7.士官寮 掃討作戦 反抗戦
二一九八年五月二日 〇九〇〇 KYT 士官寮
約束通り明朝九時に桔梗は、小和泉の部屋の前に立っていた。一度深呼吸をしてから、昨日登録した静脈認証にて部屋へと静かに入る。
部屋はカーテンが閉められているのと照明が点けられていない為、夜の闇の様だった。ほのかに光る壁の照明のスイッチに触れると明るくなった。
昨日と変化は無く、散らかりもせず、整理整頓が進んだ形跡も無い。どうやら小和泉は自分で部屋を片付ける意思は全く無く、桔梗に全てを任せる様だ。
部屋中の気配を探っても奥の寝室から静かな気配を一つ感じるだけだった。小和泉は眠っているのであろう。
今回は、掃除をする為に桔梗は気合を入れた装備でやって来た。
汚れても良い様に野戦服、頭上に物が落ちてきても良い様にヘルメットを、背嚢には掃除に必要と思われる物を目一杯詰め、銃の代わりに肩からスリングで掃除機を吊るしてやって来た。
士官寮 掃討作戦 甲種装備と呼んでも支障が無いだろう。
当然ながら、道行く人々に珍妙な目で見られたことは言うまでもなかった。
―憲兵を呼ばれなかっただけ良しとしましょう。―
本当は昨日の様に年相応の可愛い服で小和泉の部屋に来たかった。
しかし、桔梗も小和泉の視線には気がついていた。いくら実生活の経験が短くとも自分の身体を背後から舐める様に見つめられて、身の危険を感じない訳が無い。
鹿賀山准尉が、小隊控室で勉強をした方が良いと助言をくれた意味を、昨日は十分に思い知った。
ゆえに熟慮の結果、戦闘装備が最適であると辿り着いた。用意して来た上履きに履き替え、早速昨日の続きを開始する。まずは、自由に動ける空間を確保するために、不用品をダストシュートに次々と遠慮なく投げ込み始めた。
小和泉は、寝室のドアの隙間からこっそりとその様子を窺っていた。
―あらら、野戦服で来たのか。今日の私服は何かと楽しみにしていたのに残念だよ。観察しても仕方ないな。寝よう。―
小和泉は、そろりと扉を閉め二度寝に入った。
桔梗は、物音をどれほど大きい音を立てようが、命令通り気にせずに効率重視で掃討作戦を進めていく。やはり、ゴミを片付けていくとネズミの死骸やGの巣が時折出て来る。
塹壕に籠れば、いやでも毎日目につく物だ。この程度の害虫等に何の感情を抱く事もなく、その都度、消毒液を撒いたり、殺虫剤を噴射したりと腰のガンベルトに吊るした缶が大活躍をする。
―×(バツ)です。幻滅です。隊長には幻滅しました。仕事が出来る人ですので尊敬しておりました。
しかし、私生活はだらしなく、私の後ろ姿に鼻の下を長く伸ばすなど、私の知る隊長と真逆です。
これでは、仕事をしていなければ引きこもりと変わりありません。
最低です。ここの掃除を終え、戦術論についての考え方を聞いた後、転属願いを出した方が良いかもしれません。
今もこっそりと背後から私を覗き、朝の挨拶もねぎらいも無く、寝室に籠りました。
掃除など部下がする事ではありません。一言、ねぎらいがあっても良いでしょう。
隊長は×です。仕事は○でも、私生活は×です。性癖も×です。
もう全て×です。そう××です!昨日の気持ちは勘違いです!-
桔梗の中で、小和泉に対する評価が、憧れの上司からただの引きこもりモドキに一気に下降していった。
心の中で何度も「×です。」を連呼しながらも掃除を進めていた。
―でも、くださった名前は良い名前。それだけは感謝です。―
ようやく昼前に小和泉は、自室から出てきた。
「おはよう。桔梗。掃除してくれてありがとう。」
寝間着では無く、白を基調としたシャツとスラックスを隙無く着こなしていた。
小和泉の私室の惨状を知らなければ、桔梗の目には好男子に映っていただろう。
「隊長、おはようございます。士官寮 掃討作戦、順調に遂行中であります。」
桔梗の口から思わず、本心がこぼれる。
「なるほど、掃討作戦か。言い得て妙だね。たしかにゴミを敵と仮定すれば、掃除も掃討作戦に違いない。」
「あ、失礼致しました。その様なつもりはありません。」
「いいよ。それよりも昼食に行こうか。お腹空いたでしょう。」
桔梗は、空腹を感じたが自分の姿が野戦服姿で汚れており、着替えを持って来ていない事に今さら気がついた。
「お心遣いありがとうございます。この様な姿では、入店を許可される店はありません。隊長お一人でどうぞ。自分は戦闘糧食を食します。」
