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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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96/336

96.長蛇作戦 最後の防人

二二〇三年一月二日 〇六五一 OTU 最下層 医療プラント


小和泉はスライドドアの前に立った。ドアの開閉は、タッチ式の自動扉になっていた。

少しだけドアを開き、中を窺うということは構造上できない。完全に開くしかない。

―様子見はできないのか。さて、何があるかな。何があるかな。―

小和泉は、壁に貼り付き、無造作にタッチスイッチに触れた。

低いモーター音と共にスライドドアは、スムースに開いた。

ただ、それだけだった。防人の攻撃も罠も何も無かった。

―敵の奇襲や罠の可能性を考えていたけど、杞憂でしたか。それとも待ち伏せかな。―

小和泉は、胸ポケットから鏡を出し、壁に隠れたまま、そっと部屋の内部を映し出す。

普段ならガンカメラ等を使用するのだが、装備一式は外壁に置いてきた。

そこは二メートル四方の小部屋だった。右側の壁一面に空気の噴射口が所狭しと並び、左側の壁は全面が金網になっていた。

そして、正面には同じ様なタッチ式のスライドドアがあるだけだった。

小和泉は、この施設を知っていた。

―エアーシャワールームか。ということは、この先はクリーンルームなのかな。ならば、防人が罠を仕掛けることは無いかな。貴重な設備を壊す訳にはいかないよね。あいつらに修理は、できそうにないよね。―

