13. 〈剣士〉フミ
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それからもダンジョン内を探索し、精力的にピティ狩りを続けた。
今日は高頻度でフミが察知してくれるお陰で、魔物を探し回る時間が殆ど要らなくて、連戦を繰り返すことができている。
お昼休憩までに、今日の討伐ノルマである65体のうち、7~8割ぐらい終えられれば嬉しいかなと考えていたんだけれど。
実際には午前の10時にもなる前に、ノルマ達成まであと3体、というところまで迫ることができていた。
「こういう時こそ焦らないようにしなきゃだね」
「そうですね。心が浮ついている時が一番危ないです」
スミカの言葉に、フミも同意してくれる。
ピティ相手だって、油断をすれば怪我をすることは有り得るのだ。
「フミ、ちょっとあっちに向かっても良い?」
「あ、はい」
基本的にはフミが気配を察知した魔物を狩ることだけを考えて、ダンジョン内を適当に動いているわけだけれど。都合よく採取オーブが近くにある時ぐらいは、なるべく回収するようにしている。
今回も、角をひとつ曲がった先にあることが判っているから。少しだけスミカが先導して移動し、台座に乗った大きな水晶玉――採取オーブを発見した。
「あれだけ好き勝手に動き回っているのに……。現在位置をちゃんと把握しているスミカ姉様は、本当に凄いと思います」
「何度でも言うけど、見えてもいない魔物に気づくフミのほうが凄いからね?」
祝福のレベルアップで得た天職によっては、付近の魔物を探知する異能やスキルが手に入ることもあると、そう聞いたことがあるけれど。
フミに同じことができるのは、純粋に彼女自身が持つ能力なんだから凄い。
とりあえず褒め合いもそこそこに、2人で採取オーブのほうに向き直る。
フミと一緒に水晶玉の中に手を差し込み、中からアイテムを引き抜いた。
出てきたのは、30cmほどの長さがある真っ赤な丸太。
まあ丸太と言っても、太さは5cmぐらいなんだれど。
「おっ。これは確か500円で買い取って貰えたやつだね」
「500円は普通に嬉しい収入ですね」
こんな長さも太さも微妙な丸太が、一体何の役に立つんだろう。
それなりの値段で買い取ってくれるのは嬉しいけれど。どこに金銭価値が見出されている品なのか、ちょっと不思議にも思う。
「ステータスカードがあれば、そういうのが判るようになるそうですよ」
そのことを告げると、フミがそう教えてくれた。
「そうなの?」
「はい。ダンジョンで手に入れたものだけに限られますが、用途が判らない物品にステータスカードを接触させると、そのアイテムの詳細が判るんだとか」
「へー」
そういう機能は、ちょっと面白そうだなと思う。
もしかすると、魔石が『水に浸した状態で圧力を加えると熱を発する』という事実も、ステータスカードのその機能で判明した情報だったりするんだろうか。
以前にテレビで見た情報によると、ただ水に浸したり圧力を掛けただけだと全く反応せず、両方の条件が同時に満たされない限り一切発熱しないらしいから。この事実をどうして発見できた人がいたのか、不思議には思っていたんだよね。
「ちなみにこの赤い樹木は、香木としての価値があるそうです」
「えっ。それは、どうやって知ったの」
「実は昨日の時点で同じことを思ったので、スマホで調べました」
「ああ……なるほど」
確かに、利用者が多い白鬚東アパートの第1階層で拾えるアイテムの詳細ぐらいなら、別にステータスカードがなくともスマホで簡単に調べられそうだ。
試しに丸太の端を嗅いでみると、そのままでもカラメルのように香ばしくて甘い匂いがした。
香木らしくちゃんと焚いたら、もっと濃厚に香りが出るんだろうか。だとしたら好き嫌いが結構分かれそうだなとも思う。
ああ――好き嫌いが分かれるからこそ、500円という査定なのかな?
香木ってことになると、これだけ大きいサイズなのに500円というのは、かなり低価値に見られてるってことだと思うし。
「――スミカ姉様」
「お、何体?」
「3体です。ラッキーですね」
多分あと3体で祝福のレベルアップが発生するはずだから、フミの言う通り非常に好都合だ。
フミに導かれながらダンジョン内を進むと、通路の角を曲がったところで3体のピティと相対する。
こちらより多い3体が相手なので、壁を背にして戦うリスクは冒さない。
普通にピティの跳躍攻撃を3回ずつ回避して、自傷ダメージで討伐する。
これまでに何戦も繰り返して完全に慣れたので、ただの流れ作業だ。
「わっ」
3体のピティ達の体が、光の粒子に変わって数秒ほど経つと。
真っ白な強い光が、フミの身体から一瞬だけ溢れた。
これは『祝福のレベルアップ』が発生したことを示すものだ。
光が溢れたのはフミだけで――スミカの身体に同じ効果が現れる様子はない。
同じタイミングで自身もレベルアップすると思っていただけに、思わずスミカは困惑してしまう。
(――まあ、今は自分のことは忘れて、素直にフミをお祝いしよう)
すぐにスミカは、そう気持ちを切り替えた。
もしかしたら必ずピティ100体でレベルアップするわけじゃなく、人によって多少の誤差があるのかもしれないしね。
「カードが4枚、浮かんでいます……」
スミカの目からは何も見えないけれど。当事者のフミには、目の前に4枚の天職カードが浮遊する光景が見えているらしい。
その中から好きなものを1枚だけを選び、天職を手にすることができる筈だ。
「希望に合う天職はありそう?」
「はい。ちょうど良さそうなのがあります」
フミが何かに手を伸ばし、摘み摂るような仕草をすると。
数秒後にフミの身体から――今度は白ではなく、青色の光が溢れた。
天職カードと同じ色の光だろうか。青色だから『特化職』なのかな?
