リル ――絶望と希望――
「美味しかったね、お姉ちゃん」
「そうだね、また来よっか」
食事を終え店から出た私たちは話しながら宿に向かっていた。冒険者を呼び込むためかギルドカードを提示すればデザートのサービスが付いたのが嬉しい。ちゃんとリリアの分も出てきたし得した気分だ。
店から出て少し歩くと最初は元気だったリリアの声に力が無くなってきてなんだか眠そうだ。私もびっくりするほど眠い。
(変だな、疲れてるのかな? 今日大変だったし……)
けどそれを踏まえてもおかしい気もする。早く宿に戻ろう。
「んにゅ……」
そんな事を考えているとリリアがその場に倒れ込みそうになったので慌てて抱える。どうやら完全に寝てしまったようだ。
(おかしいよね、やっぱり。 リリアは普通こんな風に寝たりしないし眠くなるのが早すぎる。 一体……)
けど、私が考えられたのはそこまでだった。次の瞬間には頭に衝撃を受け、私の意識は闇に沈んで行った……
*****
「ここは……?」
気が付いたら真っ暗な牢屋の様な所に入れられていた。すぐ隣にはリリアがいる。
「っ!? これって!!?」
リリアの姿を確認した瞬間血が凍るような思いをした。リリアの首に隷属の首輪が着けられていたのだ。
まさかと思い自分の首に触れてみる。そこにはリリアと同じ物が着けられていた。
隷属の首輪の実物を見たのは初めてだけれど知識はある。エルフは見目が良い者が多いから奴隷として狙われやすいのだ。だから里にいた時にそれがどういうものなのか教わりもした。
(そんな……!? 一体、何で!!?)
余りの状況にパニックになりかける。訳が分からない。試しに魔術を使おうとしても発動しない。聞いていた通りの結果に顔から血の気が引く。
「おう、眼が覚めたか」
呆然としていた私に男が檻を隠す布の一部を捲りながら声をかけてきた。その時一瞬だけど外の様子が見えた。どうやらここは街の外で私たちは馬車の中にいるみたいだ。
男の顔に見覚えがあった。さっきまで食べていたお店のウェイターだ。なんでここに……?
「にしてもラッキーだったぜ。 そろそろ警戒されてきたから別の場所に移ろうとしていた矢先エルフ、それもレアなハイとダークが1人ずつ手に入るんだから。 昇格間違い無しだな!!」
「なんであなたがここに……? あのお店は……」
思わず口から出た言葉に男が笑う。
「あの店はお前みたいな冒険者をしている亜人に当たりをつけて奴隷にする前準備をする場所だよ。 根なし草の冒険者なら急にいなくなっても不審に思われにくいしな。 だから冒険者限定のデザートに無味無臭の薬を混ぜてあるんだ。 お前もBランクなら腕が立つんだろうが楽に不意打ち出来たぜ」
あのおかしな眠気は薬のせいだったんだ。確かに普段だったら不意打ちに気付いてかわせていたはず。
あの店を選んだ自分の選択に後悔する。リリアまで巻き込んでしまうなんて……
この先待ちうけるであろう地獄を思い絶望しそうになる。
「とりあえずルーフェリアに着くまでにモルモットか慰み者になるか選んでおくんだな」
そう告げて男が出ていこうとしたその瞬間、突然馬車が横倒しになった。思わず悲鳴を上げてしまったけれどリリアを抱き寄せたのは我ながらナイスだ。
「くっ!? 一体なんだ!!?」
馬車から這い出して男が叫ぶ。
横倒しになると同時に牢を覆っていた布は散り微塵になり、私にも外の様子が見えた。
そこにいたのは昼、ワイヴァーンを殲滅し、私を助けてくれたあの男の子、アッシュだった……
「なんで……」
呆然としながら呟く。なんで彼がここに……?
しかしアッシュは私の呟きを無視して人攫いの男をきつく睨んでいるように見えた。
「………アって言ったか?」
「何?」
聞き取れなかった人攫いが聞き返す。
「この2人を連れていく先がルーフェリアって言ったのかって聞いているんだ」
アッシュの声は昼に聞いたのとはまるで違う深い憎しみがこもったような声だった。
「それがどうかしたのか? そんな不格好な大剣背負った餓鬼が少し魔術が使えるからって変な正義感出しやがって。 馬車壊されてムカついてるんだ、嬲り殺しにしてやる」
けど人攫いはアッシュをただの子供と思って懐から魔素剣と魔銃を取り出し襲いかかった。
私が知っているそれより遥かに性能が良さそうに見える2つの【魔導具】は、ある程度の実力差なら軽くひっくり返すように思える程だ。
切れ味が良く、防御がほとんど意味をなさない魔素剣、本来連射ができない魔術を疑似的に連射できる魔銃。そんなものを持たれた今の状態じゃあ私では勝てないだろう。
けどアッシュは……
「ああ、加減ができなかったな……」
ワイヴァーンとの戦いで見せた神速ともいえる高速移動。多分それを使ったんだろう。
私が次に見た光景は人攫いの両手両足が宙を舞い、いつの間にか背中の大剣を手に持ち、振り抜いた姿で私の目の前にいるアッシュの姿だった……
*****
「とりあえず助けてくれてありがと」
「別に気にしなくていい。 普段から人攫いは見つけ次第潰しているし今回は相手が相手だったし……」
後始末も終わり、隷属の首輪を壊してくれたアッシュにお礼を言う。今日は助けられてばかりだな~~。
「リルお姉ちゃん、この人誰?」
ああ、リリアは初対面だもんね。
「この人はアッシュ。 昼も危ない所を助けてもらったんだ」
質問に答えるとリリアはふ~ん、と相鎚を打ち、
「初めまして、リリアです。 助けてくれてありがとうございました」
とアッシュに挨拶をした。
その姿を見てアッシュがぽつりと何か呟いた。ルナ……かな?なんだろう?
「昼、俺の力を手に入れたかったのはその子が理由か?」
「え、あ、うん。 ……そうなんだ。 やっぱり教えてもらう事は出来ない? 力不足を今日は痛感してばかりだし……」
今日の事を振り返ると泣きそうになる。昼はワイヴァーンに殺されかけ、夜は奴隷として捕まった。リリアを守ることなんてできていない。
「………明日、10時に南門に来い。 力が欲しいなら」
それだけ言ってアッシュは去っていってしまう。今のってあの力を教えてくれるってこと?
「行っちゃった……」
リリアが驚いたように言う。けど、私の耳には入ってこなかった。
「? どうしたの、お姉ちゃん? なんだか嬉しそうだよ?」
何で急に教える気になったかは分からないけど構うものか。なんとしてでもあの力を手に入れて見せる。今度こそリリアを守るために……




