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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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72.第二十五次防衛戦 援軍

二二〇二年十一月二十五日 一九四三 KYT 居住区下層部


菱村は、アサルトライフルのカメラの倍率を上げて鉄板の正体の確認を行った。

どうやら天井点検整備作業用のゴンドラの様だった。

その上にはフル装備の兵士達が整然と並んでいた。着込んでいる複合装甲や装備している武装は、通常の歩兵部隊と変化はほぼ無い。唯一の違いは、複合装甲の胴体部分に荒野迷彩の上に掌の幅程の黒い襷の様な塗装がされている事だった。

黒襷は、憲兵であることを表していた。

天井という月人から攻撃を受けない勝てる位置取りをした大隊は、憲兵大隊だった。

憲兵は、兵科では支援部隊とされている。戦闘予報による支援大隊の援軍という言葉は正しかった。

憲兵の任務は、軍内部の治安維持及び高官警備等を行う。その為、正体が判明すると捜査に支障をきたす為、大半の憲兵は個人が特定されない様に正体を隠していた。

複合装甲を身に着けない都市内部では、軍服に黒襷をし、顔を仮面で隠す徹底ぶりだった。

軍服に付けられている階級章は、正しい階級を表しているが、氏名票は偽名であることがほとんどであった。

憲兵隊は、常に即応態勢が取られている。何時発生するか分からぬ事件や暴動に備えている。

その為、休暇中の部隊を招集したり、警戒中の部隊を動かすよりも虎の子の憲兵隊を動かすべきだと総司令部は判断をした。

総司令部が危険を感じる程に事態は切迫していた。迎撃任務についた第三大隊が敗北すれば、地下都市KYTへの月人の侵攻は防げず、都市は蹂躙されていただろう。そして、KYT以外の人類に会うことなく、地球上最後の人類として滅亡したのかもしれなかった。


