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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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80/336

80.長蛇作戦 最弱の831小隊

二二〇三年一月一日 一三三二 長蛇トンネル


参謀と中隊長達が議論を重ねるが、結局、答えは何もでないままだった。議論では無く、希望を述べているのに過ぎないからだ。

―やっぱりか。判断材料が無いのに答えが出るわけないよね。―

早くに指揮官の仕事である作戦の立案を放棄した小和泉は、気楽だった。

―おそらく、鹿賀山は強攻偵察を主張するだろうね。そろそろかな。―

鹿賀山と長年付き合ってきた小和泉には、鹿賀山の思考は予測できた。

鹿賀山がおもむろに右手を挙げた。

装甲車の内部の喧騒がようやく止まり、鹿賀山へ視線が集中した。

「本官から提案致します。よろしいでしょうか。」

鹿賀山は、菱村の目をまっすぐに見つめた。菱村は動揺することなく、鹿賀山の冷めた視線を受け止めた。

「遠慮はいらねぇ。階級ならばお前さんは、この中でナンバー2だ。お前の発言を遮ることができる奴は、俺の他にはいねえよ。」

菱村少佐の他にいる佐官は、鹿賀山少佐だけだった。先任は鹿賀山であったが、勲章の保持の差により、菱村が上官となっていた。他の参謀と中隊長は、尉官しかいない。佐官である鹿賀山を正当な理由なく、発言を止めることは出来ない。

だが、第八大隊では新参者である鹿賀山は、古参の兵士を尊重し、極力意見をしない様にしていた。また、鹿賀山が命令口調で話しても問題無いのだが、年長者が多い為、丁寧語を用いる様にしていた。下手に出れば味方になる人間を、わざわざ敵にする必要は無い。それが、賢者の世渡りだと考えていた。

しかし、この浮かれ振りには、水を差す必要性を大いに感じた。


「では、提案をさせていただきます。

結論を申しますと偵察部隊を出します。

現状では、何もかも不明です。虎穴に入り、状況をハッキリさせるべきでしょう。

偵察により、確度の高い情報を持ち帰り、その情報を基に大隊の作戦を立てるべきでしょう。」

鹿賀山は、落ち着いた口調だった。

周囲からどよめきの声と反論する声が聞こえたが、菱村に黙殺された。今は佐官同士の会話であり、尉官が口を挟む余地は無いと判断した。と言うよりも菱村も周囲の浮かれ振りに呆れていたのだ。

「さて、生物が敵対勢力であり、偵察部隊が包囲された場合はどうするんだ。」

菱村が確認をしてくる。菱村には、返ってくる答えは分かっていた。

「偵察部隊毎、攻撃することになります。しかし、敵の文明レベルは低い様に思われますので、戦力で負ける事は無いでしょう。アサルトライフルの出力を下げれば、防御力が無いと思われる敵は貫きますが、味方の複合装甲の表面を焦がす程度で済むでしょう。最小の損害で済むと思われます。」

「やはり、そう考えていたか。だけどな、俺は、損失はゼロにしたい主義なんだわ。複合装甲を装備しない促成種には損害が出るだろう。代案は無いのか。鹿賀山よう。」

「偵察部隊全員に複合装甲を着せるか、複合装甲を着ている自然種のみで編成するという方法もあります。

しかし、これは、大隊長がお気に召さない様ですので、別の方法を提案致します。

大隊による総攻撃は如何でしょうか。」

「どうしても攻撃をしたいのかい。」

菱村が、にやつきながら質問をした。

「私は、強硬派というわけではありません。

ただ、目標の文明レベルが低すぎる為にこの手段しかとりえないと考えております。

文明レベルが違う人間の出会いは、歴史を顧みますと意思の疎通に齟齬が出ます。その齟齬が、悲劇を生み、戦いへ繋がっています。対話による理解は無理でしょう。武力制圧すべきかと思います。」

「そう言う考え方も理解は出来る。それに、話し合えば誰とでも理解出来るという理想論は、俺も大嫌いだ。いくら話しても通じねえ奴は、そこら中にいるしな。

実際に帰月作戦の司令官とは、相互理解って言葉は、月よりも遠かったからな。

そもそも月人と対話ができねえ、という現実が目の前にあるわな。」

「はい、我々は月人の思考や言語を解読できておりません。文明の違いによる戦争を数十年続けております。」

「まぁ、その考え方はお前さんと共有できた訳だが、戦闘はもっと楽な方法がいいねぇ。ふむ。あれだ、あれだ。

特科隊のミサイルは持ってきていねえのか。あれでドカンと一発砦にかまそうや。同じ攻撃をするにしてもこちらに被害が出ねぇ。大穴を開ければ、奥まで火線が簡単に届くしな。」

