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冬ごもり1

 翌日から、冬ごもりがやってきた。

 戦闘の疲れからか、アーサーは一日ベッドから起き上がらなかった。もちろん私も。

 通常の時ならそんなにのんびりとする時間の余裕はないだろうけれど、冬ごもりの時期は特別なのだろう。


 アーサーは甘えるように私に頭をこすりつけて、「愛している」と繰り返す。

 ベラが様子を見に来てくれて、仕方なく食事を持ってきてくれるように頼んだ。

 食事トレイを寝室に持ち込んで、二人でだらだらと過ごした。


「着替えて皆さんに会いに行きませんか?」

「いいんだ。冬ごもりはブランカと二人で過ごすって決めていたから」


 そう言ってアーサーは少年のように笑った。


「ずっと夢だったんだ。大切な人と冬ごもりを一緒に過ごすことが。今僕は、夢を叶えているんだよ」

「夢……ですか?」

「うん。今君が一緒にいることが……僕にはどうしようもなく、嬉しいことなんだ」


 照れるようにそう言うと、私を抱きしめて、口付けをする。


「愛してる」


 私はアーサーとこうして過ごすことが、少しも嫌じゃない。浴びるような愛情を受けて、嬉しくないわけがない。


 彼の圧倒的な愛情の理由が分からない。それでも愛されてることをもう疑ってはいない。

 何より、アーサーという存在は、私の心の何もかもを掴み取り奪ってしまうのだ。


 闇夜に輝く星のような存在感は魔光にとても似ている。精霊の国からやってきたようなどこか儚い美しい容姿は、それでも誰よりも逞しく屈強だ。時に死を司る神のように冷徹な表情を落としながらも、普段の彼は、明るく優しい素朴な少年の顔で笑う。


 アンバランスなその全てから目が離せない。

 こんな人には出逢ったことがない。きっと簡単には見つけることも出来ないくらい稀有な存在なんだろうと思う。


 そして、なにより、誰より強い魔物を倒す唯一の戦士。

 彼が背負っているものも、抱えている感情もあまりに計り知れない。その片鱗を感じるだけで、私は泣きそうな感情で溢れてしまう。


 もう、私の心の中は、アーサーでいっぱいだ。








 翌日も同じように過ごした。こんな怠惰が許されるなんて。冬ごもり凄い。そんなことを思っている私の気持ちを知ってか知らずか、アーサーはへにゃりとした幸せそうな笑みを浮かべて「幸せだ」と呟く。


(……本当に幸せ、なのかしら)


 そんなことを思ってしまう私は妻失格なのかもしれない。


「やりたかったことなどないですか?折角の機会ですし」

「そうだね……ブランカは?」

「私は何をしていても楽しいですよ。ここでの生活は初めてのことばかりですし」

「そうか、良かった」


 アーサーは少し考えてから遠慮がちに言った。


「良かったらなんだけど……夢を叶えてもらえないかな」

「なんでしょう?」

「膝枕」

「え?」

「膝枕をしてもらいたい……」

「えっと」

「駄目かな?」

「だ、駄目じゃないです!やったことがなくて」

「もちろん僕もだよ」


 二人で照れながらそんなやり取りをしてから、ベッドに座る私の膝に彼は頭を乗せた。しばらく話しているうちに眠ってしまった。

 今は私の膝の上で、アーサーは安らかに眠っている。美しい銀糸のような彼の髪をそっと撫でると、サラサラとした髪は触れる度に窓からの光で輝く。


「……ブランカ」


 アーサーは呟くと私の体に頭を寄せる。どうやら寝言のようだ。


 不思議なことだけど……アーサーは私を必要としている。それを毎日ただ実感する。

 私に向けられる、偽りない笑顔。紡がれる誠実な愛の言葉。強く優しく、妻も民も守ろうとしてくれる、領主の心を持つ人。

 そうして……無邪気な程に寄せられる信頼。彼はいつでも私を抱きしめると、体から緊張を抜く。ほっと安堵し、安らいでくれる。


(……好きにならない方がおかしいわ)