「大丈夫だよ。ここの一階の店ならば、誰も気にしないよ。
極端な話だけど、一週間前線で風呂も入らず戦って、そのまま食事しても誰も文句を言う奴は居ないよ。逆に敬意を払われるのじゃないかな。
ここは士官寮とはいえ、兵舎だよ。兵士が集っているんだ。野戦服が汚れているのを咎める奴は居ないよ。まぁ、礼服が汚れていれば、怒られるかな。」
小和泉が桔梗のヘルメットをポンポンと笑顔で叩く。
「分かりました。では、お供致します。準備しますので、お待ちください。」
桔梗は、洗面所に入るとヘルメットと手袋を外し、顔の汚れを水で洗い流す。髪も梳き、唇に薄いピンクのリップを塗る。いくら、服が汚れていようが、そこは乙女心。すこしはお洒落をしたい。
―この位なら、隊長は気がつかないよね。―
鏡に映った自分を四方から眺め、問題無いことを確認しリビングに戻った。
予想通り小和泉は何も言わず部屋を出、桔梗も従いエレベーターへと向かった。
誰も乗っていないエレベーターに二人は乗り込んだ。狭い空間に二人きりだと桔梗は昨日の感情を思い出した。
―やはり好きだと思ったのは、気の迷いだった。今は何も感じない。リップをしたことだって気づいてくれない。隊長は私の事を部下として見ているだけ。舞い上がった自分が恥ずかしい。―
と自戒しつつ、一階の店へと入店する。入り口付近の売店を通り過ぎ、奥の食堂に入った。
桔梗は、士官寮にある食堂の為、士官食堂並の規律とサービスがあると思い込んでいたが、実情は、大衆食堂と変わらなかった。
「隊長、士官以外が入ってもよろしいのですか?」
「もちろんだよ。士官の家族も子連れで利用するからね。士官食堂の様な規則は無いよ。好きな物を食べていいよ。」
「隊長にお任せ致します。」
「そうか、じゃあ日替わり定食でいいかな?」
「はい、ありがとうございます。」
小和泉がテーブルに備え付けの端末を操作し、注文を通した後に小和泉はすぐに席を立ってしまった。桔梗は、テーブルに取り残され、状況がつかめずにいたが、すぐに小和泉は両手に水を持って席に戻って来た。どうやら、セルフサービスが基本だった様だ。
「申し訳ありません。私が水を取りに行くべきなのに。本当に申し訳ありません。」
桔梗が立ちあがり、何度も頭を下げる。お陰で食堂中の視線を浴びる結果になってしまった。
「気にしなくていいよ。初めて来た店だからね。勝手を知らなくて当然だよ。それに今日は非番だ。階級は気にせず、食事を楽しもうよ。」
小和泉が片目をつぶり、フォローをする。
桔梗は、皆の耳目を集めた恥ずかしさから、水を一気に飲み干してしまう。
すかさず、小和泉がまだ口をつけていない自分の水を差し出してくる。喉が渇いていた桔梗は、思わずそれも飲み干してしまう。
「あ、申し訳ありません。つい、飲んでしまいました。」
「水くらい汲めば済むだけだよ。まず、深呼吸して落ち着いたらいいよ。」
小和泉の言葉に従い、深呼吸を始める。気がつくと小和泉が新しい水を用意してくれていた。
桔梗の脳に摺込まれた常識では上官にお茶汲みをさせるなど、禁止事項の筆頭に上がってもおかしくないものだった。これは、掃除にて挽回せねばなるまい。そう心に決めた。
食事が運ばれ、食べ終わろうかというタイミングに桔梗は、小和泉からヘッドショットを受けた。
「それにしても、桔梗は可愛いね。特にそのリップが可愛さを際立だせているよ。」
小和泉の不意打ちに思わず、視線を合わせる。小和泉が真顔で桔梗の視線を受け止める。
桔梗の動悸が激しくなり、顔が火照ってくる。
―隊長、気がついていたんだ。ちょっと、嬉しい。待って。昨日にはあれだけ下方修正したのに、その一言だけでここまで胸が弾むの?―
桔梗の心が揺れる。冷静さが失われてしまう。
小和泉の仕草、表情の変化に奪われてしまう。
小和泉の落ち着いた声に耳を澄ませてしまう。
小和泉への熱い想いに心を溢れさせてしまう。
桔梗は、小和泉に心を蕩かされてしまう。
何気ない一言。肉体年齢が十五歳であっても、人工子宮から出て間もない。人生経験は皆無だ。人にやさしくされる経験は、人造人間の促成種には無い。
朝の決意は、桔梗の心と記憶から掻き消えた。今は小和泉が愛おしいという気持ちで一杯となり、体の芯が疼く様だった。
