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冬支度

 毎年この時期は、女たちは冬ごもりの支度に励むそうだ。

 第一に重要なのは、外に出られなくなる間の食料だった。準備が欠かせない。


 城の者たちと村人たちに配る乾物を瓶詰にする作業をしながら、女たちのおしゃべりを聞いていた。


「吹雪の間は魔物が出ないんですよ」

「まぁ人も出てないですけどね!」

「その代わりに冬ごもりの前に度々現れますがね」

「ひと月半ほど、皆家からほとんど出られなくなりますが、寂しいことはございませんよ」

「ええ、この城にも使用人のいくらかは残りますし、食べ物も豊富に蓄えてます」

「日頃の仕事から解放される……ちょっとした休暇のように私たちは考えているんですよ」


 女たちは笑い声を響かせる。


「特に……アーサー様にはゆっくり休んでもらわないといけませんからね」

「あんなに私たちのために戦ってくださる方はおりません」

「安らいでもらえるために……私たちは喜んで冬ごもりの準備をするんです」


 不思議だな、と思う。

 アーサーは、ここでは民に慕われているようで、恐れられている様子がないのだ。

 騎士である父を見て育った私ですら、討伐後のアーサーを怖いと思ったのに……。


「魔物はね、とても大きいらしいんです。背丈も私たちの倍以上!」

「ベアよりもずっと恐ろしいらしいですよ」

「防壁がありますからね。そうそう人が襲われることはありませんよ」

「山からは降りてきますけどね。大丈夫です!ホワイトヒルの騎士団はとても強い!」

「アーサー様に倒せなかった魔物などおりませんから!」

「御領主様の血なのです。お父様もお強かった」

「戦士10人でも倒せない魔物を、お一人で倒せてしまうのですよ」


 そう、すごいのね、そんな相槌を打ちながら考える。

 それは強すぎるのではないかしら。

 魔物の恐ろしさを知っているからこその、盲目的なまでの民の信頼があるのだろうか。


 私は想像する。

 領民たちの期待を背負いながら、決して負けられない戦いを、物心ついてからずっとしているアーサーの姿を。

 悪魔のように豹変しながら。守るための戦いを強いられている。

 そうして彼は、縋るように愛をささやくのだ。良く知りもしない妻に、心の安静を求めるように。


 アーサーは……彼の心は、何を感じて求めているのだろう。







「冬ごもりの支度をしてくれているんだってね」

「はい」


 夜になり、寝室で二人きりになると、アーサーは毎夜私を抱きしめる。

 毎晩、夫婦の営みがあるわけじゃない。アーサーはむしろ、私をか弱い女性だと思い、気遣ってくれている。髪を撫で、時に頬に口づけを落とし、二人きりで他愛もない話をするのだ。


「私をホワイトヒルの一員として受け入れてくれて……みなさん良くしてくださってます」

「そうか。不自由はないかい?」

「はい」


 この地に来て、居心地の悪い思いをしたことはない。

 王都ではずっと寄る辺なく生きてきたのに。まるでここで生まれ育ったかのように、まわりが私の存在を受け入れてくれていた。


 それはアーサーも変わらない。

 アーサーが私を求めて、愛してくれているからこそ、領民にも受け入れられているんだろう。


「吹雪の季節だけはね、自然には太刀打ちが出来ないんだ」


 アーサーが穏やかな瞳で語る。


「命がけで魔物と戦うことは出来るのに、吹雪にはね、戦うことも出来ないんだよ」


 彼の低い声が、とても心地良いと感じる。私は彼の声が好きだ。


「子供の頃から、冬になるとこの屋敷の中から吹雪を見続けた。屋敷に閉じ込められていると、時折、世界には自分一人しかいないのだと、不思議な錯覚に陥るんだ」


 孤独を映す彼の瞳。

 アーサーはいつだって孤高の戦士のようだ。


「だけど……」


 アーサーは甘やかに笑うと、私をぎゅっと抱きしめる。


「今年は、奥さんと一緒だ!」

「あ、あの……」

「新婚だからね。蜜月を過ごすと言ってある。誰も、僕たちが二人きりで過ごすのを邪魔することはないよ」

「えっと……楽しみにされてますか?」

「もちろん!ああ、だけど、無理させることなんて何もしないよ。君にもやりたいことがあったら一緒にやろう。なんでも言って欲しい。僕は君の嫌がることなんて何もしないよ」


