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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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79.長蛇作戦 興奮の坩堝

二二〇三年一月一日 一三一二 長蛇トンネル


「副長。何者かの存在は、確認できたのですか。」

大隊司令部の装甲車に集まった中隊長の一人が、質問を副長にぶつけた。これを契機に活発な議論が始まった

「現在、不明である。砦には温感測定による反応がある為、生命体がいることは確認している。しかし、大隊装備の測定器では、それ以上のことは不明だ。」

「敵ですか。」

「こちらの姿は、発見されていないため、戦闘行為は発生していない。それゆえ不明である。なお、斥候隊は、我々の存在を隠すために、長蛇トンネルの出口まで下がらせ、砦の監視をさせている。

では、説明を続ける。

砦は、洞窟の壁からはみ出した様な見た目をしており、三層構造であることは外見から考えられる。だが、実際の内部と見た目が同一である保証は無い。砦が壁内に広がっている事は予測できる。」

「砦の建築材料は何ですか。」

「おそらく、地下都市と同じセラミックスであると思われるが、補修部分は石積みがされている。その点から住民に高等技術が無いか、資源が無いかのどちらかと判断する。」

「では、石積みの部分から一個中隊で攻めれば圧倒できそうですな。ちょうど砦前には平野があるとのこと。兵の展開に問題ないでしょう。」

参謀達と中隊長達の意見交換が始まり、副長は、自身の出番は終わったと判断し、口を閉ざした。


「それは短絡的だろう。敵の規模も戦力もわからない。それに友好的生物かもしれない。もしくは人類の生き残りではないのか。」

「いや、この様な閉鎖空間で水があろうと生き続けるのは難しいだろう。月人である可能性を考えた方が良いのではないだろうか。」

「月人ならば、すでに攻めに来るか。長蛇トンネルを下ってくるかしているだろう。だが、その形跡は無かった。月人ではないと考えるべきだ。」

「生き残った人類と考える方が自然ではないだろうか。砦は、地下都市の一部ではないのか。地方都市にも小型の地下都市が建設され、食料プラントは備えているとも聞くぞ。」

「KYTの近隣の地方都市で十数キロしか離れていないとなるとOTUになりませんか。資料はありますか。」

「資料によりますと、OTUはKYTの東方に建設された地下都市です。収容人員は一万人。食料プラントのみ備えています。設備が最小限度の地下都市です。」

「これは大発見じゃないのか。初めて別の地下都市を発見したんだぞ。」

「と言うことは、方角がハッキリしたという事だ。地図に正しい北を書き込めるな。ならば、同時にOSKの位置も判明したことになる。」

「いやそれだけでは無い。全ての地図が、何かしら使い物になるではないか。」

「つまり、今まで闇雲に網を広げていた哨戒作戦が終わりを告げるのだな。」

「そうだ。方角が分かれば一直線にOSKに向かえる。隣人と合流できるじゃないか。」

「隣人と言えば、目の前のOTUも隣人だぞ。この座標の地上には荒野しかなかった。完全に地中に埋もれていた為、長年発見できなかったのだ。これで数十年ぶりの新しい出会いがあるのだ。歴史的瞬間だぞ。」

装甲車の中は、興奮の坩堝と化していた。


参謀や中隊長の意見交換が活発となると、菱村と副長は、部下達の意見に耳を傾ける事に専念していた。だが、彼らの熱狂的な興奮に飲み込まれる事なく、落ち着いていた。

同じ様に小和泉と鹿賀山も沈黙を保ち、意見に耳を傾けていたが、あまりにも低次元の議論であった為、議論に加わらず、醒めた目で参謀達を見ていた。

菱村、副長、鹿賀山、小和泉の四人は、短絡的思考、もしくは楽観的思考を持ち合わせていなかった。


興奮の高まりも一段落したところで副中隊長の一人が疑問を口にした。

「ところで、戦闘予報が発表されていない様ですが。」

「今の少ない情報量では、戦闘予報を出せるレベルに達していないだろう。情報収集が必要な状況だな。」

「ならば、OTUに出向いて情報交換を行うべきであろう。」

「確かに同じ人間同士、話し合えば、相互理解できるはずだ。」

「月人が、占拠している可能性は無いか。」

「それならば、長蛇トンネルに足跡があるはずだ。しかし、確認できなかった。」

「確かに。あの埃の厚みであれば、数年以上誰も歩いていないことを示しているだろう。」

「船を使って、長蛇水路を行き来していた可能性は無いか。」

「船だと。そんな物は、本官ですら実物を見たことが無い。月人の本拠地である月には水が無い。ならば、船があるはずなかろう。」

「そうだな。貴官の言う通りだ。」

「となると、熱源の正体は人類に間違いなさそうだな。」

「では、誰が使節として赴くかという問題になるのではないか。」

「やはり、外見が重要であろう。柔和で穏やかな好人物に見える者が良いのではないか。」

「おいおい、そんな奴がこの大隊にいるわけ無い。厳めしい古参兵しかおらんぞ。」

第八大隊の中心人物達が、意外にも夢想家であることは、小和泉にとって想像の範囲外だった。


―さて、ほぼ人類で間違いないだろう。だが、彼らの文明レベルを考えると古墳時代に等しいのではないだろうか。外壁の痛んだ箇所をセラミックで補修ができず、自然にある石積みで補修している。映像を見る限り、石は不均等で適当に積み上げただけだ。そのうち自重で崩壊することも素人目に判る。その程度の仕上りだ。となると話し合い以前の問題か。―

鹿賀山は、網膜に映った映像を丹念に解読していく。この映像からどれだけの情報が得られるか、考えをまとめていた。

一方、小和泉はもっと単純明快に考えていた。

―この程度の城壁ならば、単独で侵入可能だね。ならば、こっそりと中に入って、情報を集めてはっきりさせれば良いよね。でも、交渉は面倒だな。皆殺しなら、簡単なんだけど、そんな許可は下りないだろうね。―

小和泉にとって、敵か味方か、生物の正体は何か、などには一切の興味は無かった。立ちはだかる障害物は、粉砕するだけだった。

「小和泉。お前、何も考えていないだろう。」

不意に鹿賀山が小和泉へ耳打ちする。少し吐息が耳にかかり、鹿賀山を気密テントに連れ込みたくなる耐えがたい誘惑を打ち消す為、小和泉は首をすくめた。

「僕は肉体労働専門。頭脳労働は鹿賀山。昔からの分担だろう。鹿賀山の考えに従うよ。」

昂ぶりを抑え込んだ小和泉は、副小隊長の仕事の一部を放棄していることをあっさりと認めた。

「そんなことだろうと思った。ならば、俺一人の考えが、831小隊の総意になってしまうぞ。いいのか。」

「いいよ。鹿賀山が考えたことを実行するよ。それが、鹿賀山が出世できる近道で間違いないよね。」

間髪入れず、小和泉は返事をした。小和泉は自分の出世に興味が無い。だが、小和泉の自由を保障してくれる上官を得るとなると今の日本軍では難しい。

ならば、小和泉の情人の一人でもある鹿賀山が軍の上層部へ昇れば、それだけ小和泉の自由度が上がる可能性が高い。その様に小和泉は、士官学校時代に判断し、今まで実行してきた。そして今の自由がきく立場を勝ち取った。

―でも、案外、菱村のおやっさんならば、僕を自由に使ってくるかもね。―

この言葉は、あえて出さなかった。声に出して、鹿賀山の機嫌を損ねる必要は無い。

仕事は、気持ち良くできるに越したことは無いのだ。

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