小和泉は、桔梗の心理状況が手に取るように分かった。人生経験の無い促成種を簡単に手なづけるなど朝飯前だ。特に桔梗の様な優等生タイプに効果的な手段だ。
実際に目の前に居る桔梗の目は、虚ろになり焦点が合わなくなってきている。
小和泉の話を一言も聞きもらさない様に耳を澄ませようとしているが、肉体反応がそれを許さずにいた。
桔梗の反応を、小和泉は悪魔的な笑顔で見つめているが、桔梗には魅力的に映っている事だろう。
食事を済ませ、部屋に戻ろうとするが桔梗の足がもつれ、小和泉にしがみ付く形になった。
「隊長、すいません。すこし足がふらついてしまいました。」
「それは危ないね。僕の腕に掴むといいよ。」
「では、お言葉に甘えます。」
桔梗は、恥ずかしそうに小和泉の腕に身体を絡ませる。自分では腕を掴んでいるだけのつもりだろうが、周囲から見れば身体を完全に小和泉に預けており、恋人同士にしか見えなかった。
小和泉の自室に戻っても桔梗のふらつきは治まらず、逆に大きくなっていた。
「どうも、調子悪い様だね。コーヒーを入れるからリビングのソファに座って待っていて。」
「はい。隊長…。」
言われるがままに桔梗は、リビングのソファに腰掛けた。頭に靄がかかり、自身で考えるのが億劫になってきた。
小和泉が台所からリビングへアイスコーヒーを持ってきた。
「顔が真っ赤だよ。暑そうだから、アイスにしたけど良かったかな。」
小和泉がやさしく囁く。
「はい、助かります。少し暑くて。」
「上着を脱いだらどうだい。少しは落ち着くかもしれないよ。」
桔梗が言われるがままに上着を脱ぐと、下は支給品の荒野に合わせた暗いレンガ色のTシャツだった。
十五歳とは思えぬ魅惑的な体型に小和泉の下半身が蠢く。
桔梗がアイスコーヒーを一気に飲み干す。余程、身体が熱く火照っているのだろう。
呼吸も浅く、荒く変化してきた。頬は完全に紅潮している。
「どうしたんだい。どこか苦しいのかい?」
小和泉は、状況を的確に理解しているにも関わらず、表情に出さず心配げに語り掛ける。
「少し動悸が。あと、身体の奥が熱く火照っています。」
「服装を緩めた方が良いかもしれないね。緩めてもいいかい?」
「はい、隊長にお任せ致します。」
小和泉は、桔梗の背中に手を回すとTシャツの上から下着のホックを外し、ゆっくりとソファに横たわらせる。
「どうだい。少しは楽になったかい?」
「いえ、腰のあたりが少しきついです。」
「わかった。ベルトも緩めた方がいいようだね。」
小和泉は、桔梗のベルトを緩めると同時にズボンのホックとファスナーを下ろす。白いスポーツショーツが隙間から見えた。
「これでどうかな?」
「隊長…駄目です。身体の芯が熱いです。どんどん熱くなってきます…。」
桔梗の呼吸が荒く、目の焦点も合わなくなり、口許からかすかに唾液が零れる。
「仕方ないね。服を全部脱いで一度濡れタオルで身体を拭いた方がいいかもしれないね。」
「え、あ、はい…。お、お願いしてもよろしいのですか?」
すでに桔梗は正常な判断を下す能力は無くなっている。
「病人だから何も遠慮をする必要は無いよ。服を脱がすよ。」
小和泉は、桔梗の服を手際よく脱がし、全てをさらけ出させる。
所々に戦闘時についた青あざが残っている白い肌は、身体の火照りの為かうっすらと汗ばみ、それが照明に反射し美しさを増している。十五歳の少女とは思えぬ発育ぶりだ。
小和泉は、あらかじめ用意していた濡れタオルで桔梗の顔を拭う。
「あっ、気持ちいい。」
小和泉の手は、顔から首、そして胸へと下りていく。その動きに合わせ、桔梗は嬌声をあげそうになるが、指を噛んで我慢する。
「た、たいちょう…。ダメ…。恥ずかしい。」
「気にしなくていいんだよ。僕は看病をしているだけだからね。」
小和泉は、食堂の水とアイスコーヒーに媚薬を混ぜていた。
人造人間は、毒物などの抵抗力が高く、自然種と同じ量では効かないことは分かっていた。大量に一気に飲ませるのも身体に悪いだろうと考え、数回に分けて、多く摂取させることにしたのだ。水三杯で三回分。アイスコーヒー一杯で二回分の媚薬を飲ませた。
効果はてきめんだった。
自分を慰めた経験も無い桔梗は、自分がどの様な状況に落ちたか把握できなかった。
媚薬の影響により判断能力や羞恥心も下がり、今や小和泉の思うがままだ。
ここまで来れば、何も焦る必要は無い。じっくりと可愛がってやるだけだ。




