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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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89.長蛇作戦 本領発揮

二二〇三年一月一日 二〇一九 OTU下層 交通塔 階段


闇に包まれた階段の踊り場における、静かで激しい攻防は続いていた。

防人がナイフを振るい、小和泉は金芳流空手道を駆使する。

一進一退のせめぎ合いが、繰り広げられていた。

長い攻防により、防人の集中力が散漫になったのか、右手が伸び切り、脇腹をガードしていた左腕が下がった。

瞬間、小和泉の右正拳突きが左脇腹に埋まった。

罠か、フェイントかと小和泉は訝しんだが、己を信じ、隙を突いた。

小和泉の拳に、枯れ木が折れる様な感触が伝わる。小和泉が、肋骨の一番下にある脆い浮遊肋を折った。

防人の体が骨折の痛みで強張り、動きが止まる。

さらに小和泉は、追い打ちを掛けるべき、肘打ちを入れようとした。

だが、小和泉は攻撃を中断し、そのまま防人の背後へと無理やり転がり、足の筋肉が悲鳴を上げる。

小和泉が先程まで居た空間に、防人の貫手が空を切った。対峙していた防人とは違う。

その貫手は、鍛え抜かれた指先だった。

二人目の防人の不意打ちだった。

前兆なぞ、小和泉は一切感じなかった。

ただ、勘が告げた。

―そこは死地。―

根拠の無い勘が、絶好の追撃の機会を捨てた理由だった。

経験則に従った結果、小和泉は危機を脱した。逃げなければ、背中から心臓を抉られていたであろう。即死してもおかしくない攻撃だった。

小和泉は、中段に構え直し、二人に増えた防人を見つめる。

一人目の襲撃者は、ナイフを構え直した。こちらの指先は、常人と変わらない柔軟さで動きそうだった。

二人目の襲撃者は、先の防人の様に指先を極限まで硬く鍛え上げ、貫手に特化していた。

二人とも長髪、素足に黒い貫頭衣だけを着用し、顔は判別できなかった。指先だけが二人を見分ける特徴だった。


どちらも間違いなく手練れであった。足運び、重心移動。どれをとっても常人の体捌きでは無かった。

人畜無害な好青年の表情を貼り付けていた小和泉の顔は、歓喜の感情を深く深く刻み込ませる。

「いい。いいね。この緊張感。一人目が囮となり、その隙に二人目が止めを刺す。最高のコンビネーションじゃないか。鉄狼とは違う恐怖だ。奴らには、戦術や駆け引きが無いからな。素晴らしい。これこそ、真の格闘だ。もっと僕を楽しませてくれ。」

小和泉は、一対二という苦境に追い込まれた。普通の人間であれば、焦燥感や敗北感を味わうのであろうが、小和泉は、逆に戦意が高揚してきた。

そして、傍観者は周囲に誰もいない。普段の柔和な物腰で本性を包む隠す必要も無い。本来の小和泉の性格が、表情と言葉に現れ、達人級の者と戦える喜びに浸っていた。

「さて、今までは、金芳流空手道だったが、今から錺流武術で戦おう。

違いはな、敵を無力化するか、殺すかだ。つまり、全力を出す。簡単に死んでくれるなよ。」

小和泉の顔から笑みが消えた。その表情には何の感情も無く、無表情になった。

今までの戦いの中で見せたことが無い、誰も知らない小和泉だった。

小和泉が言う無力化とは、敵の生死に関わらず、戦闘継続ができない状況にすることだった。

戦意を失わせるも良し、動きを奪うも良し、気絶させるも良し、閉じ込めて戦えなくする事も有りだ。

当り前のことだが、逆に殺すとは、文字通り敵の生命活動を奪うことだ。

小和泉の発する全ての技が、死に繋がっていく。無駄な手数は無く、多少の虚偽を混ぜるが、最少の手数にて死へ導く。死に差があるとすれば、即死か緩やかな死かの違いだけだった。

