生していなかったように思うから。スミカの身体は他人よりも背が高めなぶん、かなり重かった筈だ。
少なくとも小柄なフミには、スミカの身体を抱えるのは無理だっただろう。それを考えると、安全な場所まで運んでくれたリゼもまた、スミカにとっては間違いなく命の恩人だ。
「――電話は終わったかい?」
「ありがとう、いま終わったわ」
程なく部屋に戻ってきたリゼに、頭を下げながらそう答える。
フミに電話をすると告げたら、余人が室内にいると気になるだろうからと、そう言って彼女はわざわざ部屋を空けてくれていたのだ。
そういうところに気を回してくれる辺りにも、彼女の優しさがよく顕れている。
「改めて――この度は助けてくれて、本当にありがとう」
「何度も頭を下げるものではない。既にスミカの感謝は充分に伝わっているよ」
「……そうかな?」
「そうだとも」
ゆっくりと頷きながら、そう告げるリゼ。
それから彼女は「ところで」と話を切り出してきた。
「実は私はバンドをやっていてね」
「バンド? 音楽の?」
「そうだ。まあ、よくある4ピースのロックバンドだな」
「それは凄い。楽器はギターを?」
「いや、ベースだ」
部屋の隅に置かれていたケースを開けて、リゼは中から楽器を取り出す。紫色のシックな4弦ベースだ。
楽器ケースがあるのには気づいていたけれど、スミカはそれをギターケースだとばかり思っていた。というかギターとベースって、ケースの時点で見分けがつくものなんだろうか?
「おおー。こんなに間近でベース見るの初めてだ」
「自由に触ってくれても構わないよ」
「お、いいの?」
リゼがベースを手渡してきたので、受け取る。
どうやら身体が子供になっても、力の強さは以前のままらしい。自分の身体には分不相応に大きい楽器を持っても、特に重いとは思わなかった。
とはいえ――ストラップを首に掛けてみると、楽器が自分の膝下ぐらいの位置に垂れ下がってしまったのには、流石に笑ってしまった。
リゼの背は170cmちょっとぐらいはありそうなので、彼女の背丈に合わせたストラップである以上、無理もないけれどね。
とりあえずベッドの端に腰掛けて、膝の上でベースの位置を安定させた。
それから4本の弦をひとつずつ、ゆっくり爪弾いてみる。
「んー……。手前から、E1、A1、D2、G2、で合ってる?」
「――これは驚いた。音感があるのだな。楽器をやっていた経験が?」
「子供の頃にヴァイオリンとピアノをちょっとだけね」
「それは凄い。ぜひ今度一緒に、何か弾いて欲しいものだ」
「楽器は家にあるからいいけど……。そんなに上手くないよ?」
「一緒に弾いて遊ぶだけなら、腕前なんてどうでもいいさ」
そう告げて、リゼはどこか楽しそうに笑ってみせた。
あまり表情が変わらない人なのかと思っていたけれど。普通に笑うこともできるんだなと、今更ながらに彼女のことをひとつ知れた気がする。
「おっと――すっかり話が逸れてしまったけれど、先程も言った通り私はバンドを組んでいるわけだが。実はこの家には、私以外にも一緒にバンドをやっているメンバーたちが住んでいてね」
「いいねー、青春っぽい。リゼ以外に何人?」
「3人だ。リズムギターとリードギター、あとはドラムだな」
「……バンドって、ギターは普通2人いるものなの?」
「別に珍しくはないな。もちろん1人だけの場合もあるが」
「へー」
スミカにヴァイオリンやピアノを教えてくれたのは祖母だ。
なのでスミカの持つ音楽知識はクラシックか、もしくは古い歌謡曲に限られる。
最近の音楽に関しては完全に知識外なので、一般的なバンドが何人組で、どういう楽器構成で演奏されるものかさえ、スミカはよく知らない。
「フミから聞いたのだが、スミカはひとり暮らしらしいな?」
「うん。祖母から受け継いだ家に、ひとりで暮らしてる」
「流石に1週間にも渡って寝込んでいた者を、他に誰もいない家に帰すというのは私としても心配でね。よければスミカにはあと2~3日ほど、ここに泊まっていって欲しいのだが」
「それは、有難いけれど……」
「というわけで、良ければ同居人を紹介しておきたくてね。どうだろう?」
リゼの申し出に、スミカは少し考え込む。
確かにリゼの言う通り、今の自分の体調が本当に大丈夫なのかどうかは、スミカ自身にさえ判らないものがあった。
そもそも、なぜ祝福のレベルアップのあと急に倒れてしまったのか――その理由だって、未だに皆目見当もつかないのだから。
「うーん、ひとつ重大な問題があるんだよねぇ……」
「問題とは?」
「私さ、同性愛者なんだよ。そういう人間を泊めるの、嫌じゃない?」
スミカがそう告げると、リゼは大きく目を見開いて驚いてみせた。
……まあ、突然こんなことを告白されれば、驚くのも無理はない。
ましてや現在のスミカのような、子供同然にしか見えない相手から言われれば、尚更だろう。
「流石に驚いた――が、別に気にする必要はないな」
「そう?」
「ああ。私も同居人も、元よりそっち系だ」
「………………は?」
一瞬、告げられた言葉の意味が判らず、スミカは首を傾げてしまったが。
たっぷり数秒ほどの時間を掛けて、リゼが告げた言葉の真意を理解すると。当然ながら――今度驚きに目を見張ることになるのは、スミカの側だった。




