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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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99.士官の重み

二二〇三年一月二十二日 一四三一 KYT 日本軍立病院


小和泉は痛みにも慣れ、久しぶりの食事を味わっていた。

ベッドを起こされ、甲斐甲斐しく東條寺が小和泉の口へとスプーンを運ぶ。

鈴蘭が私の役目だという視線を東條寺へ強く送るが、東條寺の意識は小和泉にのみ向かい、周囲が見えていなかった。

小和泉にとっては、どちらから受け取っても同じの為、何も言わずされるがままだった。

出された食事は、おかゆのみだった。弱った胃には有り難いのだろうが、小和泉の食欲を満足させることはできなかった。

「肉が食べたいかな。」

「ダメ。腹痛起こす。」

鈴蘭がすかさず返事をする。東條寺に食事当番を取られた分、会話で小和泉とコミュケーションをとろうとしていた。

この様な小和泉にとって幸せな誰も傷つかない攻防戦が、食事を終えるまで続いた。


食事を終え、食器の片づけが終わった瞬間、前触れもなく東條寺が啜り泣き始めた。

和やかだった雰囲気が一気に崩れ、重く湿った空気が場を支配した。

静まり返った病室に東條寺の啜り泣きが響く。

小和泉と鈴蘭は、東條寺が落ち着くのを静かに待った。

そして、数分後に落ち着いた東條寺は、自ら語り出した。

「私が考えた計画では、死者が出ないの。

こんなつもりじゃなかったの。

総司令部が私の計画を書き換えたの。

私が提案しなければ、OTUの人々は死ななかった。

ねぇ、小和泉。

私が、私が、計画立案をしたのが間違いだったの。」

O2作戦の概要は、すでに鈴蘭から小和泉は聞いていた。すぐに東條寺の言いたい事を理解した。

東條寺が化粧で目の隈を誤魔化していることに、小和泉は当初から気づいていた。

精神的に追い詰められていると思ってはいた。身近に弱音を吐く相手がいなかったのだろう。

上官である鹿賀山や菱村には、言いにくかったのであろう。

かと言って、上官としては、部下となる桔梗達には弱みを見せることは軍紀が許さない。

その点、小和泉であれば、冗談も皮肉も軽口も言い合える深い仲に図らずもなっていた。もっともその様な関係になったのは、小和泉の一方的な強烈な愛情表現が切っ掛けだった。

ようやく、心の奥底に溜まっていた想いを吐き出せる相手が目を覚ました。

言葉に出したかった。声に出したかった。気持ちを外に吐き出したかった。

その思いがようやく叶う。

東條寺の心の防波堤は、小和泉の柔和な表情によって一気に決壊した。


小和泉は、東條寺を荒々しく引き寄せ、肩を抱きしめた。さりげなく、鈴蘭も東條寺を小和泉のベッドへと誘導した。小和泉は、自身の予測と違う動きのぎこちなさによって、自分の左手にギブスが巻かれている事に初めて気が付いた。