 何から何まで本気で言っているらしいアーサーに恥ずかしくなってしまう。これではまるで愛され新妻のようだ。まるでじゃないのだろうけれど。


「ゆっくり……お休み出来るといいですね。私にも何でも言ってくださいね」

「ありがとう。奥さん。君の為に……僕は頑張れるよ」

「……」


 自然に出てくる彼の台詞に、反射的に声をかけてあげたくなるのはなぜだろう。

 喉元まで出かかる言葉は、『頑張り過ぎないで』だ。

 せめて冬の間だけでも。

 穏やかに過ごしてもらいたいな、と思う。


「あの……アーサー」

「なんだい?」

「では冬ごもりの間に、私に魔物について教えてもらえませんか?」

「魔物?」

「はい。私が知っていた方がいいことを……」

「そうだね。君に怖い思いはさせたくないのだけど」


 アーサーは私の肩を抱きながら言う。


「少しずつ、君にも知ってもらうよ。魔物討伐は、この地に紡がれた、宿命と悲願なんだ。そして君も、領主の妻として語られる一人になるだろうから」


 宿命と悲願……。

 驚く私の額に口づけを落とし、アーサーは微笑んだ。


「怖がらないで。僕が必ず守るから。安心して。今日はもう寝よう。いい夢を、ブランカ」








 雪が降り出して、少しずつ積もり始めた。

 空を舞う白い雪を輝かせる魔光の輝きも幻想的だった。


(この城の一番美しい時期は冬なのね……)


 広がる森を覆う白い雪。精霊のように輝く青白い光。繊細な絵筆で描かれた美しい絵画のような情景があまりに美しくて、自分がこの場所にいることが不思議に思えてしまう。


 まもなく冬ごもりが始まるだろう、そう言われていた時、また魔物が山から下りて来たとの知らせが届いた。


「すぐに戻ってくるよ。大丈夫いつものことだ。心配しないで待って居て欲しい」


 アーサーは優しい笑顔でそう言うと団員たちと馬で駆け出した。


 曇り空から世界を冷たく閉ざすように白い雪が降り注ぐ日々。

 この天候での討伐が困難なものになることは想像出来た。アーサーはきっと、いつものことのように自分の身を削るように戦っているんだろう。






 心配で食が細くなっていた私に、執事長のウィリアムが言った。


「心配いりませんよ」

「ウィリアム……」

「私は先々代の御領主様からお仕えしていますが、アーサー様が討伐を失敗したことはありません」


 先々代……ずいぶん昔のことだろう。ウィリアムはもう引退も近い歳のようにも見える。


「討伐のことは心配しておりませんが、私たちはアーサー様のお心をずっと案じて来ました。お小さい頃から見守ってきたのです。民のために尽くされる姿はご立派でした。そして心配でした。この方はいつ心安らげるのだろうか、お疲れは取れているのだろうかと」


 ウィリアムは優し気に私を見つめて言う。


「どうか、お元気な姿で、アーサー様を迎えてください」

「ウィリアム……」


 私が感じていたのと同じようなことをウィリアムも……いや、領民たちも思っていたのかもしれない。






 四日後、戻って来た団員たちに大きな怪我はなかった。


 雪の降る中、団員たちの最後にアーサーは一人で馬を歩かせている。

 彼は前回と同じように、険しい表情をして神経を張り詰めているようだった。悪魔のような形相。彼の精神はそんなに簡単に戦いの場からは戻って来られないんだろう。それほどまでに過酷な戦いをしているのだ。

 私に気付くとじっと見つめてから、一度視線を落として考えるようにしてから静かに言った。


「……ただいま」


 優しく声を掛けようと……そう彼が務めているのを感じられた。

 彼の心遣いにほっとする。人に戻ってくれたような気がするのだ。きっとそれはとても優しいアーサーだからこそ。


「おかえりなさい……旦那様。お帰りをお待ちしておりました」


 心を込めて、笑顔で私はそう言った。


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