14. 金色のカードと〈投資家〉
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「……フミ。その、こういうのは言われたくないかもしれないけれど」
「あ、はい。スミカ姉様。自分でもなんとなくは気づいてました……」
あと1体でもピティを狩れば、スミカも祝福のレベルアップができるというこの状況で。なかなか魔物と出会えずにダンジョン内を歩き回ること20分。
戦闘もせず、ただ肩を並べて歩いていただけに、気づいてしまうことがあった。
――フミの身長が低いのだ。
いや、まあ……。もともとフミの身長は、12歳という年齢を加味してもかなり低めで。多分140cmぐらいしか無かったわけだけれど。
現在のフミは、それよりも更に輪をかけて、明らかに身長が低くなっている。
130cm……。もしかすると、125cmぐらいになっているだろうか。
身長だけで言うなら小学校の2年生ぐらい。つまり、現在のフミは8歳ぐらいの背丈にまで縮んでしまっているように見える。
「やっぱり『若返り』のせいでしょうか……」
「多分そうだろうね」
祝福のレベルアップを経験すると、発生する効果のひとつに『若返り』がある。
この『若返り』効果の大きさは、当事者が得た天職の希少性に応じて決まることが既に判明しているんだけれど。フミが得た『特化職』の場合だと、概ね2歳ほど若返るのが一般的だ。
なのでフミは12歳から10歳頃まで、身体が若返ったことになる。
現在19歳のスミカが、もし今よりも2歳若返ったとしても、見た目にそれほど大きな変化は現れないだろう。
身長はたぶん2~3cm程度しか減らないだろうし、胸やお尻などのサイズに関しても、高校生以降の成長はさして大きなものでもなかったからだ。
けれど――12歳の子が10歳になるとなれば、話は全然違ってくる。
このぐらいの年齢は、毎年の身長の伸びが著しいものだからだ。
たった2年分の若返りでも、10cm以上身長が縮んでしまうというのは、別におかしい話ではない。
「………………」
(うーん……)
押し黙るフミを見ていると、顔に思いっきり『不本意』と書かれていた。
多分、祝福のレベルアップに伴って若返りがあるとは知っていても、背が縮むことまで許容できていたわけじゃないんだろう。
「フミ。ちょっとハグしてもいい?」
「はぐ? ……は、ハグですか⁉」
「あ、ごめんね。嫌だったら無理強いはしないけど」
「いえ! ぜ、全然嫌じゃないので……お願いします!」
「そう?」
フミのすぐ前でしゃがみ込み、そっと彼女の身体を抱きしめる。
身長差が50cm以上になってしまったから、こうでもしないとフミをハグすることさえ難しいのだ。
「うん、いいね。とても幸せな気持ちになる」
「そ、そうですか……?」
「私ね、子供の頃から身長が高くて、男子から『デカ女』って散々バカにされてきたせいなのか、フミみたいに小さくて可愛い子が好きなんだよねえ」
「えっ……。わ、私みたいなのが、ですか?」
「うん。フミはさ、もしかしたら自分の身長が縮んじゃったことが、気に入らないかもしれないけれど。こうなると私は、もっとフミを好きになっちゃうなあ」
まあ実際は身長の大小に拘らず、スミカは相手が女の子でありさえすれば、わりと誰でも好きになってしまう性分ではあるんだけれど。
けれども今の――更にひとまわり小さくなってしまったフミが、可愛くて愛しくてしかないというのもまた、偽らざるスミカの本心ではある。
「…………スミカ姉様が気に入ってくださるなら。小さい自分というのも、これはこれで好きになれそうな気がしますね」
とりあえずフミはそう告げると、普段の彼女らしい表情に戻ってくれた。
別に彼女の機嫌を取るために告げた言葉、というわけでもなかったんだけれど。結果的にフミの心がポジティブになれたなら、それは嬉しいことだ。
「それにしても、魔物がいませんね……」
「うーん、とりあえずあと1体は早く狩っておきたいんだけどなあ……」
戦闘もなくダンジョンを歩き回ること、そろそろ25分。
やっぱり『あと1体』と求める気持ちが、物欲――ならぬ魔物欲センサーを反応させてしまっているんだろうか……。
とはいえ、フミと会話しながらダンジョンを動き回る分には、どれだけ時間が掛かろうとも全く苦ではなく、楽しく過ごせるのも事実。
もしこれが単身での探索だったなら、精神的にキツかっただろうけれどね。
「あっ……。や、やっといました。3体です」
「おおー、本当に会わなかったなあ……」
結局、フミが再び魔物の存在を察知したのは、彼女が祝福のレベルアップを経験してから40分は経とうかという頃だった。
戦闘に備えて、背伸びをしてスミカが身体を解していると。そんなスミカよりも数歩先に、フミが歩み出る。
「よろしければ試し切りをさせて貰えませんか?」
「おっ、じゃあ私はゆっくりしようかな」
今まではピティの攻撃を回避することに専念して戦っていたわけだけれど。フミの手に魔物に有効な武器がある今となっては、もう待ちの姿勢で戦う必要はない。
