第43話「先行投資」
「レッジさん、ここはいったい何のお店なんです?」
ダンディな店主は白い歯をキラリと光らせ不敵な笑みを浮かべていた。
レティは困惑して俺の背中に隠れながら、顔を上げて赤い瞳を向けてくる。
そんな彼女の手を引いて、俺は店内へと足を進める。
「〈野営〉スキルの専門店だ。大通りのカートリッジストアじゃあ売ってないようなテクニックも置いてあるらしい」
「おお……。そんな店があったとは、悔しいですが知りませんでした」
彼女は周囲に並ぶ陳列棚を眺め、そこに置かれた様々な道具類に興味を示す。
「キャンプ道具、ですかね」
「そうだな。組み立て式の携帯コンロ、風防、種々様々な携帯燃料」
その一角は焚き火に使う道具が色々と並ぶコーナーだった。
俺が使っている、サバイバーパックに元から入っていたものよりも性能の良いアイテムがずらりと顔を揃えている。
他にも、ナイフやテント、ペグ、ロープ、寝袋などなど。リアルのアウトドアショップ顔負けの品々が無数に存在する、ロマンという言葉を体現したかのような店内だ。
「それでレッジさんは何を買いに?」
「特に決めてない」
レティの表情が分かりやすいくらいに呆れたものになる。細い眉を上げ、長いウサ耳を立てた。
「俺も何があるかまでは調べてなかったからな。欲しい物が見つかったら買うし、見つからなかったら買わずに帰るさ」
とは言ったものの、買わずに帰るということは無さそうだ。
店に立ち入った瞬間から物欲が強烈に刺激されている。そもそも〈野営〉スキルも随分育ってきたというのに、キャンプセット以外殆どアップデートしていないのだ。懐にも余裕があるし、このあたりでぱっと散財するのも良いだろう。
「レッジさんってお金貯めるの苦手な気がします」
「うぐっ。レティはこういう買い物しないのか?」
「レティは基本、何を買うか決めてから出かけるので。その場で欲しいと思っても、一度お家に帰って考えますね」
彼女の言葉に俺は思わず驚いた。
その場の勢いや雰囲気で、一目惚れとか言って買ってしまいそうな気がしていた。案外冷静というか、理知的なところもあるらしい。
「む、なんだか失礼な事考えてますね?」
「そんなわけないない」
鋭い指摘にぶんぶんと手を振って否定する。
妙に冴えた洞察力を発揮するから、油断ならない。
「そういえばレティも多少〈野営〉スキル上がってるよな。あれはどうするんだ?」
ポッドで〈猛獣の森〉へ降り立った後、スサノオへと向かう道中で彼女もスキルのテクニックを使っていた。その時に多少はレベルも上がっているはずだが、それ以降はあまり使っている様子はない。
そう思って尋ねると、彼女はゆらゆらと首を揺らして淡くはにかんだ。
「レッジさんがいるので、レティは伸ばさなくていいかと思います!」
「ぐぅ。……それもそうか」
もともとレティがサバイバーパックを選んだのも所持限界重量が増加するバックパック目当てだった。
〈野営〉スキル自体、パーティメンバーに一人使える奴がいたら十分なスキルだしな。
そもそもレティは攻撃力特化ビルドという明確な育成方針を持っている。〈野営〉スキルは直接的な戦闘には殆ど関与しないスキルだから、彼女からすればスキル値をその分ロストしてしまうことと同義だ。
「それじゃあ〈野営〉は下げる方向なんだな」
「はい。まあまだ上限値には余裕があるので大丈夫ですけど」
このゲームではスキルというものは無制限にレベルを上げられるというものではない。
一つのスキルのレベルは最大で100まで。更に全てのスキルレベルの合計が1050以内の範囲でしか習得できない。そのため自分のスタイルに合わせた柔軟なビルドは可能だが、全てを一人で完結させる万能なビルドは作れない。
そんなこともあって、自分のスタイルに必要の無いスキルは切り捨てていかねばならないのだった。
「俺は今の合計値は203だな。まだまだ余裕しかない」
「レティなんて129ですよ」
いろいろなスキルに手を出している俺と違って、レティは既にスキルを絞って集中的に育成している。トータルのレベルこそ俺の方が高いが、ビルドとしてのまとまり具合は彼女に軍配が上がるだろう。
「まあスキル構成はいつでも自由にいじれるし、上限が見えてきたくらいから意識すればいいだろ」
スキルレベルの上限に引っかかった場合は、任意のスキルのレベルと引き換えにレベルアップが成される。その設定自体はいつでも変更できるから、ビルドは自由に試行錯誤することができる。
自由度が高くやりこみの余地が多いと言えば聞こえは良いが、それは同時にどこまでも終わりが存在しないという深い沼の存在と一緒なのだ。
「それじゃあ俺はパーティを養うためにも、色々見繕うかね」
「や、養う!? えへへ、そんなレッジさんたら……」
