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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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78/336

78.長蛇作戦 小休止

二二〇三年一月一日 一三〇二 長蛇トンネル


小和泉が所属する第八大隊は、歩兵の歩みに合わせ、灯火管制の下、真っ暗な地下トンネルを進んでいた。その歩みは、不意打ちや罠に備え、通常よりも遅い速度だった。

装甲車は、その亀の様な進行速度に合わせるのにオートマティックといえども、速度調整に苦労するほどの徐行運転を強いられていた。だが、運転手達は、愚痴の一つもこぼさず、黙々と運転に集中していた。

時速二~三キロという調整が難しい速度帯であっても、鈴蘭は涼しい顔で苦労を感じさせない運転をしていた。

その間、小和泉達は車載カメラを通じ、周囲の哨戒に専念していた。

「もう二度と岩盤の崩落や落とし穴は、ゴメンだからね。あれは面倒だったよ。見落としだけは、避けてね。みんな、よろしく。」

「了解。」

「もちろんっすよ。」

「承知しております。」

三者三様の返事が返ってくる。

「今思えば、あれが戦争の転換点だったね。気が付けば、日本軍の軍事力は、最盛期の半分になったね。」

小和泉は、月人による初めての戦術戦による敗退を思い出した。

「無傷なのは、地下都市防衛の砲兵隊だけですね。」

桔梗の言葉に珍しく、菜花が反論を加えた。

「いや、憲兵隊も無傷っすよ。」

と言いながらも何か恥ずかしそうにしている。

「そうでしたね。菜花は、何度も憲兵隊のお世話になっていましたね。私が身元引受人になっていることを失念しておりました。それに白河少佐という顔なじみも出来たようでしたね。」

珍しく桔梗の言葉に棘が乗っていた。

「あ~。いや、その件に関しては、桔梗に感謝してる。本当に感謝してる。悪い。気を付ける。」

哨戒中の為、態度には表せないが、言葉には心からの謝意が感じられた。

「菜花、憲兵にお世話になる事をしたのかい。」

上官である小和泉の下に、憲兵隊から報告書は届いている。内容は全て把握しているが、あえて困らせたい気持ちに、小和泉はなっていた。つまり、小和泉は哨戒任務に飽きてきたのだ。

「ちょいと食堂で一暴れをしたっす。」

「確かに一暴れでしたが、その一暴れが、去年だけで何回ですか。」

「ええ~と、三回位かな。」

「八回。」

興味が無い様に見えた鈴蘭が答えた。

「そうです。八回も憲兵隊に連行されているのです。反省して下さい。」

「本当に済まない。気を付ける。」

いつも元気さではち切れそうな気配を纏っている菜花が、みるみる委縮していく。

「正直に言いますと、菜花の気持ちは理解できます。隊長を他の隊の兵士になじられたのが、原因で喧嘩になったことは分かります。そして、菜花自身への暴言に対しては、全て我慢していることは知っております。

ですが、隊長ご自身が『狂犬』、『脳筋』、『体力馬鹿』、『変態』、『白兵戦狂い』などと言われても動じられておりません。菜花も見習って下さい。」

「『ロリコン』追加。」

すかさず、鈴蘭が不要なものまで追加してきた。

「分かった。分かったから、この話はここまでにしようか。僕のガラスの心が砕けてしまうよ。」

「強化ガラスかな。」

「防弾ガラスでしょう。」

「耐爆ガラス。」

「…もういいよ。仕事に戻って。」

小和泉への評価は、間違っていないと理解しつつも、釈然とはしなかった。


トンネルにはうっすらと埃が積もっており、装甲車や兵士達が埃をうっすらと巻き上げていた。と云っても暗視装置や装備に支障が出るほどでは無かった。

積もった埃には、ネズミか何かの小動物の足跡がついている位で、月人が歩いた形跡は無かった。だが、月人以外の脅威があるかも知れぬとの考えに基づき、ゆっくりとした進行速度を保っていた。

「全軍に達する。行軍停止。一四〇〇まで交代で休憩。昼食を摂れ。その間の歩哨輪番は、各中隊の責任をもって行え。些細な変化を発見した場合は、即座に報告をせよ。なお、中隊長級は、大隊司令部の指揮車に集合。以上。」