スミカより5mほど前に進み出たフミが抜剣し、鞘を廊下の端に投げ捨てる。
今は鞘を腰に固定するものがないから、そうするしかないんだろう。
曲がり角の向こう側から、ゆっくりと姿を見せたピティ達。
フミが言っていた通り数は全部で3体。ピティはスミカ達の姿を確認するなり、一目散にこちらへ突進してくる。
まあ、例によって突進とは言っても、足はあんまり速くないんだけれど。
「――やあッ!」
裂帛の気合と共に、フミが3体のピティを迎え撃つ。
まず1体目のピティの眉間に、フミが深々と片手剣を突き立てる。
すぐにピティが光の粒子に変わり、自由に動かせるようになった剣を振り上げ、そのまま2体目のピティを袈裟斬りに。
更には返す刀で3体目も逆袈裟に斬りつけて、あっという間にフミは1人だけでピティの群れを殲滅してしまった。
「おおー……。おみごと!」
「いえ、我ながらだいぶ緩慢とした動きでした。まずはこの剣の扱いに慣れることが必要になりそうです」
即座に称賛したスミカとは対照的に、フミは不満があるようだ。
緩慢とした動きだとフミは言うけれど。今フミがしてみせたのと同じ動きがスミカにできるかと言えば、絶対にノーだ。
充分凄いと思うんだけれど……。
これが得意な刀だったなら、彼女がこれよりも凄い動きをしてみせたと思うと、若干12歳にして末恐ろしいものを感じる。
「――おっ」
また今回もドロップは魔石か……と思いながら、さっきまでピティが居た場所に落ちているアイテムを回収していると。
不意に、真っ白で強い光が、スミカの身体から溢れ出た。
「おめでとうございます、スミカ姉様!」
「うん。ありがとね、フミ」
「天職カードはどんなものが浮かんでますか?」
「えっと、ちょっと待ってね……」
スミカの目の前には、明らかに目立つ、浮遊するカードが1枚。
それはキラキラと金色に輝く、明らかに特別感のあるカードだった。
カードの中央には〈投資家〉という文字が日本語で記されている。おそらくはこれが、このカードを選んだ時に得られる天職の名前なんだろう。
「なんか〈投資家〉って書いてあるんだけど、何コレ……」
「と、投資家、ですか? カードに書いてある天職名がですか?」
「うん……」
思わずスミカは、そして少し後ろに控えているフミも首を傾げてしまう。
いや、もちろん〈投資家〉という言葉が示すものの意味は判るよ?
判るけれど……。それが一体、魔物の掃討にどう役立つって言うんだ……。
「……他にカードは無いんでしょうか?」
流石にフミも、魔物と戦うための天職に〈投資家〉っていうのは、ちょっとどうかと思ったんだろう。
そう訊いてくる時点で彼女の気持ちが透けて見えるような気がした。
「困ったことに、これ1枚だけなんだよね……」
「選択の余地は無い感じですか……」
「……ねえ、フミ。もし私もフミと同じぐらい小さくなっちゃっても、私のことを嫌いにならないでいてくれるかな?」
「え? は、はい。それはもちろん、絶対に嫌いになったりはしませんが」
「じゃあ――もし私の身体が『魔物』になっちゃっても、同じことは言える?」
「へっ……?」
スミカが問いかけた言葉の意味が判らなかったらしく、フミはたっぷり数秒ほど不思議そうに首を傾げていたんだけれど。
けれども――やがて、はっとしたような表情をしてみせた。
「も、もしかして、今スミカ姉様の目の前にあるカードって……!」
「……金色なんだなあ、これが……」
金色のカードは、得られる天職が『異端職』であることを示している。
『異端職』は全部で5種類ある天職のカテゴリのうち、もっとも希少なもの。
なので当然、天職を得た際に発生する若返りの効果も、その希少性に見合うだけの非常に大きなものとなる。
それこそ、天職を得たことで更にひと回り小さくなってしまった現在のフミと、同じぐらいの体躯になってしまうことだって、決して有り得ない話ではないのだ。
そして、なんと言っても一番の問題は――『異端職』を得ると身体が『魔物』になってしまうということ。
これは仮免許の講義で、講師の清水から聞かされた話の中にあったものだ。
確か……変化するのは『人型』の魔物に限られるという話だったけれど。
変化候補の中にゴブリンやオークが入っている時点で……正直このカードを選ぶのは、かなり怖いところがある。
「スミカ姉様」
「うん」
「たとえスミカ姉様がどんな姿になっても、私がスミカ姉様をお慕いする気持ちに変わりはありません。――そのことだけは、はっきりとお約束できます」
「あ、そう? ならいいや」
フミの言葉に背中を押されて、スミカは躊躇なく金色のカードを選び取る。
とりあえずフミが嫌わないでいてくれるなら、自分の身体がどんなことになってしまっても、受け入れられると思ったからだ。
もちろん、天職カードを選ばずに諦めるという選択肢も、あるにはあるんだろうけれど。そうしてしまうと、今後フミと一緒にダンジョン探索ができなくなる。
――それは嫌だな、という思いが決め手になった。




