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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇二年

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70.第二十五次防衛戦 無線障害

二二〇二年十一月二十五日 一九二七 KYT 居住区下層部


第三大隊の鶴翼陣形の両端は崩壊し、方陣へと変化させていた。両端は月人が浸透し、血みどろの白兵戦が行われ、日本軍が敗退しつつあった。

だが、32中隊の菱村の戦術を他の中隊が模倣することにより、第三大隊の立て直しに成功した。

そして、新たな戦線が生まれようとしていた。

第三大隊の方陣を四方から囲むように月人が包囲殲滅戦を仕掛けてきていた。

初期の十字砲火による優位を失い、がれきを積み上げた即席の防御壁を作り、塹壕戦の様相を呈していた。

月人は、破壊された建物の瓦礫を巧みに利用し、密かな日本軍への浸透戦術をしかけてきた。

日本軍は月人を即席の塹壕に近づけさせないために不審箇所への銃砲撃を加え対抗していた。

一部の戦線では、月人と接敵し白兵戦も行われている。兎女の長剣が煌めき、それを兵士がアサルトライフルで受け止めた。戦友がすかさず横から兎女に一連射を加え、兎女は仰向けに吹き飛ばされていく。

一方で別の兵士が長剣を受け止めたところを狼男の堅く尖った爪が腹を引き裂いた。その狼男の指先には兵士の腸がぶら下がり、生暖かい血が滴っていた。兵士は腹を引き裂かれたショックにより心の臓を止めた。

戦場の優勢は不明瞭となってしまった。


戦闘予報。

防衛戦です。敵に包囲されています。援軍の到着予定は十五分後でしょう。

死傷確率は20%です。


「隊長、聞きましたか。援軍が来るそうですよ。」

32中隊の副長が菱村大尉へ告げる。その軽口には疲れが混じっていた。すでに死傷確率5%が当たり前であった戦場は、遥か昔となった。最近では、10~20%が平均だった。もう誰も5%を超える事を気にする者はいなかった。

「援軍が来ねえと、もう持たねえよ。総司令部も分かってるってことだろう。で、どこの部隊が来るか情報は上がってるのか。」

菱村の声には疲労の色は感じられなかった。長年の従軍経験から正しい力の抜き方が分かっているのだろう。

「戦術・戦略モニターには、名前が上がっていません。支援大隊としか記載されていません。おかしいですね。普通は部隊名が出るはずなのですが。」

「十五分で来る事が分かっているならば、すでに駐屯地を出発しているだろうにな。部隊不明とは怪しいじゃねえか。臨時編成の部隊か。」

「つまり、離散兵士の寄せ集めですか。それは兵員定数が大隊であっても、戦力としては期待できないですね。」

「いや、それでも適当に部隊名はつけるか。それぐらいの余裕は、総司令部にあるだろう。と、ほい、蜂の巣一つ出来上がりと。」

菱村は瓦礫の隙間から月人の姿を見かけた瞬間にアサルトライフルを数発叩き込んだ。月人は瓦礫を転がり落ち、ピクリとも動かなかった。

ヘッドショットなどの曲芸は要らない。確実に敵の戦力を削がねば、この簡易塹壕に飛び込まれてしまう。

「自分もそう思います。どうもキナ臭い部隊が配属される悪い予感がします。」

副長も菱村と同じ様にアサルトライフルを連射する。その先で二匹の月人が倒れ伏し、痙攣をしている。こちらは致命傷にはならなかった様だが、戦闘不能にはなった。現状では十分な戦果だった。止めは、戦闘が有利になるか、終結してからでも間に合う。

今は、月人の突進力を奪うことが最優先だった。

「あ、アイツの部隊か。そうか、アイツが投入されたか。そう言う事か。なるほど支援大隊に違いねぇ。」

菱村の顔がバイザー越しににやつく。嬉しいという感情よりも照れている様な表情だった。

「隊長には、心当たりがあるのですね。どこの隊ですか。アイツとは狂犬こと小和泉大尉でしょうか。」

「狂犬じゃねえよ。だが、俺が良く知ってる奴だ。ま、楽しみにしてな。とても怖い怖い援軍だ。だが強さは保障する。」

「では、そのお言葉を信じ、援軍到着まで粘って見せましょう。」

隊長と副長の会話を聞いていた32中隊の隊員は、援軍があてになると知り、疲労困憊の重たい体と意識混濁の頭を無理やり覚醒させ、反撃にさらに力を入れた。


「こちら大隊司令部。救援を乞う。月人が迫っている。防御を突破された。」

あと少しで支援大隊が来ると分かり、奮起した直後に菱村達の耳に悪い知らせが飛び込んできた。

「司令部小隊、白兵戦中。大隊長も白兵戦に参加。至急援軍を乞う。頼む。助けて。早く来てくれ。」

切迫した声が大隊無線を駆け抜ける。32中隊以外の砲火が一瞬途切れ、すぐに発砲が再開された。第三大隊の兵士にとって、それだけ精神的な動揺を与える内容だった。

大隊司令部は、方陣のほぼ中央に陣取っていた。つまり、大隊司令部が攻撃を受けているということは、どこかの一個中隊が壊滅し、方陣が破られ、中央部まで敵の浸透を許したことになる。つまり、各中隊の背後を取られた事を意味する。

