12. なんだか調子が良いような、悪いような
敢えて壁を背にして陣取り、迫りくるピティの攻撃をステップで回避。
そうすることで、攻撃を避けられたピティがまず顔面から壁に激突。続けて腹から地面に激突――と、2連続でダメージを負わせることができる。
大抵の生物がそうであるように、ピティは顔が、というより頭部が弱点なので、壁に激突させるダメージは非常に大きい。
連続でダメージを受けたピティは、すぐに光の粒子へと姿を変えた。
「相手がこちらと同数以下なら、このほうが楽そうですね」
「そうだね」
フミが告げた言葉に、スミカも同意する。
逆に言えば、こちらよりも魔物の数のほうが多い時には、壁を背にするのはリスクが大きく、やめておいたほうが良さそうだ。
咄嗟にバックステップが踏めなくなるのは、ちょっと怖いしね。
「スミカ姉様、右側に2体です」
「オッケー、行こう行こう」
第1階層に侵入すると同時に1戦を終えたスミカ達は、そのまま積極的にピティの狩猟を始める。
フミが気配を察知してくれるので、魔物を探し回る手間があまり掛けなくて済むのが、本当に有難い。
「私としては地図をちゃんと把握してくださっているスミカ姉様のほうが、ずっと凄いと思うのですが……」
助かっていることをフミに告げると、逆にそう言い返されてしまった。
フミが言うには、魔物の気配だけ探れても、それを頼りに動き回ればすぐに迷うことになるから。好き勝手に動いても現在位置をちゃんと把握しておいてくれる、スミカの存在のほうが有難いらしい。
地図の記憶と把握ぐらいなら、別にスミカじゃなくてもできることだとは思うけれど。とはいえ少しでも役に立てているなら、それは嬉しいことだ。
「それにしても――早く武器が欲しいですね。待ちの姿勢は性に合いません」
「おしゃべりしながらなんて、余裕あるねえ」
愚痴を漏らすフミは今、3体のピティの攻撃を回避している最中だ。
試しに1人で3体を相手にさせて下さいと言われたので、スミカは少し下がって手を出さずに観戦しているんだけれど。軽々と魔物をいなすフミは、実際にとても余裕そうに見えた。
「まあでも、気持ちは判るよ。やっぱり武器欲しいよねえ」
「お金に余裕があれば、掃討者ギルドの売店で買うんですが……」
世の中には『祝福のレベルアップ』を経験した時点で、すっぱり掃討者を辞めてしまう人が結構いる。なので掃討者ギルドでは引退者を相手に『ダンジョン産』として扱われる武器の買取を行っているわけだけれど。
買い取った武器はギルド内の売店で販売が行われているので、希望者は購入することができる。
流石に剣や槍のような刃物は、掃討者の本免許を持っていないと購入できないけれど。棍棒やハンマーなら仮免許でも購入や所有が可能だ。
最弱の魔物であるピティは、武器さえあれば楽勝で狩り放題らしいから。わざわざ回避して倒すのが面倒な人は、武器を購入してレベルをさっさと『1』まで上げることも少なくないらしい。
「でも、どうせ無料で手に入るものを、お金を出して買うのもねえ……」
「そうなんですよねえ……」
祝福のレベルアップを経験すれば、ダンジョン産の武器が1つ無料で手に入る。
どうせ近いうちに手に入るものを、ちょっと楽をするために買うというのには。どうしても抵抗感を覚えるというのが、正直なところだった。
「あ、また3体います」
「いいペースだね」
祝福のレベルアップのためには、魔力を『100』貯める必要がある。
ピティから得られる魔力は1体につき『1』なので、累計で100体討伐すれば良いわけだ。
昨日のうちに35体討伐しているので、今日のノルマは残り65体。
「よっと」
攻撃を3度回避したことで、自傷したピティたちが光の粒子へと変わる。
そのあとには、黄色い水晶のような物体――ピティの魔石が2個落ちていた。
「なんだか調子が良いような、悪いような」
「うーん……」
フミが漏らしたつぶやきには、スミカも苦笑するしかない。
