執事の独白
此処、『至高の頂』はギルドが経営する最高級の宿屋でございます。Bランク以上の優秀な冒険者に対してギルドは様々な優遇処置を行います。例えば提携する武具店や料理店での割引、各種情報料の値引きが挙げられるでしょうか?
このような行為をするのには冒険者の気質が関わってきます。ギルドに加入している7割ほどの冒険者は根なし草で、自由気ままに旅を行うものです。この傾向は高ランクでも変わらず、Sランクで拠点を定めている方は3人しかおりません。それを何とか留めておくためになされるのが各国、各町毎に異なる優遇措置ということになります。優秀な冒険者は街の防衛、貴重な素材の確保等様々な観点から大変な価値があると言えますので、国や街が手放したくないのは当然でしょう。
『至高の頂』もそのような理由で作られたのです。AAランク以上の方が無料で宿泊できる最高級の宿屋。宿泊費が高いので、それ以外の方でいらっしゃるのは貴族や王族、大商人位でしょうか?
ですので、私ジョゼフはアッシュ様が6人ものお客様を引き連れて来られた時、驚愕いたしました。後から聞いたところ彼女らはルーフェリア出身だそうで合点がいきました。アッシュ様の出自と関係が深い国ですからね。そのままこの世界の常識を説明する大役を仰せつかり、部屋に向かうことにしたのです。
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いやはや、あの淑女、レナ様でしたか。彼女を見ていると初めて会った頃のアッシュ様を思い出します。説明が終わるたびに行われる質問、それぞれの仕組みに対する理解の早さ。そしてどことなく似通った顔立ち。
まさか彼女はアッシュ様の…… いえ、止めましょう。くだらない邪推にしか過ぎません。それよりも行うべき仕事は山ほどあります。ちょうど新たなお客様、リルカーナ様がいらっしゃいました。Sランクの冒険者が2人も同時に宿泊なさるとは珍しいこともあったものです。
私はこの宿の執事。お客様が寛げるよう奉公する存在。下らぬ戯れ事を頭から消し去り、誠心誠意リルカーナ様を出迎えなければ……
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アッシュ様がお帰りになられたのは説明が終わってから2時間ほど過ぎた頃でしょうか。麗しい女性2人を両脇に引き連れてのお帰りです。契約精霊のセラ様に30分程前にお出かけになられたリルカーナ様です。セラ様は私めに挨拶をなされると最初から存在していなかったかのように掻き消えてしまいました。実体化を解除したのでしょう。しかし解せません。『至高の頂』の従業員は皆、アッシュ様が契約者だと知っていますのでセラ様を隠す必要はありません。それにアッシュ様はセラ様との食事を大切にしているはずです。
疑問を抱きつつも面に出さず、いつも通りの表情を浮かべる私に、アッシュ様は食事の準備を申しつけるとリルカーナ様と共に左奥へと向かいました。無料で宿泊される方の御部屋は右奥にあり、左奥にあるのはそれ以外の方の御部屋です。つまり御二人は御自身の部屋では無く、ルーフェリアの方々の御部屋に向かったのです。レナ様御一行との話し合いを行うのでしょう。
セラ様の実体化を解いたということは精霊の存在を隠しておきたいのでしょう。アッシュ様の説明の時、きわどい発言をしたような気がしますが問題無いと信じましょう。
リルカーナ様を連れていったのはルーフェリアの方々に、別の視点から助言してもらうためでしょうか? 彼女の観点はアッシュ様とは大分異なりますから有効でしょう。
おっと、いけない。雑念をしている場合ではありませんね。最近仕事中の考え事が増えている気がします。もっと集中しなくては……
さて、食事の準備でしたね。いつでもお出しできるようコックに伝えねば。
私は厨房に向けて歩き出しました……