方陣を組み直すまでに持ち直した第三大隊は、再び窮地に陥ったことを現していた。

菱村は、アサルトライフルを大隊司令部のある方角に向け、照準用カメラの倍率を上げていく。

司令部小隊の兵士達がアサルトライフルを棍棒の様に振るい、月人と切り結ぶ姿を捉えた。

「おいおい、原始的な戦いだな。ライフルでチャンバラしてやがるぞ。」

菱村は、確実に味方を誤射しない様に離れた場所に立つ月人に連射した。しかし、距離があるため、致命傷にはならなかった。逆に悪手だった。

今の射撃で月人達は物陰に隠れ、それ以降、姿をまともに確認できなくなった。菱村の持ち場からの援護射撃はできなくなった。

「失敗したな。撃つべきでは無かった。隠れやがった。」

「つまり、隊長の射撃が外れて物陰に隠れた訳ですか。はぁ。今後、狙撃は部下に任せて下さい。」

副長が呆れた様に菱村に指摘する。

「すまん。この距離なら外さんと思ったのだがな。」

『ハァ。』

部下達のため息が、一斉に大隊無線に流れる。菱村は本気で外さないと思っていたが、部下達の菱村に対する狙撃の腕前の評価はもっと低い様だった。

「隊長は、どんと構えていて下さい。それが部下の為になります。」

「つまり、何もするなってか。」

「長年の経験を生かした頭脳労働をお願い致します。王将が前面に出る局面は、負け試合の確率が高いのではないでしょうか。」

「ふむ、副長の言う通りか。実際に大隊の王将が最前線だからな。」

「一個小隊を救援に出しますか。」

「いや、救援は無理だな。本陣に喰い込まれる前なら救援できただろうが、乱戦で王将本人が戦闘していては間に合わん。逆にここの戦線が手薄になって崩壊しちまうよ。」

菱村はマイクを切り、副長へ直接語る。

「では、見捨てるということですね。」

さすがに副長もこのやり取りを他の者に聞かせる訳にはいかない為、菱村と同じ様にマイクを切った。

「そうだ。司令部は見捨てる。下手を打った司令部より自分の部下の方が大切だ。日本軍の方針に反するが、救援を送れば、死なずに済む者を死地に送ることになる。それとも何か良い手段があるかい。」

「恐らく、無いでしょう。本来は援軍を出すべきですが、援軍は出すべきではないと本官も考えます。ただ、見殺しは、後で総司令部から叱責及び懲罰が来ますね。」

「百も承知だ。それでも無能な大隊長より有能な部下の方が俺には大事だね。大隊長の代わりなぞ、どこからか調達してやる。」

「了解です。本官は聞かなかった。いえ、32中隊には無線は届かなかったことにしましょう。」

「ばれたら中隊全員で懲罰部隊に異動だぞ。」

「隊長の下で働く様になってから、そんな危険は、日常になりましたよ。そう言えば、帰月作戦を思い出しますね。」

「あれか。貴様らの茶番には参ったな。演技力が足りん。」

「では次回の訓練より演劇を取り入れましょうか。」

「よせやい。気持ち悪いものを見せるんじゃねぇ。逆に基礎体力向上をつけてやる。俺以外、スタミナ切れじゃねえか。」

「見抜かれていましたか。」

「当たり前だ。しかし、これで二度も上官を死なせた部隊として有名になりそうじゃねえか。」

「生き残ればですがね。」

菱村は黙り、四方を見渡し、決断した。


「32中隊傾聴。この数分間、無線障害が発生した。よって状況が分からない。32中隊は独自に円陣を組み、月人の接近に備えよ。友軍は居ないものと考え、援軍到着まで耐えろ。以上。」

「321小隊、了解。」

「322小隊、了解。」

「323小隊、了解。」

「324小隊、了解。」

各小隊長から返信が入る。すでに動き出している小隊もいた。

32中隊の兵士にとって、第三大隊隊長には何の恩義も無かった。それよりも末端の二等兵の命まで考え、生存を最優先し、理解してくれる菱村中隊長が大切だった。その人の言葉を裏切る者はいない。

32中隊にとって、援軍が到着するまでの長く感じる時間の始まりだった。

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