ちなみに、小和泉は、月人との戦いで本気で戦っていたのは、間違いなかった。

しかし、全力を出したくとも出せなかったのだ。

錺流武術の技は、対人に特化しており、月人には通用しない為だった。

月人の毛皮は、衝撃に対しては硬くなり、打撃を弾いた。

銃剣で刺そうとすれば、毛並みに流され、狙い処に刺すのが難しかった。

どうしても、月人の全身を覆う獣毛の防御力が錺流武術を封じていた。

それゆえに、汎用性がある金芳流空手道の技のみに頼らざるを得なかった。つまり、小和泉の実力を封じられていた。


小和泉は、ふらりとナイフの防人へ間合いを詰めると、防人達の視界から瞬時に消えた。

直後、ナイフの防人は、腹部に強大な衝撃を受けた。

小和泉が、地面スレスレに伏せた姿勢から折れた浮遊肋に右掌底を打ち上げていた。

人間の目は、左右の動きには素早く対応できるが、上下の動きに対応するのは苦手なのだ。その為、小和泉の動きに目がついて来られず、視界から消失した様に感じた。

小和泉は、掌に折れた肋骨を乗せ、内部へ食い込ませた。肋骨は横隔膜を突き破り、肺に突き刺さった。

ナイフの防人は、骨で刺され、内臓を突き破られた衝撃により咽た。

「ガハッ。ゲホ。」

息と同時にどす黒い血を吐く。

「意外と腹筋が厚いな。心臓から逸れてしまったな。だが、肺と大動脈は貫いた。苦しんで死ね。」

ナイフの防人は、地面に丸まり口から血を吐き、むせ続ける。血管から漏れた血が、気管支を逆流し、呼吸がまともにできない。窒息か、失血かで、まもなく死ぬだろう。

貫手の防人が、小和泉の背後より渾身の貫手を放つ。だが、すでにこの技は知っている。

小和泉は軽く、身体を逸らし、防人の手首を左手で軽く掴んだ。

防人の腕が、伸び切ったところで肘関節を右手で上から軽く叩くと、防人の腕は、関節が曲がる通り、くの字型に曲がった。

小和泉は、即座に左手を固定し、右手を下から掌底で防人の肘を叩き上げた。この間、刹那。

枯れ木が折れる乾いた音が階段に響く。

防人の腕は、先程とは逆方向に曲がる。本来とは、曲がるはずが無い方向に腕が垂れ下がる。

肘から白い棒が飛び出し、赤みが強い桃色の繊維でその先がかろうじて繋がっていた。

怪我の見た目は派手だが、出血はほとんど無かった。

「梃子の原理による肘破壊だ。一瞬だっただろ。長年かけて鍛えた腕が、使えなくなった感想はどうだ。さぁ、早く言ってみろ。う~ん。痛くて言えないか。」

小和泉は、激痛に耐える貫手の防人へ、無造作に前蹴りを放った。だが、防人は、小和泉の嫌がらせの蹴りを苦痛に呻きながら避けた。その動きに垂れ下がった腕が、振り子の様に揺れ、今にも千切れそうだった。

だが、防人は戦意を失っていない。長髪で表情は見えないが、殺意を小和泉は感じた。

一方、小和泉の表情は、桔梗ですら見たことが無い程、愉悦に歪んでいた。

人を思い通りに壊す快感に酔い痴れ、冷静さを失っていた。

死にかけの防人と、重傷の防人を目にし、勝利を確信していた。

月人との戦闘では、絶対に見せない慢心と言えた。

「おいおい。僕が聞いてるんだ。何か答えろ。僕をもっと満足させろ。」

実戦における初めての対人戦。そして、本領発揮出来る事に小和泉は、全身を喜びに任せていた。


「外道。殺す。」

貫手の防人が初めて言葉を発した。その声を聞いて、小和泉は意表を突かれた。

「ほう。女か。男ばかりでつまらなかったところだ。これは、ありがたい。」

激痛に耐える防人の声は、うら若い女性の声だった。小和泉は、防人には男しかいないと思っていた。そこに女が現れた。

小和泉にとって、生涯でここまで痛快な戦いは無かった。命の奪い合いを楽しんだ後のご褒美までが用意されている。

小和泉の目的が、即座に切り替わった。

床に蹲り、喘ぎ、酸素を欲し、吐血し続ける、動けない無防備なナイフの防人の胸部を蹴り抜く。刺さっていた骨が、更に奥深く突き刺さる。それは大動脈の破裂を起こした。ナイフの防人は、全身を痙攣させ、口から大量に吐血し、静かになった。

「さて、後はお前だけか。殺し合おうか。」

小和泉は、貫手の防人に対し、無防備に仁王立ちした。

貫手の防人は、右手は力なくダラリと下げたまま腰を落とし、無事である左手をゆっくりと奥まで引いた。

静かに時が流れる。お互いに構えたまま動かない。二人の頭の中で如何に殺すかのシミュレーションが行われていた。

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