憲兵隊の一糸乱れぬ、無駄の無い一方的な攻撃は、月人を次々と滅していく。

頭上よりの攻撃を防ぐことができる障害物は、一切存在しない。第三大隊が建造物を月人ごと吹き飛ばしたからだ。

「隊長、圧倒的ですな。」

光の雨を前に、副長が菱村へ声をかける。

「おう。月人どもが溶けていきやがるな。さすが、憲兵隊だ。」

「け、憲兵隊。」

憲兵の言葉に副長が狼狽する。兵士の間では、憲兵は畏怖の存在でしかない。

「くくく。副長、何かやましいことでもあるのかい。」

「いえ、ありません。しかし、憲兵隊が支援大隊とは、名前がピンときませんね。」

「憲兵隊は、軍編成では支援科に分類されるのを知らねえのか。」

「は、そうでありますか。存じ上げませんでした。では、総司令部の戦術データは合っていたわけですか。」

「そうだな。部隊名が無かったのは、副長の様に兵士達が委縮しないようにだろうな。」

「反論の余地もありません。」

「さて、趨勢は決まるな。敵の攻撃範囲外からの一方的な攻撃。さらに敵には防御手段は無い。」

「はい、勝ちました。生き残れましたね。」

「それは気が早いぞ。敵の援軍や伏兵を考えろ。こちらは二個中隊と憲兵大隊だけだ。月人が一個連隊を投入してきたら、憲兵隊は無事でも俺達は地ならしされるぞ。」

「了解。警戒を今まで以上に厳にします。」

副長の緩みかけた精神が締めなおされる。

「各小隊長、分隊長に告げる。敵の伏兵、増援に気を付けよ。異変を感じた場合は、些細なことでも報告をせよ。」

「各隊了解。」


二二〇二年十一月二十五日 二〇一五 KYT 表層日本軍基地装備部


小和泉は装備部へ無事に到着していた。途中、月人の分隊に幾つか遭遇したが、通常の月人ならば小和泉の敵にはならない。

敵に気づかれる前に排除してしまうために戦闘らしいことはしていない。背後から近づき追い抜くだけで月人達は血をほとばしらせながら地面を倒れ二度と動くことはなかった。

返り血により真っ赤に染まった複合装甲を装備部の兵士が外していく。

鉄狼との戦いで固定具に歪みが生じたようで複合装甲を外すのに手こずっていた。

小和泉は、未だに壊れた複合装甲を脱ぐことができず、丸椅子に座り装備部の兵士たちのおもちゃに甘んじていた。


戦闘予報。

防衛成功です。引き続き哨戒任務についてください。

死傷確率は5%です。


装備部のスピーカーから戦闘予報が放送される。

どうやら小和泉が複合装甲の脱着に手こずっている間に戦闘は終了したようだ。

装備部の兵士たちが歓声を上げる。最後の砦を死守したのだ。とりあえず死は一時的にしろ、地下都市から離れたことは間違いなかった。

しかし、もう一戦闘行うつもりであった小和泉には残念だった。滾る血が月人の血を欲していた。もっと月人を蹂躙したかった。帰投命令が無ければ、小和泉一人で街を徘徊し兎女に対し、欲望を叩きつけていたことだろう。

今回の戦闘は、鉄狼が初陣の為、手ごたえがなく、小和泉の本能は消化不良を起こしていた。

「小和泉大尉、ご無事でしたか。」

背後から最近よく聞く、女性士官が話しかけてきた。

複合装甲を外している最中の小和泉は振り返ることができなかったが、この主が誰かはすぐに判った。

「東條寺少尉、御覧の通り指一本動かせないんだよ。このままで失礼。」

気配から東條寺は、小和泉の正面に回ってくるようだった。

荒野迷彩の野戦服に身を包んだ東條寺は、涙をこぼすのを我慢し、無事を喜びたいが素直になれない複雑な表情だった。

「再度お聞きしますが、お怪我は無いのですね。」

「あぁ、そうだよ。複合装甲が壊れちゃってね。動けないだけだよ。」

東條寺は両手を胸にあて、深く息を一つ吐いた。

その瞬間、頬に光るものが一つ零れるのを小和泉は見逃さなかった。だが、言葉には出さない。東條寺は、隠しているつもりなのだ。あえて無粋な真似をする必要はないだろう。

「で、特科隊小隊副指令が一人でこんな所に来るとは何の用かな。」

「はい、鹿賀山司令の命により様子を確認に参りました。怪我や支援を必要する場合に力になる様にとのご命令です。」

「鹿賀山も心配性だね。どうせなら菜花を送ってくれれば良いのに。」

その一言に東條寺の眉がピクリと動く。

「菜花兵曹長は、特科隊の白兵戦の要です。」

「じゃあ、桔梗は。」

「桔梗准尉は、小和泉大尉の代理で小隊指揮をしています。」

「鈴蘭は。」

「鈴蘭上等兵は、小隊唯一の衛生兵です。小隊から離すことはできません。」

「舞と愛は。」

「二人は、技術のスペシャリストです。失うことはできません。」

「あ、井守がいるじゃないか。」

「井守准尉は、小隊司令部警護の任務があります。」

「で、暇で特技が無い東條寺が派遣されたわけかな。」

「本当の事ですが、言葉にされると傷つきます。」

東條寺の頬にまた輝くものが一つ流れた。

「…好きな人を心配してはいけないのですか。たった一度、体を交わしただけですが、私は大尉を愛しています。無事を祈るしかない自分が…。不甲斐ないです。」

ついに東條寺の涙が堰を切ったように流れ続ける。しかし、視線は小和泉の両目から離さない。小和泉もさすがに真剣な眼差しを避ける気にはなれなかった。しっかりと東條寺の視線を受け止める。

「そうか、すまなかったね。少し茶化し過ぎたようだね。」

普段の小和泉ならば、東條寺に対しこの様な言葉は出なかっただろう。

結婚を迫る東條寺のイメージしか無かったが、今日の出会いは小和泉の東條寺への印象を変えた。たった一度の経験でも人は心から愛せることを初めて知った。

今までの男女は、遊びや刹那の愛と割り切ってきた。この様な人がいることを初めて小和泉は知った。

「すまなかった。心配してくれてありがとう。」

小和泉の口から思わず言葉がこぼれた。

東條寺は、何も言わず満面の笑みで受け止めた。

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