冗談交じりに言いながら陳列台を見て回る。後ろの方でレティがくねくねとしていたが、何を呟いていたのかは声が小さすぎて良く聞こえなかった。
「へえ、解体ナイフも置いてるんだな」
ガラス張りのショーケースに並んで輝くナイフを眺め、思わず感嘆を漏らす。
ナイフは〈解体〉スキルに必要な道具だが、アウトドアアイテムの範疇という判断なのだろうか。
「ボーナスが付いたり、難易度が軽減されたり、制限時間が延びたり、色々あるな」
今使っているナイフは、大通りのショップで買った初心者向けのナイフだ。性能も凡庸で、これと言った特徴も無い。ただただ誰にでも扱える普通のナイフ。
それとは違いここに並ぶ品々は色々な特徴を持っているが、代わりに要求される〈解体〉スキルのレベルも高い。
「とはいえ、俺も結構鍛えてるからなぁ」
レティたちが狩りまくったエネミーを解体し続けた甲斐あって、現在のスキルレベルは35。ぶっちゃけ〈野営〉スキルよりも高い。一番高いのは〈槍術〉スキルだが、それに迫る勢いで次位に続いている。
それだけあれば、いくつかのナイフは十分使用条件を満たせていて、そうなれば物欲が沸々と湧いてくる。
「ぬぅ。ボーナスアップと難易度軽減ならどっちがいいかね」
制限時間延長は、今のところ困ったことが無いから除外。残った二つのパラメータを見比べて唸る。
単純に獲れるアイテムが増えるのは強いが、ルボスを解体したときは結構苦労した。今後もあれくらい難解な赤線を出してくる原生生物がいるのなら、難易度軽減の方がいい気もする。
しかし難易度はスキルレベルを上げれば軽減される反面、ドロップ数を増加させるテクニックのようなものは知らないし……。
「よし」
『――毎度』
俺はディスプレイを操作し、アイテムを購入する。
いつの間にか側に立っていたダンディな店員の声と共に、ショーケースの中のナイフが消えて俺のインベントリへと移った。
「簒奪者のナイフ、か。名前がまあまあ酷い気がするが、まあいい」
結局購入したのはボーナスアップの方だった。
難易度の方は気合いでなんとかなると信じたい。
「他にも面白そうなものがあるな」
新しいナイフを手に入れた俺は、上機嫌のまま店内をふらふらと回遊する。
キャンプのカスタムに使えるアイテムも多いし、興味深い限定カートリッジも目白押しだ。
こうやって見ているとどれもこれも使いたくなってきて、ついつい財布の紐が緩んでしまう。
「……やばい」
だから、気付いたときにはインベントリがパンパンになっていて、財布が軽くなっていたとしても、それは仕方の無いことなのだ。
「これは先行投資。これは先行投資。……後で稼げばおつりが来る。無駄じゃない。無駄じゃない」
念仏のように唱えて自分に言い聞かせ、はっと気が付く。
すっかり自分だけの世界に入り込んでしまって、レティを放ってしまっていた。
「すまんレティ!」
「うふふ、子供は三人ペットは白い犬。にゃんこでもいいですよ……。はっ! ど、どうかしましたか? ってすっごい時間過ぎてます!?」
慌てて彼女の元へ駆け戻ると、レティはきょろきょろと周囲を見渡して驚いていた。
いつの間にか窓からはオレンジ色の光が差し込み、随分と時が流れている。彼女は何かに集中していたらしく、俺が買い物していたのにも気付いていない様子だった。
「いろいろ買ってたら遅くなった。申し訳ない」
「いえ。レティもあんまり実感ないですから大丈夫です」
レティは狐につままれたような顔で頷いた。
用も済んだので〈アルドニーワイルド〉を出て、俺たちは当てもなくふらふらと通りを歩く。
「ありがとう。買い物に付き合ってくれて」
「これでレッジさんが更に強くなってくれるんですから、レティにもお得ですもん」
「戦闘力が上がるわけじゃ無いから、強くなるって言われると素直に頷けないがな……」
「レッジさんは、レティたちとは違った分野で強くなってるんですよ。あんまり目立たないかもですけど」
笑いながら追加された言葉にかっくりと肩を落とす。
まあ、地味なのは重々承知だ。
「でもそのお陰でレティたちは安定した狩りができるんですから。感謝感謝ですよ」
「ありがとう。……これからも張り切って後方支援に徹するよ」
「期待していますね!」
後頭部に手をやりながら言う。
レティは少し前へ出たかと思うとくるりと顔をこちらに向けて、いっぱいの笑みを浮かべた。
西日を浴びてオレンジ色に染まる彼女の毛並みを見て、俺は釣られるように笑う。
「ああ。任せてくれ」
Tips
◇簒奪者のナイフ
刃先が鉤爪のように反ったナイフ。スムーズに解体を行えるよう、形状に多くの工夫が凝らされている。刃は大振りで肉厚だが、先述の鉤爪もあって細かな作業にも問題なく用いることが可能。複雑な形をしているため、メンテナンスが難しい。
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