83.長蛇作戦 闇の脅威
二二〇三年一月一日 一六二三 OTU 隠し通路
81中隊から選抜された複合装甲を纏った自然種の兵士達は、真っ暗な通路に立っていた。ヘルメットに組み込まれた暗視装置が網膜モニターに通路を映し出す。
幅二メートル、高さ三メートル。壁と床はセラミックスで構成されていた。地下都市KYTの廊下と同じ様な作りだった。通路は真っ直ぐに奥へと向かい、分岐やカーブは無い様だった。
「こちら、第一班。通路に侵入。KYTの廊下と造りが同じだ。ただし、明かりは一切無い。真っ暗だ。入り口からサーチライトで奥まで照らせないか。」
さすがの暗視装置も増幅する光源や熱源等が無ければ、その効果は激減する。
「検討する。その場で警戒せよ。」
「了解。」
突入部隊は、即席編成の為、部隊名は無く、第一班、第二班と呼称することになった。
班の人数も適当だった。八~十二名にて一つの班が構成された。基本的には、同じ分隊や小隊を集める様にしていた。その方が、少しでも連携を取り易いだろうという配慮だった。
「第一班へ。サーチライト設置完了。点灯良いか。」
早急に装甲車から取り外し、手配をしたにもかかわらず、第一班からの返信は無かった。
「第一班、応答せよ。点灯良いか。」
反応は無い。
「第一班、誰か返答せよ。誰でも良い。返答せよ。」
無線にわずかなノイズが流れるだけで返信は無かった。
「次の突入部隊は何班だ。」
「第四班になります。」
「第四班突入用意。サーチライト点灯。第四班突入。」
隠し扉へ架けられた梯子を登り、第四班が隠し通路へ突入する。サーチライトの光を遮らないために通路の中央は空け、壁にへばりつく様に展開した。
「こちら第四班。通路に侵入。前進を開始する。」
「了解。不意打ちに注意せよ。」
「了解。」
第四班は、壁伝いに慎重に前へと進む。通路を五十メートル程、進んだところで廊下に横たわる人影がサーチライトに映し出された。
「全周警戒。負傷者を救助する。」
第四班に緊張感が走る。
恐る恐る横たわる人影に近づく。それは友軍の複合装甲だった。八人の兵士が通路に倒れていた。
「おい、大丈夫か。どこをやられた。」
兵士の一人が声をかけつつ、俯いた兵士を抱え上げた。
複合装甲で増幅された筋力は、軽々と兵士を抱え上げた。その拍子に大量の血液が首筋より通路に流れ落ちた。
兵士は、慌てて床に降ろし傷口を抑える。しかし、抑えた手のひらからは、脈動を感じることは無かった。
「駄目だ。死んでいる。」
装甲が無い咽頭部を横一文字に掻き切られていた。未だに傷口から鮮血が迸る。通路の血の池がどんどん広がっていく。
「そっちはどうだ。」
「駄目だ。生きている奴はいねえ。」
「くそ。第一班の奴ら、全滅してやがる。」
反対方向から第一班の現状確認をしていた兵士が答えた。
「中隊長、第一班全滅。首を一掻きです。進みますか。」
班長が中隊長へ報告を入れるが、返信は無かった。
「こちら第四班。中隊応答せよ。」
帰ってくるのは沈黙とノイズだけだった。
「無線の妨害か。有線の必要があるな。通信線を確保しに一度戻るぞ。」
班長が振り返ると第四班の後衛四人が既に地に伏せていた。
「馬鹿な。分岐も扉も無かったぞ。敵はどこだ。たった五十メートルで戦力半減だと。」
班長は、恐怖の為、四方へアサルトライフルを振り向け、闇へ発砲する。だが、敵影を捉えることは無かった。
「撤収だ。戻るぞ。」
「了解。」
まだ部下が三人いるはずなのに、返事は一つしかなかった。
「まさか。」
サーチライトが映し出す影に気が付いた。
影のせいなのか、やたらと長い手足を持つ人型に背後を取られていた。気配も物音も感じなかった。とっさに脇の間からアサルトライフルを背後へ乱射した。そこで班長の意識は途切れた。
最後に網膜に映ったのは、蜘蛛の様に手足が長いボロをまとった人間だった。
二二〇三年一月一日 一六五一 長蛇トンネル
菱村と副長は、苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。
無線に入ってくるのは、突入部隊と音信不通の連絡だった。電波障害を起こしているのか、通常は表示される兵士のバイタルサインですら、表示されなかった。
「状況を簡潔にまとめてくれ。」
「突入失敗。突入部隊は全滅と思われます。損害は五十二名です。地下都市内部は、電波障害があると考えます。続けられますか。」
「馬鹿言え。こんなことで部下を使い捨てできるわけねえだろ。突入中止。手榴弾を放り込んで扉を閉めちまえ。上手くいけば、敵に損害を与えられるだろう。」