今回の探索では、戦闘が終わる度にフミが察知できる範囲内に別のピティたちが存在していることが多く、連戦続きで順調に狩りを行うことができている。
なにしろ、まだ1時間ぐらいしか経っていないのに、もう30体はピティを討伐できているのだ。昨日の倍以上のペースが出せていて、今日のノルマがもう半分は消化できそうというところまで来ている。
けれども、その一方で。金銭的な稼ぎはあまり良くなさそうに思える。
ドロップアイテムが全然出ていない――というわけではない。概ね2体討伐する毎に1個はアイテムが落ちているので、収集個数自体は悪くないんだけれど。
問題は、拾えているアイテムの殆どが『ピティの魔石』ということだ。
ピティのドロップアイテムは3種類ある。ゴムボール状の膜に包まれた『ピティの肉』、温かそうだけれど手触りは微妙な『ピティの毛皮』、そして黄色い水晶のような『ピティの魔石』の3つだ。
ダンジョンの受付窓口に持ち込めば、肉は600円で、毛皮は300円で買い取ってくれるんだけれど。一方で魔石は200円にしかならず、最も安い。
現在までに収集したアイテムは、肉が1つ、毛皮が1枚、そして魔石が13個。
全部で16個もドロップアイテムが拾えているというのに、合計で3500円分にしかならない。1人あたりなら1750円だ。
もちろん時給として考えれば充分ではあるんだけれど――。
沢山の魔物を狩れていて、アイテムの出も良いだけに。ちょっと解せない気分になるのもまた、正直なところではあった。
「……まあ、荷物にはならないし、今日の目的はレベルアップだと割り切ろう」
「そうですね……。そうします」
幸いというべきか、ゴムボール状の膜に入った肉や厚みのある毛皮に較べると、魔石は嵩張らないという利点だけはある。
すぐにリュックサックが一杯になって、受付窓口までアイテムを売りに戻る必要が出るよりは、却ってこのほうが良いのかもしれなかった。
「……そういえば、魔石って窓口で買い取って貰えますけど。一体どういうことに使うものなんですか?」
肉は食べられるし、毛皮は鞣せば様々なことに使える。
けれど、魔石は水晶に似た石ではあるけれど、宝石と違って別に綺麗というわけでもない。
ぱっと見では使い道が判らないので、フミが疑問を抱くのももっともだろう。
「魔石はね、水に浸した状態で圧力を加えると、熱を発するんだ」
「熱を……?」
「うん。だから判りやすいところだと、発電とかに使われるみたい」
二酸化炭素を出さず、厄介な廃棄物が出ることもなく、タービンを効率よく回すことができるから。魔石は完全なクリーンエネルギー源だと言える。
圧力を加えても充分な量の水に浸していない限り発熱しないので、取り扱う上での危険も殆ど無い。中身が一杯で、ぎゅうぎゅうに圧力が掛かったバッグに詰めて掃討者が持ち帰っても安全だ。
しかも、世界にダンジョンが存在する限りは、枯渇の心配もない。
これほど有用な資源なんだから、自力での資源確保に難を持つ日本では当然、国が積極的に買取を行っている。
「わ、夢のようなアイテムなんですね。――それなのに、買取価格が安いというのは、なんだか納得がいかないような気もしますが」
「ピティの魔石は価値が低いからね……」
魔石の価値は、それを落とす『魔物のレベル』に影響される。
レベルが1の魔物なら『ランク1の魔石』を、レベルが10の魔物なら『ランク10の魔石』を落とすわけだ。
そして高ランクの魔石ほど熱エネルギーを効率よく、そして大量に取り出すことが可能らしい。
ピティの魔物としてのレベルは『1』。
なので落とす魔石は『ランク1の魔石』かと言うと――実はそうじゃない。
ピティが落とす魔石は、あくまでも『ピティの魔石』。これはランク1の魔石の5分の1さえ熱エネルギーを生み出すことができないクズ魔石だ。
一応200円で買い取っては貰えるけれど、これは初心者に対する国からの支援ということで、かろうじてこの買取価格が維持されているだけなんだとか。