 こんなにも純粋な愛情のようなものを、人から向けられたことなんてない。必要としてくれる人さえいなかった。居場所なんてなかったのに。


 泣きそうになるほど嬉しい。だけど、哀しい。

 この人が私を好きになったのは、きっと、ただ通りすがりに祈りの言葉を掛けられたから。誰よりも強いこの人は、領民を背負うように一人戦って生きて来たんだろう。だからこそたぶん、今では聞きなれない祈りの言葉が彼の心に響いてしまったんだ。見知らぬ少女の言葉に縋るほど……神経を張り詰めて生きてきたんだろうか。


 討伐から帰ってくるたびに見るアーサーの姿を思い出す。

 死神のようで。けれど自身も死に近い存在のようで。


 私が居なかったらアーサーはどうなっていたのかしら。一人で耐えて生きていけたのかしら。いつか限界が来たのではないのかしら。私がいても限界が来るのではないのかしら。


 ……私はずっと嫌な予感に囚われている。


 この世界の魔物への脅威は、彼や……領主の血筋のものだけに任せていていいの?もう、限界が来ているのではないの?だって……アーサーの精神は……こんなにも疲弊している。


 考えすぎなのかもしれない。

 けれど、細く儚い光を掴むように私を愛してくれた……この孤独な戦士のことを想うと、愛しくて哀しくて、苦しくて、言葉にならない想いが胸から溢れそうになるのだ。







 冬ごもりに入ってから、アーサーはにこにことよく笑う。

 彼は私を抱きしめながら、いろんな話をした。


「あるよ。僕にだって苦手なものは」

「本当ですか?」

「南国のフルーツは苦手なものが多いな」

「まぁ……」

「王都では人気だろう?王宮に招かれるたびに出てくるから困る」

「代わりに食べたいくらいです」

「ふふ、僕のものなら何でも君にあげるよ」

「……私もですよ」

「ん?」

「私にあげられるものならなんでも差し上げますから……」

「……」

「一人だなんて思わないでくださいね」

「幸せで死にそう」

「死なないでくださいませ」


 ずっと笑顔だったから。

 私は少し油断していたのかもしれない。

 このまま冬ごもりが、穏やかに過ぎると思っていたのだ。


 毎日笑顔で楽しそうにしていたのに。

 二週間を過ぎた頃から、笑顔が陰り出した。

 アーサーは私から離れ一人過ごす時間が増えて行き、仕事をしているときもあったけれど、無表情に窓の外を眺める時間も多かった。

 まるで心がここにないようだった。心が遠い戦地にあるような。

 話しかけるとぎこちなく笑顔を浮かべ、優しく私に語り掛ける。無理してでもそうしようと努めているように。


 一言で言うと、とてもショックだった。

 アーサーには初日から無条件で愛されてきたのだ。何もしてないのに、無償の愛を与えてくれた。それは最初から分不相応のものだったのに、愚かなことに私はそれに慣れてしまっていた。

 無意識にでも、好きになっても大丈夫だと思ったんだろう。あっという間に恋に落ちた。夫を心から愛し、大切だと思っていた。


 まさか……すっかり心を許した後で、彼の気持ちが移ろうと想像していなかった。

 私は馬鹿だ。少し考えれば分かることだったのに。だって、あまりにもまっすぐな愛情を注いでくれていたから……。


 冬ごもりの間、魔物との討伐は行われない。

 そうして、穏やかな時間の中で、お互いを知る時間を初めて持てた。

 一緒に戦うという、祈りの言葉に価値が無くなるこの時期、ありのままの、何も持たない女である私に初めて向き合ったのかもしれない。彼が求めるような伴侶ではなかったのかもしれない。それはそうだろう。強く賢く優しい、どんな人でも求められるはずの彼が選ぶのは、本来私のような女ではないはずだ。


(早合点はいけないわ……)


 心を落ち着かせて、慎重に、アーサーに話しかける。


「アーサー。話してくれませんか?どんなお話でも私は聞きます」


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― 新着の感想 ―
 短編がとても好みでして連載版を愉しみにし、ここまで追いかけて参りました。 >(早合点はいけないわ……)  この一言、佳きです♢  短編の時には全くなかったのですが、連載版ではブランカさんに苛立ちを感…
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