「効果は見込めませんが。」
「何もしないよりはマシだろう。少しは反撃させてやれ。そうでないと兵士どもの怒りが静まらん。」
「了解しました。即座に撤収します。」
「撤収は出来ん。現状待機だ。現状待機であれば、損害は出ないだろう。」
「おそらくは。では、その様に手配を致します。」
「頼む。」
副長が無線機を掴んだ瞬間、聞きなれた信号音が鳴った。
戦闘予報。
攻城戦です。背後からの不意打ちに十分警戒をして下さい。
死傷確率は50%です。
「今頃、戦闘予報か。くそっ。また、死傷確率が三割を超えたか。それに死傷確率が五割だと。全滅じゃねえか。総司令部は、こんな戦闘予報を出すくらいなら、援軍なり攻城兵器なりを寄こしやがれ。」
菱村は、総司令部から音沙汰が無いことに腹が立った。
「仕方ありません。総司令部は、基本的に現場指揮官に作戦行動を一任します。戦闘は、前線で行っているのです。総司令部の作戦室ではありませんから。」
副長が菱村を宥める為に、菱村も理解していることをあえて口に出した。
「そうだったな。ちっ、あのロケットでも手配しやがれ、ちくしょうめぇ。」
「無茶言わないで下さい。あれをここで打ち上げたら、天井に当たって終わりです。洞窟内では運用できません。」
「そんなことは分かってるんだがよ。真横に飛ばすくらいは出来ねえのか。」
「可能でしょうが、効果は半減するのでは無いでしょうか。高高度からの落下速度も加味されての地中貫通弾でしょう。」
「役に立つ武器は無いものかね。」
「それも考えましょう。まずは中止命令を下します。」
副長は、中隊長二人と鹿賀山小隊長へ突入中止の命令を下した。
二二〇三年一月一日 一七〇一 OTU 城壁
「小隊全体へ通達。OTUへの突入中止。隠し扉へ手榴弾を投擲後、閉鎖。現状にて待機だ。だが、我々は扉を発見していない。手榴弾の投擲は無しだ。」
鹿賀山は、大隊司令部より受け取った命令を831小隊全員に命じた。
「8312了解。おやっさん、撤退しないのかぁ。」
小和泉は、残念そうに返信をした。
「8313了解。全周警戒しつつ、待機します。」
井守は、士官らしく明瞭に復唱した。同じ分隊長でも返事一つで性格の差が大きく表れた。
「なぁ、鹿賀山。実はね。隠し扉見つけているんだけど。」
小和泉は、鹿賀山に近づき耳打ちした。それを聞いた鹿賀山は、眉間にしわを寄せた。
心の奥底から湧く感情の整理をつけるのに苦労をしている様だった。
数秒をかけ、心の整理がついたらしい。
「小和泉の事だ。部隊に被害を出さないために沈黙していたのだろう。」
「さすがだね。そうだよ。」
小和泉の軽い返事に鹿賀山の眉間のしわが更に深くなる。
「軍規違反だぞ。命令はOTUへの突入だ。」
「だって、可愛い部下を死なせたくないよ。それに僕以外、扉を探して見つけられなかったのは事実だよ。」
「屁理屈はいい。で、どこだ。」
「上方二メートル、二時方向だよ。」
小和泉が指摘する部分をじっくりみると、確かに周囲の壁と微妙にセラミックの色が違う箇所があった。だが、この暗闇でその色の判別ができる小和泉の夜目の良さに驚いた。
「相変わらず、隠し芸が多い男だな。本気で上を目指したらどうだ。」
「やだよ。頭使いたく無いし。それに月人をおもちゃにする方が楽しいよ。」
「だが、今回はどうする。菱村大隊長ならば、しびれを切らして小和泉に単独突入を命令してくるぞ。勝つ自信、いや生き残る自信はあるのか。」
「さて、敵の姿をまともに見ていないから何ともだね。敵の実力も知らないのに答えなんて出せないよ。今の状況なら、月人より怖い存在だよね。同じ突入するなら、この扉は、使いたくないな。敵が待ち構えているのがハッキリしているからね。」
「ふむ。小和泉の言葉にも一理あるか。ならば、別の入り口を探す必要があるか。」
「単独行動で良いかな。僕一人で探してくるよ。」
「せめて、護衛に菜花をつけた方が良くないか。」
「体術は優れているけど、隠形がイマイチかな。僕一人の方が生還率は高いかな。」
「わかった。無理はするな。」
「じゃ、後でね。」
そう告げると音もなく、小和泉は闇に溶け込んだ。鹿賀山は一度たりとも小和泉から目を離していなかった。だが、現実に目の前から一瞬で消えた。
―俺ですら、小和泉の真の実力を未だに理解していないのか。―
鹿賀山は、小和泉が消えた空間を見つめ続けた。小和泉の全てを未だ知らないことに悲しみを覚えた。




