亡命の少女
「さて、今日の獲物はどこにいるのかな?」
ハーブ森林……その名の通り多種多様な薬草が採れるその森を、一人の男が歩いていた。黒のコートを羽織り、フードを目深にかぶった男の背には漆黒の大剣がとりつけられている。
「セラ、周囲に反応は?」
と、まるで誰かに話しかけるように男が喋る。すると男の他には誰もいないはずなのに、
「300m先で目標と誰かが闘ってる。馬車もあるし目標に襲われた感じかな?」
と美しい少女の声で答えがどこからか返ってくる。
「そうか…… 下手に強化させてないといいんだが……」
そう呟くと男は走りだした。今日の男の獲物はある厄介な性質を持つ。その性質を知らない者が下手に闘うと、強くなることがあるのだ。まあ、多少強くなっても面倒くさいだけで、男にとっては脅威ではないのだが……
*****
(どうしてこんなことに……)
それが今、少女が抱いている想いだった。
とある魔物に襲われている馬車の中に、2人の少女がいた。一人は黒髪、もう一人は紺の髪をしている。少女たちは二人ともルーフェリア魔導国の貴族だ。いや、だったが正しいか。ルーフェリア魔導国において彼女たちはできそこないの烙印を押され、他国に亡命している最中なのだから。
黒髪の少女は8年前に仲の良かった兄が死んで以来周りからの風当たりが強くなり、命の危険を感じる生活を強いられた。あのまま国にいたら貴族のメンツのために殺されていただろう。
もう一人の少女、アニーは魔力が少ないとされる紺の髪だが両親に疎まれていたわけではない。むしろ彼女の両親は彼女に愛情を持って接していた。そんなアニーがなぜ黒髪の少女と共に亡命しようとするのか?
答えは簡単だ。両親が国に殺されたからだ。彼女の両親は国のヒューマン、魔術至上主義に疑問を抱いていた。そのせいで国家反逆罪にされ、殺されたのだ。アニーの両親は何とか娘だけでもと信頼できる従者と共に彼女を亡命させることにした。その際、アニーの親友であった黒髪の少女も誘われ、彼女が屋敷内で唯一信頼を置いている付き人のカーラも含め、亡命することになった。
途中までは非常に順調だった。アニーの両親が遺してくれた5人の護衛は強く、道中の魔物はあっさりと倒していった。しかし追手を振り切るため、このハーブ森林に入ってしばらく進んだところで事件が起こった。最凶最悪とされる魔物、マナイーターと出くわしてしまったのだ。
ルーフェリア魔導国において、マナイーターは出会ったが最後、死ぬしかないとされる魔物だ。マナイーターは核となる魔石を体内に持つゼリー状の魔物で、ありとあらゆる魔術を吸収し、強くなる。この魔物を倒すには魔素を用いない攻撃で核石を砕くか斬るしか方法が無い。しかしルーフェリア魔導国の人間は魔術至上主義を掲げる余り、攻撃手段のほとんどを魔術に頼っている。その他の攻撃手段も、魔素出来た刃を出力する魔素剣や、魔素の弾丸を放つ魔銃といった魔力を用いて使用する武器である【魔導具】しかない。魔導具が魔素を使用する武器である以上、マナイーターにダメージを与えることはできない。むしろ攻撃に使用した魔素を吸収し、強化されてしまうだろう。
5人いた護衛はすでに3人倒れ、残った2人も傷を負っている。最初の攻撃で馬が負傷したため、ここから逃げることすらできない。護衛2人は落ちていた木の棒で懸命に応戦しているが、不定形魔物の特徴の一つ、物理攻撃無効(弱)のせいで一切ダメージを与えられていない。それどころかマナイーターからの反撃で傷がどんどん増えていく。
「こんな所で死ぬことになるなんてね……」
「まだ死んだわけでは無いのだし、気をしっかり持ちましょう? 生き残る可能性が無くなったわけではないのだから」
外の戦闘を見て悲嘆にくれるアニーを励ます黒髪の少女。しかし現状、彼女たちが生き残る可能性は限りなく零に近かった。今この瞬間、フードをかぶった黒ずくめの男が現れるまでは……
*****
男が戦場にたどり着くと2人の兵士が木の棒で今日の獲物と闘っていた。周囲には兵士と同じ服装をした者が3人倒れており、2人の女性が馬車を守るように立っている。恐らく馬車の中にはまだ守るべき存在がいるのだろう。
だが、男にとってはどうでもいいことだ。いま重要なのは目の前の雑魚を倒すこと。
「さて、仕事を始めるか……」
男はそう呟くと背中の大剣を抜きつつ兵士に声をかける。
「そこの2人、下がってろ! 邪魔だ!」
その言葉に反応し、闘っていた2人がチラリと男を見る。邪魔と言われたことに不満を抱きつつも、このまま闘っても勝ち目が無いのは分かっているため2人はおとなしく後退した。
2人が十分離れたのを見計らい男が大剣を肩に担ぐ。そして……
「じゃあな……」
兵士たちがさんざん苦戦していたマナイーターは一瞬で間合いを詰めた男に核石を斬られ、あっけなく倒された……




