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【完結】あやかしに売られた『身代わり花嫁』は、愛されすぎて今日も死ねない  作者: 六花きい
第二章:ハレの煉獄

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12. その弟、腹黒につき


「遅い! どれだけ待たせりゃ気がすむんだ!?」


 まったくロクにお使いもできないのかと、激怒する豆千代。

 ずっと台所で待っていた風を装っているが、肩に()()()がついている。


「水際に、は、生えていた、ゼェゼェ、柳がとても風情があって、綺麗だったの、ゴホ、だが……」

「お、お前はどれだけ体力がないんだ!?」


 そんなことを言われても、重い天秤棒を担いで歩いたのだ。

 これが精いっぱいだと膝に手をつき、千歳は息を切らした。


「豆千代の、肩の上に、ゴホゴホ、や、()()()が乗って……!!」

「なんだとっ!? あ、お前これただの草の葉じゃないか!! 嘘つきめ、さては気付いてたなッ!?」


 慌てふためいて素直なことだ。

 憎まれ口を叩きつつ、案じてくれたのだろう。


 水場について行ったのがバレていたと気付き、早く米を炊けと顔を真っ赤にして騒ぎたてる姿が可愛らしい。


 米を数回といで火にかけて火吹き竹で風を送ると、ボッと音がして火が強くなった。

 しばらくして木製の釜蓋がわずかに持ち上がり、ぷくぷくと音を立て、隙間から泡が吹きこぼれる。


「いい匂いだなぁ」


 米が炊き上がる匂いに食欲をそそられる。

 いてもたってもいられず、ぺこぺこのお腹を押さえた千歳に、「お前の分は一番最後に残ったやつだ」と豆千代から大威張りで告げられた。


「御飯は偉い順だ! 自分の番がくるまで食べるなよ!!」

「ん……でも炊き立ての米を食べるのは、生まれて初めてかもしれない」


 前世はともかく、今世では釜にこびりついた前日の冷飯ばかりで、しかも満足に食べられなかった。


 松五郎にもらった握り飯が今の人生で一番美味しかったかもしれない。

 美味そうだと、なおも呟く千歳の痩せた身体と荒れた手を見て、豆千代は途端に黙りこくってしまった。


「ねぇねぇ、なに騒いでるの?」


 するともう一匹、豆千代より一回り小さい子どもがトコトコと千歳のもとに走ってくる。

 こちらも炊事係なのだろう。豆千代と同じ割烹着を着ていた。


「わぁ、人間の子だ。はじめまして弟の豆太です」


 お尻から尻尾を生やした豆狸。千歳はササッと姿勢を正し、「今日からこちらで働くことになった千歳と申します」と礼儀正しく自己紹介をする。


 胡散臭げに視線を送る豆千代を、余計なこと言うんじゃないぞと睨みつけている。途端に「水が足りない」と弟の豆太が騒ぎ出した。


「お兄ちゃん、僕、案内がてら千歳と水を汲みに行ってくるよ」


 空の水桶を一つ掴むなり千歳の手を引っ張って、「こっちこっち」と外に出る。

 人懐こい性格のようで、一緒について来てくれるようだ。


「千歳はどこから来たの? 本土から?」

「はい。船から落ちて、辿り着いたのがこの島です」

「へぇ、それは大変だったね! で、どうだった? 御守様に会ったんでしょ?」

「そうですね。今朝方、お会いして……」

「僕、まだ一度も会ったことないんだ。いいなぁ」


 湧き水は、ひたすらまっ直ぐ行った先の岩場ではなかったのか。

 豆太は千歳の手を引き、何故か右へと曲がる。


「湧き水を汲むのでは?」

「ん――、さっき主様が祓ってくれたから、井戸が使えるようになったんだよ。今から行くのは一番近い古井戸だよ」


 弾むように可愛らしい幼子の声。

 だがつなぐ手に力が入り、進む足が速くなる。


 そのまま屋敷の奥へ、奥へ……。


「ホラ、あそこだよ! 井戸水の汲み方は分かるでしょ?」


 僕はここで待ってるね!


 楽し気に水桶を手渡され、苔むした古井戸を示される。

 先程、湧き水を汲んだ際も黒い(もや)を見掛けた。だがその時とは比べ物にならないほどの濃い瘴気が古井戸を覆っている。


 人間同様、すべてのあやかしに瘴気が見えるわけではない。

 もしかして、まだ幼い豆太には見えていないのだろうかと、千歳は目を眇めた。


「……ここの瘴気は、当主様が祓ってくださったのですね?」

「そうだよ! ああそうか、普通の人間には瘴気が見えないから、心配になっちゃうよね」


 でも大丈夫だよ……と話す豆太の足元に、井戸から黒い(もや)が伸びてくる。

 下がらせないと危ないなと思った瞬間、豆太がスッと足を引いた。


 それから、ぴょこんと少し離れた場所に移動する。


 ……黒い(もや)が、届かない場所へと。


「……ッ」

「どうしたの? 早く汲まないと、お兄ちゃんが待ちくたびれちゃうよ?」


 小首を傾げ、早く早くと急かす豆太。


 土間にあった大きな水桶は、確かに二つ。

 古びた(かまど)の中で橙色の炎が揺らめき、汁物の鍋が乗っていた。


 憎まれ口を叩くが、結局心配になって千歳を追いかけて来た豆千代は、単純明快。

 腹芸ができるタイプではなく、また真面目そうなので、火が残った(かまど)を無人で放置することもなさそうだ。


 ――最初から、土間にいたのだな。


 着いて早々、御守様にお目通りが叶った千歳が気に食わず、瘴気のせいにして葬り去るつもりだったのだろう。


 幼く見えても、そこはあやかし。

 一見無害そうに見えて、実は危険な者も多い。

 だからこそ油断できず、だからこそ面白いのだ。

 千歳は前世で(くろつち)家を束ねていた時に常々そう思っていた。


 人間が瘴気に触れればたちまち侵食され、最後には腐り落ちて死んでいく。

 分かっていながら愚かなことをと独り言ち、豆太から水桶を受け取ると、そのまま瘴気溢れる古井戸に向かって歩き出した。


 本気で害するつもりがないなら、ここで引き留めるはず。

 だが豆太は自分だけ安全な場所に陣取り、微笑みながら千歳の一挙一動を眺めている。


 これは確実に確信犯だ。

 やれやれと溜息を吐き、少し脅かしてやるかと一歩前に踏み出した。


「きゃああ、豆太様、ネズミ! ネズミがいます!!」


 悲鳴を上げるなり、ぽ――んと水桶を放り投げ、古井戸に放り込みざま豆太の元へと駆けていく。


 少し瘴気が溢れるだろうが、守りながら逃げれば差し支えない。


 ――そう、思っていたのだが。


 手から離れた水桶が吸い込まれるなり、古井戸から黒い靄がブワッと空高く吹き出した。






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