穏やかな日々1
私たちが城にお世話になり始めてから1週間が経ちました。
アニスと私はクーちゃんの助手を、カーラとソフィアはメイドとして、ジョシュアとアンクは兵士として雇ってもらえる事になり、今日が皆初出勤です。
冒険者登録したのがもったいなく思ったんですけど国境を越えるには冒険者になるのが1番楽だったみたいなので通行証代わりの扱いで終わりです。
ちなみに簡単に雇ってもらえたのは兄さんの力と私たちが亡命者で居場所が他にないことが理由です。私たちの中の誰かが裏切ったら連帯責任を負わされるとも言われましたし変な真似はできませんししようとも思いません。
アニスと一緒に城の一角にあるクーちゃんの研究室を訪ねるとクーちゃんのほかにもう1人男の人がいました。
黒髪黒眼で背は170cmくらい、年は兄さんと同じくらいに見えます。
「2人共いらっしゃ~い!! 今日からよろしくね!!」
元気に出迎えてくれるクーちゃんに和んでいると男の人が近付いて来ました。
「あんたたちが新しい助手っすか? 俺はケンジ・ササキ、よろしくお願いするっす」
「初めまして、レナ・ウィンドです。 よろしくお願いします」
「アニス・クーフェよ。 よろしく」
私はクーフェでなくウィンドに家名を変更しました。兄さんが実の妹なんだからウィンドを使えと言ってくれたので。
それにしても変わった名前です。カンナさんみたいに東方諸国出身なのでしょうか?
「ケンジは迷い人なんだよ~。 だから変な知識持っててすっごく役に立つんだ!!」
「変な知識って酷い言い様っすね…… ただの現代知識で俺の世界じゃありふれたものなんすけど……」
クーちゃんの言葉に苦笑いするケンジさん。それより聞いたことが無い単語が。
「迷い人、ですか?」
まさか迷子と言う意味ではないでしょうし一体なんでしょう?
「ああ、迷い人ってのは此処とは違う世界から言葉の通り迷い込んでしまった人の事っす。 大体100~300年に1人ぐらいの割合でいるらしいっすよ。 俺は地球ってところから来たんす。 ちなみに帰る方法はありません、泣きたいことに……」
何処か悲しそうな顔をしながらケンジさんが教えてくれました。ルーフェリアには迷い人の記録がありませんでしたが、何でもギルド加盟国には割とあるようで、ギルドを立ち上げた人の仲間の1人もそうだったらしいです。
他にも東方諸国の建国や、東方諸国の武器である刀の製造方法を教えたのも迷い人らしいです。
それと彼の話によると地球と言う世界には魔術が無く、彼自身一切魔力を持っていないそうです。もしかしたらそのせいで魔術至上主義であるルーフェリアには記録が無かったのかもしれません。そういえば話してくれた後、チートが無いとか……って呟いていましたが何の事でしょう?
「ケンジはリリアちゃんのお店に色んな異世界の服の知識を提供もしているんだよ。 え~っと、確かセーラー、スク水、ナース服とか言ったっけ? 他にも色々あったけど」
「いや、その名前出さないで欲しいっす…… 正直黒歴史なんで、はっちゃけてた苦い思い出なんで……」
「え~、今じゃあリリアちゃん所の人気商品じゃ~ん!!」
クーちゃんとケンジさんで盛り上がっているところに気になったのかアニスが尋ねます。
「リリアって確かリルの妹さんだっけ?」
「うん、そうだよ。 城下町で服屋を経営してるんだ。 裁縫に才能があったみたいだからね。 私たちダークエルフは1芸に秀でているの。 私は魔導具作り、リリアちゃんは裁縫ってね」
「今は俺たち2人で魔力を使わずに使用できる魔導具を研究中なんす。 魔術大国でもあるルーフェリアの知識を2人には存分に発揮して欲しいっす」
「それってやっぱり自分のため?」
アニスが尋ねるとケンジさんは苦笑いをしました。
「まあ、そうなんすけど。 この世界の生活水準って魔術無いと向こうの中世レベルなんすよね。 それに魔術が使えること前提なのが結構あるし、やっぱりあっちの生活と比べると不便で」
「けどこの研究が進めばアッシュお兄ちゃんも魔導具が使えるようになるんだよね。 アッシュお兄ちゃんは魔力はあるけどそれを一部の例外を除いて外に放出できないから今までのは使えなかったし」
セラお姉ちゃん経由でなら使えるけどそれじゃあ不便だしね~、と続けるクーちゃん。
「けど私たちがルーフェリア出身って言っても正直たいして役に立てないと思うわよ。 私たちが手に入れられる知識って2~3世代分古いものだったし」
魔力が少ない事を補うために私もアニスも祖国では魔導具の知識を収集していましたが、所詮貴族の名門の生まれでも魔力の少ない身。最新の情報を手に入れることはできませんでした。
「それでもルーフェリア以外の国じゃあ十分最新なんすよ。 この国はアッシュの兄さんからもたらされた知識があるっすけどそれも8年経った今となっては古い。 他のギルド加盟国はノウハウが圧倒的に劣っている。 それでも一部分では良い勝負ができるのがクーの凄いところなんすけどね」
ダークエルフの才能って理不尽っす、と愚痴をこぼすケンジさん。クーちゃんは常人では思いもよらない発想を次々と出すんだとか。
「ま、とりあえず研究の成果をみせましょうか。 これ、大気中の魔素を取り込んで使用者の魔力を一切使わない着火装置っす。 後2周りほど小さくしたいんすけどね」
そう言ってケンジさんが取りだしたのは短剣ほどの大きさがある長方形の物体でした。
「ライターっていう俺の世界の道具をイメージして作ったんすけどそれよりずっと大きいんすよね。 俺の世界のは片手に収まる程度の大きさっすし」
そう言ってスイッチを押し火を点けるケンジさん。魔力が無くても使える魔導具かぁ……
「一応こんな感じっす。 2人とも今日から一緒に頑張りましょう」
「はい!」
この研究が進めば兄さんの役に立てる。
そう思うとやる気がどんどん出てきます。
私、今日から頑張ります!!