「さすがに、ミサイルはありません。特科隊解散時に研究所に回収されました。」

鹿賀山の回答に、菱村は髪を掻きながら口を閉ざした。

装甲車の中が、モーター音と呼吸音に占拠された。


菱村の隣で静かに状況を見守っていた副長が、皆を代表するかの様に手を上げた。

「隊長、発言よろしいでしょうか。」

「おう、構わねえぜ。」

「総攻撃をかけるにしても情報が必要です。使える一個小隊を隠密偵察に出す必要はあります。鹿賀山少佐の偵察案は、良いと考えます。」

「で、誰を出すんだ。」

「814小隊が適任かと。」

「理由は。」

「大隊最強の戦力は、小和泉大尉の8312分隊ですが、831小隊として見ますとその経歴上8311と8313分隊の戦闘能力は低く、白兵戦どころか射撃戦も危ういです。単独行動には使えません。自己判断や作戦立案は優秀ですが、それを実行しうる実力が伴いません。」

副長は、鹿賀山と小和泉が実感している事をズバリとついてきた。


「反論の余地が無いね。」

小和泉が鹿賀山へ面白がって囁いた。

「旧特科隊司令部とその護衛が元だ。第八大隊最弱小隊は事実だ。正しい評価を貰えて、逆に安心したよ。」

鹿賀山は、副長の言葉を素直に支持した。

―つまらないな。少しくらい悔しさを見せるかと思ったけど。―

小和泉の目論見は、実現しなかった。


「814小隊であれば、隠密行動や近接戦にも長けており、単独行動で使えます。」

「よし、鹿賀山少佐と副長の意見を採用だな。てめえら814が偵察に行く前提で作戦を組め。いつでも814を救援できることが大前提だ。作戦を組み次第、戦術ネットワークに上げる。それまで小休止を継続だ。副長、それで問題無いか。」

「ありません。」

「では、お疲れさん。狭くてかなわねえ。てめえら、さっさと出てけ。」

菱村らしい解散命令に、全員が即座に敬礼をした。

小和泉を含む中隊長達は、すぐに装甲車を降り、所属部隊へと戻って行った。


二二〇三年一月一日 一三五六 長蛇トンネル


小和泉が装甲車の後席に座り、ヘルメットを脱ぐと桔梗が濡れタオルを差し出してくれた。

タオルはほのかに暖かく、顔や首筋を拭うだけで気分が爽快となった。司令部の男臭さが取れた様な気がした。

「ありがとう。」

感謝の言葉と共に桔梗へとタオルを返した。桔梗は笑顔で受け取った。

「会議の結果は、戦術ネットワークに上がるから待っていてくれるかな。それまで小休止継続だから、ゆっくりしていいよ。僕は仮眠をとるよ。些細なことでも、何かあれば起こしてくれていいからね。」

「了解致しました。」

桔梗が代表して返事をした。小和泉は座席のリクライニングを倒すとすぐに夢の世界へ潜り込んだ。

「相変わらず、隊長の寝入りの良さは凄いな。」

菜花が小和泉の横に座っている特権を利用し、小和泉の頬をつつく。菜花の顔は、作戦行動中にもかかわらず弛み切っていた。

「菜花、気を緩めすぎです。哨戒任務について下さい。」

「了解。」

菜花は、桔梗の注意に素直に応じるかに見えたが、小和泉の頬に口づけしてから任務に戻った。

「菜花、やりすぎ。」

ルームミラーで一部始終を見ていた鈴蘭も注意する。一人だけ小和泉とスキンシップが取れず、やや頬が膨れていた。

「わりい、わりい。ちゃんと仕事に戻る。でも、何で起きねえんだ。隊長の感覚なら寝てても周囲の状況が分かってるんだろう。」

「筋金入りの戦士ですから、害意や恐怖心などの危機感が無い限りは、休息を優先されます。」

「つまり、頭は起きているけど、身体は寝てるわけか。」

「ですから寝かせてあげて下さい。」

「了解。了解。」

その後、戦術ネットワークに作戦がアップロードされるまで、8312分隊の車内に人為的な物音は、気味が悪い程、一切しなかった。

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