82.長蛇作戦 狂犬の勘
二二〇三年一月一日 一五五六 OTU
突然の総攻撃の命令は、小和泉の予測の範囲内だった。鹿賀山が率いる831小隊は、城壁へ昇り、地下都市内部へと入る入り口を探していた。他の中隊も同じ様に地下都市へ侵入すべく、入り口を捜索し、壁の薄いところを爆破しようと行動を起こしていた。
現時点では、地下都市へ入る方法は見つかっていなかった。
鹿賀山の8311分隊は隠し扉を探し、小和泉の8312分隊が周辺を警戒し、井守准尉率いる8313分隊が8311分隊を護衛していた。
初陣の時の井守は全くの役立たずであったが、戦場に何度も立つことになり、今では古参兵の雰囲気を纏いつつあった。ようやく、軍人として使い物になりつつあった。しかし、
「井守准尉、肩の力は抜いておこうね。今回は、長丁場になると思うよ。」
小和泉は、井守の気の張り方を見て警告を出した。
「は!大尉殿。肩の力を抜きます。」
小和泉に直接鍛えられた為か、小和泉を心酔している井守は元気溌溂に返事をした。小和泉達の苦笑が小隊無線に漏れる。
「井守准尉、それが小和泉大尉の言う力み過ぎです。普段通りにして下さい。」
珍しく東條寺が小和泉の意見に同調した。普段は、小和泉に何かとあれば反目しているが、さすがに井守の緊張は目に余ったのだろう。
「東條寺少尉、申し訳ありません。ご忠告、ありがとうございます。」
井守は、誰に対しても素直であることが美徳であるが、逆に小心者でもあることが欠点だった。
もっとも、その小心者であることが護衛として十分に今まで機能してきたことも事実であった。井守は、小心者であるがゆえに些細な変化を見逃さず、月人の接近から鹿賀山達を守ってきていた。
そのため、部下も井守の小心ぶりを馬鹿にせず、黙って付いてきていた。
「大尉殿、よろしいでしょうか。」
「うん、何だい。」
「なぜ長丁場になるとお考えなのでしょうか。小官には理解ができません。」
優秀さも愚鈍さも持ち合わせていない平凡な井守には、小和泉の考えが理解できなかった。理解できないならば、即座に確認すれば良い。その割り切りの良さが、井守の長所だった。
そんなところが、小和泉は気に入り、役立たずとして斬り捨てず、何かと気にかけ、そばに置いていた。小和泉は、優秀な人材を集めるのではなく、使える人材を集めることを好んだ。
優秀と使えるでは大きな差がある。いくら優秀な頭脳や肉体を持っていてもこちらの命令に素直に従わない人間や、逆に自己判断で完結し暴走する様な人間はいらない。
凡人であろうとも、それを弁え、己自身の才能の中で最高の能力を発揮しようとする人間が、小和泉の好みだった。井守や東條寺が、その凡人に属するだろう。
「小和泉、俺にも聞かせろ。小隊を預かる者として聞き逃せないな。」
運動神経は凡人だが、頭脳では非才な鹿賀山も井守同様、今回は小和泉の考えを図りかねていた。
皆が同調するかの様に相槌を打つ音が小隊無線に鳴り響いた。
「みんな、怒らないでね。ただの勘。なんだけどね。」
小和泉はあっさりと根拠が無いことを認めた。
「やはりそうか。現在の情報だけでは判断がつかん。で、その勘はどの様に感じている。」
鹿賀山は、何かしらの根拠があるとは全く思っていなかった。予想通りの答えだったことに逆に安心した。
「そうだね。とりあえず、殺しの手口を見ると兵士よりも暗殺者の仕事ぶりだね。となると、索敵は難しいかな。暗殺者は無理無駄な行動は、一切取らないからね。自分が有利になるまでひたすら時期を待つよ。」
「なるほど。敵は有利な状況にならなければ、一切行動をしない。行動をしなければ、こちらが探知できない。だが、隙を作ると確実に屠られる。だから隙は作れない。となると敵は動かない。確かに長丁場になるな。」
「そうそう。そういう事を言いたかったんだよね。さすが鹿賀山だね。愛してるよ。」
「小和泉大尉。士官であれば、もっと威厳ある態度にて発言をし、謹んで下さい。」
東條寺が小和泉の話し方に注意をしてきた。小和泉が東條寺を可愛がる度に小言が増えてきている様な気がした。
小和泉が、東條寺に手を出す前は小言を言うことは無かったのだが。
「奏ちゃん、怒らないでね。僕はギスギスした空気が苦手なんだよ。」
「作戦中です。東條寺か少尉とお呼び下さい。不謹慎です。」
小隊無線に東條寺の照れ隠しの叫びが充満する。ヘルメットの奥で東條寺が赤面していることは、想像に難くなかった。
