15. 魔法の鞄
スミカの身体から、黄金色の強い光が溢れる。
やっぱり金色のカードを選び取ったから、その色の光が溢れるんだろうか。
まばゆい光はたっぷり5秒間ぐらい続いたあと、徐々に収まって。やがて何事も無かったかのように、いつも通りのダンジョンの光景が戻ってくる。
「……?」
まず自分の身体を確かめてみるけれど、特に変化は無いような気がする。
少なくとも、スミカの目から確認できる自分の手は、普通の人間の手のひらだ。
自分の腕や脚なども見確かめてみるけれど、異常は発見できない。
これで本当に『魔物』の身体になっているのか? と大いに疑問が湧いた。
そもそも若返りだって、発生したんだかどうだか。
目線の高さは先程までと全然変わらないし、手のひらのサイズも同じままだ。
「ねえ、フミ。私の身体にどこか、変化が生じてる部分はある?」
「いえ。今のところ、変わっている部分は無いような気がします」
「やっぱりそう?」
フミがそう言うのなら、変化は発生していないんだろう。
天職の中でも最も希少な『異端職』。それを手にすれば、年齢が大きく若返ると同時に、種族が人間から魔物に変化する――確か、そういう話だった筈だ。
けれど、スミカの身体には、何の変化も見られない。
そういうこともあるんだろうか、と。そうスミカが疑問に思っていると。
穏やかな光に包まれながら、スミカの目の前に革製のバッグが1つ現れた。
これと同じ演出でアイテムが出現するところを、スミカはつい先程、一度見たことがある。
それは、フミが天職を得た後に現れた――片手剣の時だ。
「……まさか、これが私の武器ってこと?」
「確かに、私の武器が出た時もこんな感じでしたね……」
やはりフミも同じことを思ったらしい。
とりあえず皮革製の鞄――洋風の鞄なのでレザーバッグと言うべきかな。それにスミカが手を伸ばし、触れてみると。すぐに穏やかな光はピタリと止まった。
フミが片手剣を手に入れたときも、彼女が手に取った瞬間に発光が止まっていたように思うから。やっぱりそれと全く同じ演出のように思える。
「とりあえず、それがどういうアイテムなのか、ステータスカードで調べてみてはいかがでしょうか?」
「あ、それもそうだね」
天職を手に入れたんだから、もうステータスカードも手に入っている筈だ。
ダンジョンの中で手に入れたアイテムなら、ステータスカードを接触させることで、そのアイテムの詳細を調べることができる。
フミの言葉でそのことを思い出したスミカは、まず心の中で(出ろ!)と念じることで、ステータスカードをその場に取り出した。
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ホウリ・スミカ
???/19歳/女性
〈投資家〉 - Lv.1 (102/606)
[筋力] 8
[強靱] 9
[敏捷] 10
[知恵] 11
[魅力] 12
[幸運] 13
-
◆異能
[???][???]
《迷宮投資家》《人物投資》
◇スキル
(なし)
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スミカの手に出現したステータスカードを見てみると、表面には自身の能力値などの情報が記されていた。
何箇所か『???』と書かれており、よく判らない部分があるんだけれど……。これは一体何なんだろうか。
天職名の欄には、やはり〈投資家〉と書かれている。
これは天職カードにも書かれていた単語なので、予想はできていた。
(――おっと、そうだ。この鞄を調べないと)
そう思い、スミカはステータスカードを、いま出現した鞄に触れさせてみる。
するとステータスカードの表面に記載されている内容が変化し、アイテムの情報がそこには記された。
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魔法の鞄+1/装身具
永続付与:〔劣化防止〕
頭の中で収納しようと考えるだけで
近くにある物品を中に収納することができる魔法の鞄。
容積は無制限だが、重量は1000kgが上限。
収納品の重さは鞄自体の重量に影響しない。
鞄の中に手を入れると収納品の全容を把握できる。
〔劣化防止〕の永続付与が施されており
収納されている物品は時間経過の影響を受けない。
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「うわ、これマジックバッグだ」
「マジックバッグ……? どういうアイテムですか?」
「簡単に言えば、これ自体のサイズとは関係なく、大量のアイテムを入れておけるバッグのことだね。しかも中に重いものを入れても、バッグ自体は軽いまま」
「えっ……。それは、す、凄く便利なのでは?」
「間違いなく便利だと思う」
フミの言葉に、スミカもすぐに頷く。
マジックバッグは特定のジャンルの小説によく登場する、定番のアイテムのひとつではあるけれど。まさか――現実にそれを手にする日が来るとは思わなかった。
「それって武器なんでしょうか?」
「うーん、流石に武器じゃないと思うんだけどね……」
まさかバッグで殴れ、とでも言うつもりなんだろうか。
レザーバッグの上部には取っ手がついているので、片手で携行することができるけれど。それとは別にショルダーバッグとしても利用できるよう、肩に掛けるための長い紐もついている。
なので、まあ……この紐を持ってバッグを遠心力で振り回せば、ピティぐらいならもしかしたら倒せたりするだろうか。
(いや、流石にそれは無いよね……)
ぶんぶんと頭を振って、その考えを振り払う。
どう見てもただのバッグなんだから、武器として用いるのはナンセンスだろう。
試しにバッグを開けてみると、中は暗闇になっていてよく見えない。
ダンジョン内は天井と床が常に発光しているので、それほど暗くはない。なのに中が暗くなって見えないというのは……?
いや、マジッグバッグなんだから、中身が見ただけだと判らないようになっているのかな。
「あ」
「……? スミカ姉様、何か判りました?」
「このレザーバッグ、中身が入ってる」
試しに中に手を入れてみると、そのことがすぐに理解できた。
現在は『迷宮金貨』というアイテムが『100個』入っているようだ。
……これは、もしかしたらアレか?
『投資家』の武器は『お金』だとか、そういう意味なのかな?
「お、おおっ?」
「――スミカ姉様⁉」
ちょうどそんなことを考えていたスミカは。
殆ど無意識のうちに――地面に膝をついていた。
急に酷い目眩がして、その場に立っていられなくなったのだ。
「な、なに……?」
身体がズシリと重くなる。更に意識まで急に朦朧としてきて。
そのままスミカは、その場に倒れてしまった。
ガンッ! と硬いダンジョンの床に、叩きつけられる自分の頭。
けれど痛みは殆ど感じられない。――いや、痛みだけでなく、急にあらゆる感覚が鈍くなってしまったような気がした。
「……! …………‼」
フミが何かを言っている。だけど、言葉が頭の中に伝わってこない。
発光している床が、すぐ目の前にあるのに。その光が徐々に暗くなっていき、やがては視界全部が真っ暗闇になって……何も見えなくなった。
(――これは、ヤバいかも)
今更ながらに、そう思う。
フミに何かを言ってあげなければと、そう思うのに言葉も出ない。
ぐわんぐわんと響くような、不快な何かが頭の中を埋め尽くして。
そうして――スミカはとうとう、自分の意識さえ手放してしまった。