副長から大隊無線を通じて、全体に命令が下った。

鈴蘭が緩やかに装甲車のブレーキを踏む。追突や歩兵の巻き込みが無い様に注意深く停止した。

それは他の部隊も同じであり、速やかにトンネルを進む長蛇は停止した。

「鹿賀山だ。831小隊は、8311、8312、8313の順に歩哨を行う。一三二〇、一三四〇に引き継げ。休止時間内に昼食等は済ませよ。私と小和泉は、大隊司令部へ行く。その間、東條寺少尉が隊長代理、桔梗准尉が副隊長代理だ。質問はあるか。」

小隊無線に鹿賀山の声が流れてくる。8311分隊と8313分隊は同じ装甲車に乗っている為、8312分隊に聞いているのであろう。

「8312了解。小和泉大尉、司令部へ向かいます。」

小和泉は無線を切ると部下の顔を見回した。皆、落ち着いた表情であり、小和泉が敢えて話をすることは無さそうだった。

「では、行ってくるね。昼食は司令部で摂るから、用意しなくていいよ。」

そう言うと小和泉はヘルメットのバイザーを下げ、アサルトライフルを掴んだ。

「『いってらっしゃい。』ませ。」

三人の声を背後に聞きながら、装甲車から降り、扉を閉めた。

小和泉の足裏から埃が、少し舞い上がった。

―相当、誰も通行していないな。―

埃の厚みから小和泉は推測した。

前の装甲車を見ると鹿賀山がこちらを見つめていた。小和泉が来るのを待っている様だ。

小和泉は、鹿賀山へ歩み寄った。二人は、静かに五十メートルも離れていない司令部の装甲車へ同時に歩み出した。食事を摂るために気密テントを展開して、休憩している歩兵達の間を並んで歩き出した。

その間、会話は無かったが、二人の間では不要なものだった。


司令部の装甲車の内部は、すし詰め状態だった。定員十名に対し、司令部十名と中隊長と副中隊長が四名、そこへ小和泉と鹿賀山の二名が乗り込んでいる。後部座席は折り畳まれ、荷室となった場所にて、立ったまま会議が始まろうとしていた。

立ったままの会議の為、昼食はレーションバーと水が配布された。

―大隊司令部ならば、昼食は良い物が出ると思ったんだけどな。う~ん、誤算だ。

まあ、この人口密度じゃ仕方ないかな。お弁当を広げる訳にはいかないか。

それにしても、気密テントを展開して広々としたところで会議をすると思ったんだけどなぁ。まぁ、実利主義のおやっさんらしいか。気密テントでは、緊急時に即応できないよね。

しかし、しかし、華が無い…。―

小和泉は、男女比半々の日本軍において、偶然、男だけで構成された司令部に辟易し、自分の分隊が、美女や美少女に恵まれている事に感謝した。

「よし、野郎共集まったな。まず状況説明だ。副長、頼む。」

菱村少佐は、いつも通り声だけを掛け、副長に面倒な説明を押し付けた。


「では、状況を説明する。今回に限り、質問は随時受け付ける。なお、水路は長蛇水路、トンネルは長蛇トンネルと、暫定的に呼称する。」

―副長は、珍しく質問を最後にまとめて聞くのではなく、随時受け付けるのか。これは今までの戦闘と大きく違う点があるということかな。―

小和泉は、何となく司令部のぎこちなさを感じ取った。

「斥候部隊の報告では、五キロ先にて長蛇トンネルが終わり、地下大空間が広がっているとのことだ。この空間は、幅三キロ、奥行き十キロはあるようだ。

この空間には平野部、地底湖、砦を確認している。それぞれは地下空間を三等分している。

手前に平野、右に地底湖、左に砦の位置配置である。

地底湖の水が、長蛇水路へと流れ出している。斥候隊が撮影した映像を流す。各自モニターで確認せよ。」

小和泉は、端末を操作し、網膜モニターに斥候隊の映像を投影した。

暗闇の中、荒涼とした障害物の無い平野の奥に砦と湖が広がっている暗視映像が投影された。

砦には点々と弱い明かりが確認できた。明かりが揺らいでいるところを見ると炎だろうか。

湖はかすかに白波が立ち、長蛇水路へと流れ込んでいた。

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