「――わ、本当に出た」
光が収まったあと、フミが手元に青色のカードを取り出す。
カード自体はスミカにも見えるけれど、その表面には殆ど何も書かれていないように見える。おそらくはこれが、彼女のステータスカードなんだろう。
「天職は何にしたの?」
「〈剣士〉にしました。刀剣類なら何でも扱えそうな気がするので」
「なるほど、いいね」
ほどなく――今度は穏やかな光に包まれて、フミの目の前に『武器』が現れる。
鞘に入った片手剣だ。なるほど〈剣士〉らしい武器だと納得する。
「できれば日本刀のような武器だと嬉しかったんですが……」
鞘から抜いてみながら、少し残念そうな声でフミがそうつぶやく。
明らかに西洋の剣っぽい品なので、刀のような反りはない。また、そもそも両刃の剣という時点で、刀とは全然別物だろう。
「こういう剣だと扱えない?」
「扱えない、ということはないですね。鍛錬には木刀だけでなく竹刀を使うこともあるんですが、あれは殆ど直剣みたいなものですし」
「なるほど、言われてみればそうかも」
試しにフミが、両手で西洋剣を持って構えてみると。もともとフミの為に作られた件であるかのように、彼女に似合っている武器のように見えた。
多分サイズ的には片手剣で合っていると思うんだけれど。フミの場合は体も手も小さいので、両手持ちでも問題なく使用できそうだ。
「――あれ? そういえば、スミカ姉様はレベルアップしなかったんですか?」
「しなかったね。私もフミと同じ量の魔力を獲得してる筈なんだけどなあ……」
スミカの言葉を受けて、フミはちょっと考えるような仕草をしてみせて。
それから、あっ、と何かに気づいたように声を上げてみせた。
「もしかしたら――昨晩のアレが原因ではないでしょうか?」
「アレ?」
「ゴムボールです」
「――ああ!」
そこまで言われて、ようやくスミカも理解する。
祝福のレベルアップに必要な魔力が足りていない原因、それが昨晩の夕食として食べたすき焼きにあることに、今更気づいたからだ。
すき焼きはピティの肉を使った『鶏すき』風のものだったわけだけれど。
2kg分のピティの肉が格納されたゴムボール状の膜、あれを開封する際には、魔力を『1』点消費する必要があるのだ。
つまりスミカは、これまでに100体のピティを討伐したことで『100』の魔力を貯めたつもりでいたけれど。
それとは別に『1』を消費していたわけだから、実際には『99』しか魔力を貯めれていなかったわけだ。
――これでは、祝福のレベルアップが発生しないのも当然だろう。
「とりあえず、急いであと1体討伐しましょう」
「そうだね……」
フミと共にダンジョン内を歩いて、ピティを探し回る。
けれども何故か――こういう時に限って、なかなか見つからないのだった。
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□冷泉フミ - 〈剣士〉Lv.1
[筋力]:11+1 [強靱]:10 [敏捷]:12+1
[知恵]: 8 [魅力]: 7 [幸運]:10
(※プラス分は天職とレベルアップによる補正値)
12歳→10歳。140cm→126cm。色味薄めの茶髪→色濃い黒髪。
低身長。ショートボブ(『おかっぱ』に近い)の剣士少女。
どこか動物じみた能力を持っており、スキルや異能とは関係なしに
周囲の気配を探ったり、自身の危機を察知したりすることができる。
また、他者が自身に向ける好意・悪意を感覚的に判別できるため、
相手が持つ好悪と、同じだけの好悪を自分も抱いて他者と接する。
このため(同性愛者なせいで)最初から大量に好意を向けてくるスミカを
不思議に思いつつも、フミもまた同じだけの好意を持って接している。
刀剣類しか扱えないため、遠距離戦ができない。
特化職のためレベルの成長はやや早め。
能力値は全体的に高め。特に身体能力値と幸運に優れる。