小和泉が安全だと判断し、エアーシャワールームに入室するとドアが閉まった。

「まもなく空気が噴き出します。隅々まで埃を落として下さい。」

女性の声でアナウンスが入った。

合成音声だった。入室と同時に自動的に動作するのだろう。

すぐに勢いよく小和泉の全身をエアーが襲い掛かる。

開いている傷口を強風が容赦なく抉る。止っていた血が再出血する。

強風には、消毒薬の匂いが混じっていた。その消毒薬が小和泉の傷口をさらに痛みつける。

―やれやれ。これは有難迷惑だね。消毒薬が痛すぎるよ。この部屋を設計した奴は、サドの気でもあるのじゃないのかな。―

思わず、愚痴がこぼれた。

千切れた野戦服の切れ端が、金網の奥に吸い込まれていった。

「空気の噴出を終了します。ドアが開きましたら、慌てず先へお進み下さい。」

強風の停止と共にアナウンスが再び入り、対面のスライドドアが開いた。

―さて、敵は居るのかな。―

小和泉は、胸のコンバットナイフを鞘から抜き、慎重に隣の部屋へ進んだ。


中に入ると消毒薬の匂いが、小和泉の鼻を突いた。

白い壁と天井に囲まれた診察室だった。

傍らには、簡易ベッドが置かれ、その周辺には薬品や器具が仕舞い込まれた棚が壁際に並んでいた。

そして、電源の入った旧型コンピュータが載っている机の前に、黒い貫頭衣を着た男が座っていた。そのコンピュータで状況を掴んでいたのであろう。

防人は長髪だったが、この男には髪は一本も無かった。綺麗に剃り上げたのだろうか。頭頂部が照明を反射していた。

男は、床を見つめ、全身脱力し、椅子の背もたれに寄りかかるのが精一杯の様子だった。

未だに小和泉の存在に気が付いていない。

その男からは、敵意どころか生気を全く感じなかった。

この状況を諦め、心の底から絶望していることを感じた。

小和泉は、男以外の脅威となるものを探したが、見つけることはできなかった。

「やぁ。君は誰かな。」

小和泉は、油断せず、男にやさしく話しかけた。

男は、小和泉の存在にようやく気が付いた。

ゆっくりとした動作で顔を上げ、小和泉の姿を捉えた。

男の目の瞳孔が細くなり、正気を取り戻した。

「来たか、死神。」

男は絞り出すように声を発した。三十台半ばだろうか。

今まで見た防人達と違い、戦闘能力は無い様に感じた。いわゆる頭脳労働型の人間の様に見えた。

「君達は、僕を死神と呼んでいたのかい。もしかすると君が防人の長かな。」

「そうだ。皆に長と呼ばれている。防人達を一人で斃す死神め。我を殺めに来たか。良かろう。この魂、持っていけ。我、死神に抗う力は無い。後一月あれば…。」

長は、残念そうに溜息をつき、口を閉じた。

「ふ~ん。一ヶ月で状況が変わるとでも言いたげだね。本当に変わるのかい。」

小和泉は、長の最後の一言に興味を持った。

「隣の部屋で育成中の防人がいる。我の最高傑作だ。奴ならば、死神に勝てたであろう。」

「つまり、君は、医者なのかな。それとも科学者なのかな。あぁ、両方かい。」

「その名や区別は知らぬ。長となる者に受け継がれる御業によるものなり。」

「医術とか治療とか、そんな言葉は聞いたことあるかな。」

「無い。我が駆使するのは御業のみ。御業にて怪我を直し、次の防人を育てるのみ。」

長は、小和泉の質問に淀みなく答えていった。


長を頂点とし、都市を警護する防人、プラントを動かす職人とその家族達でこの都市は構成されていた。人口も千人に満たないという事を聞き出した。というか勝手に話し出した。

医療は廃れ、骨折や切り傷の治療方法のみが継承され、病に関する治療技術は失われた。

隣の部屋にある人工子宮にて遺伝子操作をされた人間が、防人として生まれる。

それ以外には、自然繁殖による人間がこの都市に住んでいる。

失われたのは、医療技術だけでなく、ほとんどの技術が失われ、地下都市のメンテナンスができる者は居ない。奇跡的に動いている最下層の必要最低限のプラントが命綱の様だった。

食料プラントや電源プラントが故障すれば、即座に全滅する状況にまで落ちていた。

この状況でも外へ救助を求めない理由や、日本軍を無条件で攻撃したのは、掟で決まっているという何とも度し難く、単純な理由だった。

OTUの住民は、どの様な理由で定めたか不明な掟を、盲目的に信じ続けていたのだ。その為、この都市は廃れた。

ここまで聞き出すのは、非常に簡単だった。少し質問するだけで、長は素直に全てを話したからだ。これも掟だそうだ。

『死神現れし時、全てを差し出し、受け入れよ。一筋の血脈は残される。』

この一文が、小和泉へ協力的になった理由だそうだ。

そんな昔の誰が決めたか分からぬ掟に、自分の全てを任せることは、小和泉には有り得なかった。

己の力で未来を切り開き、生き延びるものであると教わり、そう信じている。

だが、長が馬鹿らしい掟を信じるがゆえに、小和泉のここでの戦いは終結した。

今は、馬鹿な掟に感謝しても良いのかもしれない。


「聞きたいことは聞けたかな。気になるのは人工子宮と育成中の防人かな。見せてくれるかな。」

「我は全てを受け入れるのみ。死神の望むがままに。」

長は椅子から弱々しく立ち上がると、部屋の奥のスライドドアに向かった。

まったく小和泉を警戒している素振りは無かった。いつでも、一瞬で長の命を奪える程、隙だらけだった。

だが、小和泉は好奇心を優先した。

―僕に勝てる防人か。興味が湧くじゃないか。―

小和泉は、長の後ろを黙って付いて行った。


スライドドアを潜り、入った部屋は小和泉が見慣れた部屋だった。

「促成種の育成筒か。」

地下都市KYTのにある促成種の育成区画と同じだった。もっとも規模は、KYTと比べてかなり小さい。

明るく天井が高い体育館の様な空間には透明の強化プラスチック製の円筒が十個並び、有機的な配線とパイプが育成筒と壁を繋いでいた。

使用されているのは、一番手前の育成筒だけで他の育成筒は待機状態で空だった。

「死神よ。これが人工子宮だ。そして、ここに目覚めを待っているのが、我の最後の子だ。」

長が指差す育成筒の中に人影が見えた。空気マスクを顔面に装備している為、顔つきは分からない。だが、一糸纏わぬ姿で水中に浮かぶ裸体を見れば、少女であることは一目瞭然だった。

少女の体には、打撲痕や縫合痕が幾多もあった。

「最強の防人。修行による怪我の治療中だ。御業と機能回復訓練を行えば、死神に勝てただろう。」

長は愛おしそうに育成筒を撫でる。心から眠る少女を愛しんでいることは、小和泉にも理解できた。

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