―そういえば、骨折していたね。―

東條寺の体重が、小和泉の肋骨へと委ねられる。こちらは、コルセットを巻いているだけの様で、容赦なく折れた骨を圧迫し、痛みを思い出させる。

だが、ここで痛いから離れろとは言わないのが小和泉だった。静かに東條寺を受け止めた。

「話を聞くよ。」

小和泉は東條寺の耳へ囁く。吐息が耳をくすぐり、身体をよじるが、小和泉の腕がしっかりと押さえつけ、東條寺は動けなかった。

逃げることを諦めた東條寺は、話を続けた。

「私の考えでは、失神する程度の酸素を送るだけだったの。

それだけで敵を無力化できるし、都市制圧は完遂できた。

でも、総司令部は致死量の酸素を流し込んだ。

どうして殺す必要があるの。同じ人間同士なのよ。

話し合えばいいだけじゃない。なのに、なのに、私は虐殺者になってしまった。

こんな計画なんて、立案しなければ良かった。こんなこと考えなければ良かった。

軍人になんて、ならなければ良かった。」

東條寺が弱音を、そして本音を小和泉に言うのは、初めてだった。いつもは、建前や軍法で自分の心を守ってきた。だが、それも限界だった。

素顔の東條寺がここに居た。

優しくして欲しい。慰めて欲しい。守って欲しい。理解して欲しい。

そんな思いが東條寺の表情に浮かんでいた。


小和泉は、その気持ちを受け止めなかった。逆に拒絶した。

「奏は、僕に人殺しじゃないと慰めて欲しいのだろうね。その気持ちは理解出来るよ。

だが、それは僕が認めない。奏は、人殺しだ。虐殺者だ。

現実は変わらないし、事実を受け入れるべきだよ。

そして、士官の重みを理解するべきだよ。」

「どうして。小和泉なら私の気持ちを理解してくれると思ったのに。」

「僕も人殺しだ。だからこそ、ハッキリ言えるんだよ。軍人になったからには、人殺しになるのは当たり前だよ。その覚悟も無かったのかい。」

「敵は月人よ。人じゃないわ。隣人を探すのが軍人じゃないの。せっかく見つけた隣人なのよ。仲良くするのが当然じゃない。」

「隣人が善人とは限らないよ。OTUの住人は、古き因習に縛られた敵だったよ。実際に拳を交えた僕が言うのだから間違いないよ。」

「それは出会った人が凶暴だっただけでしょ。住民の全てが凶暴である証拠ではないわ。」

「凶暴では無い証拠も無いよ。」

「そんなのは悪魔の証明よ。こんな議論は無意味だわ。」

「だが、OTUの法は『外敵を駆逐せよ。』だよ。それも問答不要でね。どこに話し合いの余地があるのかな。」

「それは事実なの。そんなの、この時代にそぐわないわ。」

「いや、この時代だからこそだよ。月人が来た場合、ドアを無防備に開けた瞬間に負けだよ。同じ人類が来る可能性より月人が来る可能性の方が圧倒的に多いのが現実だよ。実際にKYTに人類が来た事実は無いよ。」

東條寺は、KYTの歴史を思い返した。確かにこの数十年間、月人以外が訪問した事実は無い。だからこそ、OTUの人類との接触に第八大隊は盛り上がったのだ。

東條寺は言葉に詰まってしまった。


「さて、奏は士官学校で何を学んできたのかな。」

小和泉は、論点を切り替えた。東條寺に初心を思い出させるためだ。

「戦略と戦術。補給の重要性。士官としての心構え。他には。」

「そこまででいいよ。戦略って何かな。」

「戦わずして勝つこと。もしくは被害を最小限度に抑えて勝利すること。一言で言えば、作戦。」

「じゃあ、戦術は。」

「戦略を細分化し、前線単位や部隊単位にて最小限度の被害にて勝利する手段。つまり、戦闘。」

「うん、そんな感じだね。最小限度の被害って何かな。」

「自軍の兵士、装備、糧食及び時間を浪費しないこと。…あ。」

「そうだよ。気づいたかい。士官になった時点で人殺しになるしかないんだよ。

例を言えば、最小限の被害、つまり第一小隊を囮にする。そこから数名の戦死者を出すと、決めているのが司令部の士官、参謀だよ。

部隊を指揮する士官も同じさ。死ぬかもしれないが、あの穴へ突入しろ。と命じているよね。

これって、人殺しじゃないのかな。」

東條寺に小和泉の言葉が、一言一句吸い込まれていく。ゆっくりと脳の中で反芻し、単語の意味を一つ一つ理解していく。意味が繋がる都度、東條寺の体が、小刻みに震え始めた。

完全に小和泉の意味を理解した時、震えは、痙攣へと変化していた。


「今まで作戦を立てる時には、モニターに表示される数字しか見ていなかった。その数字が血の通う人間だなんて、一度も考えてなかった。私、私、たくさんの人に死ねという命令を何度も何度も出してる。」

東條寺の声が、哀しみでかすれる。

ようやく、自分が士官として働いてきた事の意味を理解した様だった。

もっとも、士官学校では逆にこの事を気付かせない様に教育していることを小和泉は理解していたが、あえて東條寺に今は教えなかった。

「どうしよう。私、無自覚に人を殺してる。ねぇ、小和泉、私、人殺しだった。今回だけじゃない。ずっと前から人殺しだ。」

「そうだね。日本軍の士官は、全員が人殺しだよ。そこには僕も含まれているし、鹿賀山も当然含まれている。それが軍であり、戦争の実態だよ。端末の数字は、ゲームじゃない。一つの生命だよ。それを理解した上で、僕は命令し、戦っているんだよ。」

「ごめんなさい。私、あなたのこと、理解していなかった。自分のことしか考えていなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

そのまま、東條寺は身体を震わせたまま小和泉に抱きついていた。

足元から崩れ落ちる己の常識という床から落ちない様に必死に小和泉にすがりついた。

小和泉の折れた肋骨がきしむ音が鈴蘭にまで聞こえそうな力だった。

だが、今ここで突き放すような男ではなかった。

小和泉は、自由に動く右手で東條寺の頭を優しく撫でる。

何度も何度も、繰り返し優しく撫でた。

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