小和泉へ周囲から視線が集まる。その視線は、二種類だった。
一つは、二人の関係を知る者は、いちゃつくな。
もう一つは、戦場で女を口説くなというものだった。
桔梗達から見れば、どちらも同じ視線であり、いつもの事だった。
「了解。で、隠し扉はあったのかい。」
「いや、見つからないな。考え違いをしているのかもしれない。」
鹿賀山の声に珍しく焦りが混じっていた。
実は、小和泉はすでに隠し扉の場所に目星をつけていた。ただ、指摘をすれば、その扉から攻城戦が始まるのは明白だった。
できれば、その方法は、取りたくなかった。このまま、隠し扉を見つけぬまま、大隊の撤退を望んでいたのだ。
「なぁ、鹿賀山。撤収しないか。悪い予感しかしないんだけど。鹿賀山から大隊長に撤退を具申してくれないかな。」
小和泉は、鹿賀山への直通回線で危惧を伝えた。
「具申するには具体的な理由が必要だ。どんな理由だ。」
「理由は勘なんだけど、駄目かな。」
「それは駄目だな。勘で動く軍隊なぞ聞いたことが無い。もう少し説得できる材料は無いのか。」
「そうだね。このまま地下都市へ侵入したら、被害増大。と言うか、片っ端から兵士が殺されるよ。間違いなく、一方的にね。」
「その根拠は、何だ。」
「敵の戦い方が、暗殺者のやり方だからね。一介の兵士が、敵を発見する前に命を刈られるだろうね。」
「根拠になってないが、菱村少佐なら話だけは聞いてくれるか。わかった。意見具申を上げてみよう。いくら菱村少佐の度量が大きくとも、期待するなよ。」
「了解。よろしくね。」
―さて、打てる手は打ったつもりだけど、最善の手じゃないよなぁ。さて、どうしようかなぁ。―
小和泉は、他の場所で作業をしている中隊を見た。捜索範囲を床から離れ、壁面の上部を見上げていた。
―遅かったか。それならそれで、いいか。さて、おやっさんは、どう判断するかな。―
小和泉は、戦うことには何も疑問は感じていないし、喜びを感じる。ただ、この戦いは面倒になりそうなのが嫌だった。
二二〇三年一月一日 一六一三 長蛇トンネル
菱村と副長は、鹿賀山の意見具申と探索の進行具合を見比べていた。
「さて、副長どうする。鹿賀山からの意見具申に乗りたいのは山々だが、総司令部を説得できる材料はあるか。」
菱村は、装甲車の中で頭を掻きむしりつつ、副長に尋ねた。
「今回の作戦は、近距離のため、有線接続で総司令部にリアルタイムで情報が流れています。撤退の理由をでっち上げるのは無理でしょう。」
「向こうでも状況の解析を行っているわけか。」
「はい。撤退の必要性があれば、総司令部より命令が出るはずです。」
「しかし、総司令部は何も言ってこない。つまり、現状維持が希望か。」
「そうなります。」
「ならば、被害を出さない方法を考えるか。」
「誰か、意見は無いか。」
副長が参謀連を見回す。参謀達は、こめかみに指をあてる者、顎の無精ひげをなでる者、天井のボルトを見つめる者、握りしめた拳を見つめる者など、まともな意見を持つ者が居そうには無かった。
「駄目か。意見無しか。鹿賀山には悪いが撤退案は却下だな。」
「そうなりますか。我々第八大隊の実力を信じるしかないでしょう。」
「だが、狂犬は、その実力が足りないとハッキリと言っているぞ。無策で突入はさせたくない。」
「侵入口が発見された場合、全身を複合装甲で覆っている自然種のみで突入をしましょう。野戦服の上から関節にプロテクターをつけただけの促成種では、不意打ちに耐えられません。」
「だが、複合装甲も可動部には装甲は無いぞ。装甲をつけたら動けんからな。」
「そこしか狙えません。狙う場所さえ最初から目星がつけば。」
「防御もしやすいか。」
菱村も他に手立てが浮かばなかった。
「81中隊より報告。隠し扉発見。通路より二メートルの高さに有り。指示を乞う。以上です。」
通信士が最新情報を報告した。
「やれやれ、どうせなら見つからなければ良かったのだが。見つけてしまったものは仕方ない。複合装甲をつけた自然種のみで突入。敵はバックアタックが得意の様だ。四方八方に気を配れ。味方同士で背を守り、怪しければ容赦なく銃を撃ち込め。突入。」
菱村の命令が下った。中隊の動きが慌ただしくなり、部隊が再編成されていく。同じ様に82中隊も同じ様な位置に隠し扉を発見し、こちらも突入に向け再編成が始まった。
「狂犬の勘よ、外れてくれよ。」
菱村は、静かに重く言葉を吐き出した。




