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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第1章【暁紅の侵攻】

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第60話「朝の訪れ」

「日が昇ってきたので、もう幻影蝶は狩れませんね」


 両腕に蝶を抱えて帰ってきたレティは、そう言って酷使した腰を伸ばした。

 作業台に積まれ続ける蝶の解体に精神を向けていた俺は半分くらい聞き逃し、顔を上げて首を傾げる。


「なんか言ったか?」

「もう幻影蝶のポップ時間が終わりましたねって」


 東の木々の向こう側を指さし、そこから差し込む白い光を浴びながらレティが言う。

 もう夜が明けたのかと愕然としつつ立ち上がると、凝り固まった肩がボキボキと音を鳴らす。

 そんなところまで再現しなくても良いのに。


「トーカさんたちもそのうち戻ってくると思います。それが最終便ですよ」

「そうか。終わりが見えるだけでも精神衛生に良い……」


 レアポップのエネミーとはいえ、戦闘に特化した三人が勢いを付けて狩り続けているのだ。

 解体難易度が高いことを差し引いても、純粋にマンパワーが足りなさすぎて作業が追いつかないでいた。


「え、でも昼は昼で相手がいるんですよ?」

「え? あ、そういえば……」


 ほっと胸をなで下ろしていると、レティが言う。

 そういえば、昼間は昼間でミカゲが必要としている素材を集めるためにエネミーを狩る予定だったか。

 ということは……


「早めに作業台空けといて下さいね。そのうち地べたにも溢れちゃいますよ」

「そうなるよなぁぁぁああ!」


 では早速行ってきます、と手を上げて森の中へと消えるレティ。

 彼女の背中を目で追いかけながら、俺はまたひたすらナイフを振るう作業へと戻るのだった。


「おつかれさまです」

「トーカか。そっちもおつかれさん」


 作業に戻ってすぐ、レティと入れ替わるようにトーカがキャンプへ戻ってくる。

 彼女がテーブルに並べていく蝶の数に怯えつつも、それを顔に出さないように努めて笑みを浮かべる。


「もう幻影蝶の時間は終わったみたいだな」


 先ほどレティから聞いたばかりのことを伝えると、彼女は頷く。


「はい。それで、幻影蝶の至極鱗粉はどのくらい集まりましたか?」

「そうだな……。今ちょうど15個ある」


 インベントリを確認して伝えると、彼女は悲しそうに目を伏せる。

 目標数には足りないらしいがまだ手を付けていない蝶が山ほどあるのだ。

 もしかしたらこれを全て片付ければ……


「ちなみに必要な数は?」

「30個です」

「今晩も頑張ろうな」


 絶対無理だ。

 そもそものドロップ率が多分一桁台。

 いくら期待値を甘く見積もっても到底届かない。

 打ちひしがれそうになる心を必死に立て直し、自分に言い聞かせる。

 何のために〈野営〉スキルを上げてきたのだ。

 フィールドで長期間の活動ができるのは、むしろ本望ではないか。


「ひ、昼間は何を狩るんだったっけ?」


 どんよりとした空気を振り払おうと強引に話題を変える。

 それを察してくれたのかは定かではないが、彼女は頷くと落ち込んだ雰囲気をするりと落とす。


「日向鳥という、幻影蝶とは違って昼間にだけ現れる原生生物です。影を嫌って日向に現れることから、この名前が付いたとか」

「ほう。それはまた極端な性格をしてるな」


 幻影蝶とは対極に位置するような面白い生態だ。

 日向を好むと言うが、それでは外敵に襲われてしまうのでは?

 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、トーカは唇に指を添えて目を細める。


「日向鳥の翼はとても鮮やかで、光をすごく反射するんです。その反射光を巧みに操って、外敵の目を眩ませるので、幻影蝶と同じかそれ以上に厄介な相手なんですよ」

「器用なことをする。ちゃんと狩れるのか?」

「はい。私の場合は目を閉じて切ればいいだけですので」

「軽く言ってくれるなぁ」


 彼女は簡単そうに言うが、実際にやろうとすると難しいどころの騒ぎではない。

 静止している的であっても、俺は目隠ししたまま切れと言われたら速攻で断る自信がある。


「日向鳥の素材はミカゲが集めてるんだよな」

「うん」

「うわぁあっ!?」


 何気なくトーカに投げた問いかけに、背後から答えが返ってくる。

 飛び上がって振り向くと、忍装束のミカゲが真後ろに立っていた。


「ミ、ミカゲ、あんまりおっさんの心臓をいじめないでくれ」


 バイタルアラートが鳴ったら最悪強制ログアウトだぞ。

 未だバクバクと暴走する心臓を落ち着かせると、ミカゲはしゅんとして肩を縮める。

 そこまで落ち込まなくてもいいのだが……。


「それで、日向鳥のなんてアイテムが必要なんだ?」

「……日向鳥の銀翼」


 言いながらミカゲはテーブルの上に抱えていた幻影蝶たちを置き、その中から一羽の鳥を掴み上げた。

 シングバードより一回り大きな体格で、翼は鮮やかな極彩色をしている。


「こいつが日向鳥か」

「うん。……一羽だけ、見つけたから」


 ミカゲから受け取り、まじまじと見つめる。

 丁度ニワトリくらいの大きさか。

 羽根は硬くゴワゴワとしていて、話の通り朝日を鋭く反射していた。


「この光を操るのか。確かに厄介そうだ」

「そうですかね?」


 目を閉じて切ればいいとか言うサムライ少女が首を傾げるが、それを出来るのは君くらいのものなのだよ。

 同意を求めてミカゲの方へ目を向けると、彼もまた首を傾げていた。


「手裏剣投げれば、簡単」

「ん~~、この似たもの姉弟め」


 チャキッと鮮やかな手つきで取り出したのは、いわゆる棒手裏剣という忍具。

 彼は何気ない様子でおもむろに手を振りかぶり、遠くの木の幹にシュタタッと打ち込む。

 一回しか動いていないのに、幹には五本の手裏剣が刺さっているのだが……?


「なんか、二人ともすごいな」


 二人が実際に戦っているところをしっかりと目の当たりにはしていないから実感が無かったが、バリバリに一線級のプレイヤーじゃないか。

 思わず零れた言葉に、二人は照れた様子で俯く。


「二人くらいの実力者なら、こういうこと言われるのも慣れてるんじゃないのか」

「いえ。私たちはずっと二人パーティで活動していましたから」

「あんまり、他の人と話したことない」


 毛先を指に絡めながらトーカが言い、ミカゲが頷く。

 意外に思ったが、二人でしかパーティを組んでいなかったのなら不思議ではないのかも知れない。


「そ、それじゃあ私はまた狩りに行きますね」

「……僕も」


 気恥ずかしそうに頭を振り、トーカはくるりと背を向ける。

 走り出した姉の後を追ってミカゲも森の影へと消えてしまった。


「……とりあえず、作業を進めるか」


 再び一人になったキャンプを見渡し、俺はまた作業台に向かうのだった。

Tips

◇日向鳥

 サニーバード。極彩色の羽根を持つ中型の鳥類。暗所や閉所を嫌い、樹上などの明るい場所を好む。色鮮やかな羽根は光を強く反射し、翼を巧みに動かすことでその方向を操り外敵の目を眩ませる。


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